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はじまりは目覚め

 目が覚めた。頭が重い。身体が思うように動かないので、首だけを動かしてみる。辺りは真っ暗で良く見えない。開かない目を擦って時計を探す。が、見当たらない。仕方なく身体を起こしてみる。やっと暗闇に目が慣れてきたところで、時計が見当たらないどころの騒ぎではなかった。

「…どこだここ?」

次の瞬間、自分の寝ぼけ具合にがっかりする。そうだ、今日引っ越してきたんだ。頭をかき、軽くため息をついてから、水を飲もうとキッチンへ向かった。キッチンの電気を付けようと、手探りでスイッチを探す。右手にそれらしき感触が上下に2つあるのを確認した。そのうちの上側を押す。ブーンッと換気扇が作動した。2分の1の確立で外してしまう。またため息をつき、換気扇を消す。今度は下のスイッチを押してみる。すると蛍光灯が2回程点滅してついた。リビングがうっすらと照らされ、まだ段ボールだらけの部屋が見える。さっきより深いため息が出た。そこでようやく置き時計の蛍光緑に光ってる数字が見えた。午前2時過ぎ。身体が重いのは徹夜の仕事と、引っ越しを強行突破でこなしたせいだ。タバコを一本吸い終わると、また睡魔が襲ってきた。そのままベッドに戻り、布団に残った自分の温度を確かめながら眠りについた。


 妙な感覚だった。見覚えがあるような無いような場所。真っ白で、何も無い空間。春と言うより初夏のような暖かさだ。

「なにしてんの?」

一歩踏み出そうとした瞬間、後ろから声がした。振り向くと懐かしい顔が居た。

「こんなところでなにしてるの?」

その顔は眉間に皺を寄せ、僕を真直ぐ見つめていた。

「何って別に…そっちこそ何?」

「どうして…」

寄っていた皺が離れ、急に悲しい顔になる。

「何?また泣くの?」

「あたしはもう泣かない」

「じゃあ何?」

「泣いてるのはそっちでしょ?」

「えっ…」


 何かに引っ張られるかのように目が覚めた。さっき目が覚めたときよりも少しすっきりした気分だ。まだカーテンの無い窓から日が指している。時計は午前10時50分を指している。

「夢か…」

とても懐かしい…いや、そんなに懐かしくも無いか…そんな奴が夢に出てきた。もう随分連絡を取って無い。それにしても…泣いてるのはこっちだって?夢でも偉そうな奴だな−−−−。


 バタートーストにコーヒー、昼食に近い朝食をとっていると、携帯が鳴った。この音は律子だ。

「もしもし」

俺はやる気のない声で出た。

「おはよう、片付け終わった?今日どうするの?」

「あぁ…」

頭の中ががぼーっとする。律子の声は入ってこない。

「また寝起き?もしかして終わってないの?」

律子の声を聞き流すように夢のことを考え続けていた。夢ってやつは真相心理、結局自分が気にしてることが出てくるものだと僕は思っている。ってことは…気にしてるのか?アイツを?

「ちょっと!聞いてるのっ?」

律子がヒステリックに叫んだ。耳がキーンとし、電話越しでも殴られたような気分だ。

「あ、ごめん」

「もう!とりあえず今からそっち行くから!」

律子がそう言い捨てると電話から空しい音が響いた。

 律子は半年前に友だちの友だちという形で出会った。在り来たりな出合いだ。好きとかなんだとか、面倒な段階を越えてほぼ付き合っていることになっている。僕にとっては必要だったし、とても楽な相手だった。

 携帯をテーブルに置こうとしたそのとき、また電話がかかってきた。携帯を開くと知らない番号からで、少し警戒し、出るかどうか悩んだ。だいぶ少なくはなったが、変な勧誘の電話だと面倒だと思った。それにしては随分長く、しつこく鳴らしている。仕方ない、出るか。と通話ボタンを押した。

「もしもし?」

つい、疑問系のイントネーションになってしまった。

「あ、あの小山さんですか?」

セールスのような営業用の女の声がすると思ったが、聞こえてきたのは若い、少なくとも僕よりは若い女の子の声だった。僕の番号を知っていて、名指しでかけてきた女の子に拍子抜けし「はぁ…そうですが」と間抜けな声を出してしまった。

「通じた!」

何やら周りに報告している声がした。マイク部分を手で押さえているのか、くぐもってはいるが「よかった」だの「早く伝えて」だの聞こえる。ますます疑問の念が湧いてきた。その場で切ってしまおうかと思ったが、相手の出方を待つことにした。

「あの、覚えてますか?ミサワです」

「ミサワ?」

ミサワと言う名前は知っているが、僕が知っているのは50代のオッサンだ。この声の主ではないことは考えなくてもわかる。しかし、覚えていますか?と聞いてきているのだから、僕が知っている人間であることには違いなさそうだ。

「あの、東高校の…」

その高校の名前を聞いた瞬間鳥肌が立った。頭の中の疑いの念や、もやもやが一気に晴れ渡る。

「あっ、ミサワセイコ?」

「そう!セイコ!」

「どうしたの!元気?」

急にとても懐かしい気分に包まれた。三沢聖子。高校で講師をしていたときの生徒だった。どうりで声が若い。10歳以上も年下からのあまりにも突然な電話だった。緊張が一瞬にして解かれたせいか、手のひらに変な汗をかいてることに気付く。立ちっぱなしだったのにも気付いて、ソファーに腰を降ろし、背もたれに全体重を預けた。

