第六章 共闘Ⅵ
シン国のソルダの第一印象は最悪だ。蒼空やいずななら真っ先に険悪なムードになるだろう。そういうのを避けたい意味で言うなら葉は適任だ。臆病で、大人しい彼なら喧嘩を売られても買うことはしないだろう。でも、其れなら鷹人でも良かった。
体の弱い舞子は無理だろうが、無理に葉にする必要はなかったのだ。
けれど、今の葉を見て、藍華は勝成の考えが分かった。
葉は補欠だ。体の弱い舞子なら補欠でも仕方がない。なら、葉は?何故補欠なのか。
一〇分経って漸く葉の体は出血が止まり、徐々に皮膚の裂け目が小さくなっていく。つまり傷つけられた細胞の修復に一〇分はかかったということになる。此れでは遅すぎる。
ソルダになれる確率は1/4。コアの力をどれくらい発揮できるかソルダによってランクが変わるのは不思議なことじゃない。そして其れで言うのなら葉のレベルは最下位に近いのだろう。だからシン国に行くことになった。
藍華は自分のレベルがどれくらい高いのかは知らないが、葉なら最悪死んでも構わないと勝成は考えたのだ。
上の者として当然の考え。反吐が出るほどに。
視線を別の場所にずらすとルーフェイン達も既に動いていた。だが、ラ・モールの軍団に邪魔され、あまり前に進めていない。
「俺が食い止める。お前ら先に行け」
葉を庇っている為藍華は彼らに背中を向けている状態になるがバクが囮になって敵を引き付けているのが分かった。
バクは藍華と葉が捌ききれなかった敵を大剣を振り回して斬っていく。藍華はまだ蹲ったままの葉に視線を向けた。傷が完全に修復しても葉は多分戦えない。此処で見捨てる方が此の後の効率を考えたら絶対にいい。勝成ならそうする。実際に葉をシンに送ったのだから。
「高岡君、傷が治ったら岩陰に向かって走りなさい。道は私が作ります」
「・・・・・黒崎さん」
「あなたはもう戦えない。戦えない仲間を此処に残すのは私にとってもあなたにとっても危険です」
でも、藍華は勝成ではなかった。勝成ではないことを藍華は知っている。
「前も言った。あなたは私が守ると」
葉は濡れた瞳で真っ直ぐと藍華を見つめた。藍華は血まみれだった。服もラ・モールの攻撃を受けてボロボロに引き裂かれている。葉を庇っているせいで無用な傷を負っているのだ。
そんな藍華を、仲間を置いて自分は逃げるのか?
「高岡君?」
「だ、大丈夫。まだ戦える」
葉は涙を拭い、立ち上がった。傷が完全に塞がるのにはもう少し時間がかかるようだが大分小さくなっている。
「セルパン。絞め殺せ」
バクが足止めをしている数メートル先に居るルーフェインとリーファンも別のラ・モールと対峙していた。葉はルーフェインとリーファンが戦っているラ・モールをセルパンで絞め殺した。
彼らは一度葉を見たが、礼は全てが終わった後だと思い直し、先に進むことを選んだ。あともう少しで手榴弾が届く距離まで来ていた。其の時だ。
「グァァァァー」と巨大なサウロンが咆哮した。サウロン、ソルダ達を囲む崖が揺れる程の大きな咆哮だ。其のせいで崖が崩れ、ラ・モールが四体ほど下敷きになった。其れは有難かったんだが、ソルダ達は崩れ落ちて来た崖は避けられたがサウロンのせいで鼓膜をやられてしまった。
血を流し、破けた鼓膜から神経を伝って痛みが襲う。其れでも何とか立ち上がったルーフェインは手榴弾を持って前に進んだ。
にやり。と、サウロンが笑った気がした。
「全員、逃げろ」とバクが叫んだ。藍華は反射的に葉の腕を掴み、上空高く飛び上がった。すると、サウロンの長く太い触手が目の前にある物を敵味方構わず襲った。触手から逃れられなかったラ・モールは全て体が上下半分に分かれていた。
そして鼓膜が破けたダメージで動けなくなっていたリーファン、サウロンに最も近い場所に居たルーフェインも同様に体を真っ二つにされていた。二つに分かれたルーフェインの手にはサウロンを倒す為の手榴弾が握られている。最後まで攻撃をしようとした意志が其処から伝わった。だが、彼は其のせいで逃げ遅れてしまったのだ。
バクも何とか触手を避けられたが片腕が地面に落ちていた。
藍華は葉の腕を引いたまま地面に着地した。
「・・・・死んじゃった」
既に回復した藍華の鼓膜は葉の絶望した声で震わされた。
「ふざけやがって。殺してやる」
「待て!止めろ、バク」
仲間を殺され頭に血が上ったバクは大剣を振り回し、怒りに任せてサウロンに突っ込んでいく。鼓膜が破れているせいで藍華の制止は聞こえない。仮に聞こえていたとしても彼の耳には届かなかっただろう。