「ホント久しぶりじゃん。どうしたの?今何してるの?」

ソファーに座った瞬間から、数少ない仲の良かった生徒からの電話に興奮し、ベラベラと勝手に言葉が出てきてしまった。

「あのね…」

聖子の声がワントーン落ち気味になった。よく、疎遠になった知人から連絡がくるのは良く無い知らせのことが多い。聖子の声はそんな予感を過らせるには充分だった。これからきっとよくない知らせが来る。そして、何となく誰の話かも予測がついた。自然とソファーから身体を起こす。自分も、もう良い歳、それなりのことに対する覚悟の仕方くらい備えていた。少し、緊張しながら促してみる。

「うん、何かあったの?」

「…あのね」

セイコは一呼吸置いて、言葉を詰まらせ、そして多分、感極まるのを押し殺し、息を大きく吸ってから一言つぶやいた。

「ウイカがね」

やっぱり、と思う。懐かしい名前。いや、そんなに懐かしくも無いか。…さっきも、同じ事を考えていた。でも、さっきと大きく違うのは、気持ちがざわついていることだった。嫌な事は先送りにしない。それが僕の決まりごとだった。どんなに嫌なことでもそこで放置する方がよっぽど辛いと知っている。口の中がからからに乾いて、喋るのがもつれた。

「ウイカって、カヤマウイカだよね?」

何の確認だよ。と頭の中ででツッコミを入れる。自分の中の余裕や覚悟を少しでも持続させたい一心なのだろう。でも、その抵抗は空しく、心臓がドクンと妙な動きをした。僕の確認は聖子にも効果があったようだった。張り詰めていた線を切られたかのように泣きながら言う。

「そう、ウイカが死んだの」

「あ……」

次の言葉が出て来なかった。

「もしもし?小山!大丈夫?」

聖子の声に戻される。自分が積んで来た覚悟なんか一気に崩れ去るくらいの衝撃だった。その時、はたと思う。もしかしてイタズラなんじゃないか?アイツが死ぬワケない。根拠のない自信があった。

「…うん、あのさ、イタ…」

「それでね、明日、お通夜なんだけど…」

聖子の声は歪んでいて聞き取りズラくなっていた。紛れも無い事実なのだと、聖子の声は語っていた。

「わかった、わかった、行くよ」

反省した、そして少し自分に悲しくなった。僕の返事を聞いて、聖子は早口で喋り始めた。でも、その言葉は引きつっていてよく聞き取れない。

「どうしても、小山には知らせたく…ってゆーか知らせなくちゃダメで、ウイカの携帯…電話番号調べてっ…」

頭がの中がゆっくりと真っ白に、真っ黒になる感覚が襲った。悲しいなんて感情すら込み上げてこない。頭の混乱が自分の意志とは別のところで働いているのを感じた|

|。


放課後、西日がよく当たる美術室で、絵の具の付いたパレットを教室内にある水道で洗っていた。生徒が洗い残したものは30枚以上あって、これだけでも重労働だった。僕は美術の臨時講師で、この高校に来てから来年の春で3年になる。毎日パレットを洗うのが日課になっていた。半分洗ったところで手を止める。水を出しっ放しにしながら、何となく山へ沈んで行く夕日を眺めていた。教室には生徒は一人も居ない。聞こえて来るのは吹奏楽の様々な楽器の音と、野球部が大声で叫んでいる声。僕の日常が詰まってるそんな穏やかな気分だった。

「こんにちは」

扉の開く音と同時に彼女の声がした。僕はわざと「はいはい」と素っ気無い返事をする。

「何その言い方、そっちが呼んだくせに…」

彼女はそう言うと回れ右をして扉の方へ戻ろうとした。

「あぁ〜待って待って」

僕はパンツのポケットにしまっておいたオレンジ色の袋をだした。赤いリボンが可愛く結んである。それを彼女の方に差し出した。彼女は振り返り、西日に照らされた目がキラリと光る。そして実に冷静な声でこう言った。

「あのさ、せめて何か一言ないの?」

「……お誕生日おめでとう」

やっぱりクソガキだ。


「ねぇ!ちょっと!どうしたの!」

目の前に律子がいる。いつ来たんだろう?

「あたしが泥棒だったらどーすんの?」

「あ、いや…死んでたかも」

律子の指摘に一生懸命答えたつもりが、その言葉に追い討ちをかけられる。自爆だ。急に悲しくなった。泣きそうになるのを堪える為に顔を床に降ろす。

「なによ、抜け殻みたいになっちゃって」

「…だめだ、眠い」

全てがめんどくさくなった。脱力と言うか、なんとも言えない気分になった。もうなにもしたくない。

「…ふーん…」

「ごめん、今日は帰って」

「久しぶりに会えたってのに…」

「だからごめんって言ってるじゃん」

「何かあったんでしょ?どうしてなにも言ってくれないの?」

彼女という存在ならば当たり前の発言だったのだろう。でも、律子の言葉は今の僕には逆効果だ。

「帰らないなら、俺が出てく」

感じが悪いことこの上ない発言だ。八つ当たりでしかない。

「…わかったよ、帰る」

律子は納得いかないという空気を出しながらも、玄関へ向かう。

「落ち着いたら連絡ちょうだい」と言う言葉を残してドアを閉めた。

顔を上げると段ボールが冷たく僕を見つめている。それを無視してベッドに入り込んだ。

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