サウロンが振り回した触手のおかげで全てのラ・モールは倒された。だから倒すべきは巨大なサウロンのみ。其処で藍華は葉をサウロンから離れた場所に置き、何も言わずにバクを追った。
「黒崎さん」
「其処に居なさい」
藍華が何かを叫んでいるのは分かった。けれど、鼓膜がまだ回復していないので藍華が何を叫んだのか葉には分からなかった。
藍華は一人敵に突っ込むバクを追って行く。サウロンは再び触手を伸ばした。一度目の触手は藍華もバクも交わすことができた。だが、人間の手が二本あるようにサウロンの触手も二本ある。
一度目から間髪入れずに触手の攻撃が来た。体がでかい分触手も長く、攻撃の範囲は大きい。其の為交わすのは容易ではない。一度目は躱せたが、二度目は難しい。
バクの目の前まで触手が迫って来た。殺されると思った瞬間、藍華が後ろからバクを押し倒した。藍華の上空ギリギリをサウロンの触手が掠めた。
「退きますよ」
「すまねぇ」
死が間近まで迫ったことにより頭に上っていた血は急降下し、バクは冷静さを取り戻した。
「絞めつけろ」
いつの間にか近くまで来ていた葉がセルパンでサウロンの動きを封じる。だが、敵が大きすぎる。時間稼ぎはできて数分だろ。其の間に藍華とバクはサウロンから距離を取る。後退する序に藍華は地面に転がっているルーフェインの死体から手榴弾を捥ぎ取った。
まだ戦場に居る。戦闘は終わっていない。だから感傷は全部終わってからだ。
パリンと何か側割れる音と葉の「うわっ」という声がしたのは同時だった。セルパンの封じが解けたのだ。しかもセルパンよりも大きな力を持ったサウロンの動きを無理に封じたせいで葉の腕に巻かれていた蛇の腕輪が壊れてしまった。
壊れたエヴァンジルを発動することはできない。葉は戦闘不能となった。
「また触手の攻撃が来るぞ」
「其の大剣で斬れますか?」
「やってみよう」
今度は左右同時から長い触手が来た。葉はぎりぎり触手の届かない範囲に居てくれたので藍華は自分の戦いに集中した。
バクは触手を大剣で抑えることはできた。だが、斬るまではいかず、おまけに力負けしている為踏ん張っている足が徐々に後ろに動いていく。
藍華も何とか触手にラポールを差し込み石化しようとしたが触手が太すぎてラポールが刺さらなかった。結局両者とも触手の動きを止めることしかできなかった。
「コア、力を貸して」
今のままじゃあ勝てない。もっと力が居る。
<馬鹿言わないでよ。幾ら君でも此奴はちょっとやばいよ>
「私一人じゃ勝てないから言っている」
<我を使いすぎると君の寿命、二〇歳までとかそんな能天気なこと言ってらんないよ。忘れちゃいけない。使いすぎると最期は我が残った君の命を食い尽くす。其れが君達の最期。其れが君達の運命>
「分かっている。でも」
ラポールで抑えている触手が藍華を押し始める。藍華の足も徐々に後ろに下げっていく。踏ん張りが効かない。
<ねぇ、藍華。此の世界は君が守る価値があるの?>
「分からない」
<あはは。君って面白いね。分からないのに命をかけるの?>
「分からない。でも」
藍華の目に転がる二つの死体が映る。彼らは昨日までともに笑いあった仲間だった。
第一印象は最悪だった。でも、此処まで一緒に来た。一緒に戦った。少しだけどシン国のソルダのことを知ることができた。
知って、仲良くできた。きっともっと時間をかけて付き合っていけばいい友人になれたと思う。そうなりたかった。でも、もう其れは決して来ない未来になってしまった。
「もう嫌だ。誰かが死ぬのなんて嫌だ。誰も失いたくない」
<傲慢だね。全てを守りたいだなんて>
「そうね。でも、私は人間よ」
<?>
「傲慢でない人間なんて私は会ったことがないわ」
<あはは。君ってやっぱり面白いね。いいよ。少しだけ力を貸してあげる。
目を閉じて、我を意識して>
藍華は自分の中にあるコアを強く意識した。藍華が自分のことを意識してくれているのを確認してからコアは次の指示を出す。
<我にかかっている鎖を解いて>
「鎖を解く?」
<イメージするだけでいい>
言われた通りイメージした。其れが正しいのか分からなかった。藍華の中にいるコアは直ぐに藍華の不安を感じ取る。
<我を信じろ>
「藍華!?」
「黒、崎さん」
藍華が赤く光り、赤い風が下から吹き抜けるように藍華の髪や服が揺らめく。バクも葉も藍華の身に何が起きているか分からなかった。
藍華の髪が老人のように白くなり、目は血のように赤く変わる。
藍華は自分の姿が変わるだけではなく細胞一つ一つが変異していくのが分かった。人の体は其の変異に耐えられず、悲鳴を上げる。其れでも一度解かれてしまった鎖を元に戻すことはできない。
力が湧き上がる。藍華は人ならざる腕力を用いてラポールをサウロンの触手に突き刺した。
「マレディクシオン」
触手の一部が石化した。体が大きい為、全てを石化するのは無理だった。其れでもはるかに広い範囲の石化に成功した。
藍華は石化した部分と石化していない部分の境目を狙って、手で叩き割った。再びサウロンの咆哮が上がった。
葉は膝を地面につき、耳を両手で覆った。
「くっそたれ」
鼓膜が既に破けているバクにはサウロンの咆哮は聞こえなかった。ただ大地の揺れでサウロンが再び咆哮していることには気がついた。バクは藍華の身に何が起きたのか分からなかったが、勝つ為に人間性を捨てたのは分かった。
以前、リーファンとルーフェインが話していた内容の通り。勝つ為に人間性を捨てる。一四歳の小娘にできて自分にそんな覚悟がないなんてお笑い草だ。バクは根性でサウロンの触手を叩ききった。力を入れすぎた腕の筋肉からは血が噴き出る。けれど興奮しているせいで痛みは伝わってこなかった。
触手を失ったサウロンはただ暴れるだけで攻撃と呼べるものはなくなった。ならもう藍華の敵ではない。藍華は手榴弾ができるだけサウロンに効くように攻撃を続けながら前に進む。まばらではあるが石化された箇所が増えていく。
できるだけダメージを与えた方が手榴弾が効きやすいという藍華の考えを理解したバクは藍華が石化した箇所を大剣で破壊していく。石化された箇所なら脆くなっているので破壊するのは容易だった。
「しかし、人間業じゃねぇな」
藍華は人とは思えないスピードでサウロンとの距離を縮める。そして遂に手榴弾が届く範囲に着いた。藍華は手榴弾をサウロンに向けて投げた。其の少し前に葉とバクは既に避難していた。
藍華は再び人間離れした跳躍力で爆発に巻き込まれるのを防いだ。
爆音と爆風が去った後、其処には何も残らなかった。サウロンは跡形もなく吹き飛び、代わりに巨大なコアが宙に浮いた状態で残っていた。此れで戦いは終わったのだ。
「黒崎さん」
地面に着地した藍華の髪と目の色は元に戻っていた。けれど、死んでいるのかと思うぐらい微動だにせず、触れた体も冷たかった。
「黒崎さん、大丈夫?」
胸が上下に動き、目も開いている。生きてはいることに葉は取り合えず安心した。
「ご、めん。動けない」
「大丈夫。車まで連れて行くよ」
葉は藍華に肩を貸し、立ち上がろうとした瞬間、後ろから大剣で体を刺された。
「ごっふ」
体に異物が侵入する感覚の後に吐血した。腹部を見ると鉄の塊が突き出ていた。突然のことで驚きすぎ、痛みは感じなかった。
葉は後ろを見た。自分を刺したのはバクだった。
葉は藍華を支えられなくなり、葉から力が抜けるのを感じた藍華は片膝をついて倒れようとしていた寸前で葉に片腕を掴まれ、地面に倒れこむことだけは避けられた。もう、一人で動くことすら藍華にはできなかった。
「どう、して。バク」
バクは答えない。様子がおかしい
「・・・・憑依だ」
答えないバクの代わりに藍華が教える。
「シン国のソルダは普通の人間がコアを入れた武器を使用している。其の為、戦闘を重ねると憑依される」
憑依された人間を救う方法はなく、彼らは憑依された仲間を殺してきた。
「た、頼む」
まだバクの意識が残っている。彼は途切れながらもなんとか自分の意思を伝えようとしている。
「頼む・・・・・俺を、俺を殺してくれ」
「そんなこと、できるわけ」
葉はどうしていいか分からなかった。藍華はもう戦えない。自分が何とかしないといけない。でも、セルパンは壊れてしまった。
武器ならあった。ルーフェインとリーファンの武器が地面に転がっている。コアを使用した武器ではあるが一度ぐらいなら使っても問題はないと思う。
葉は藍華を近場の岩に避難させた。全く動けない藍華は岩に背を預け、憑依されたバクを見つめることしかできなかった。
「高岡君」
バクに向かっていこうとする葉の腕を掴もうとしたが腕どころか指一本動かすことができなかった。
葉はルーフェインの刀を取る。体は震えている。死ぬかもしれない恐怖もあるけど、何よりも人を殺すことを恐れている。
折角生き残ったのに。折角巨大サウロンを倒したのに。助かった仲間が今度は自分達を殺す。殺さなければ殺される。




