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戦慄のクオリア  作者: 音無砂月
偽りの平和
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第一章 兵士(ソルダ)

 一四歳の夏、幸せな時間の終了を告げる鐘が鳴った。

 私達は戦場に立つことを選んだ。

 ずっと昔から警鐘は鳴っていた。其れでも気づかぬふりをしたのは酔っていたかったからだ。

 此の平坦な平和って奴に。

 でも、其れはもう終わった。終わってしまったのだ。

 私達は未来のために現在(いま)を捨てた。

 さぁ、武器を取れ、戦え。

 幕を降ろせ、喜劇は終わった。(※ラブレー)




 「愛睦、早く行かないと学校に遅れるよ」

 「分かってる」

 夜空色の髪を靡かせた少女は玄関からリビングに居る少女に大声で呼びかけた。

 すると中から桜色の髪をツインテールにし、赤い瞳を持った少女が出てきた。

 彼女の名前は黒崎愛睦(くろさきあいむ)。そして、玄関で愛睦を待っていたのは(あい)()。似ていないので気づかれにくいが、彼女達は双子だ。

 「行ってきます」

 「行ってきます」

 リビングに居る母、仁美に声をかけてから愛睦と藍華は家を出た。

 灼熱地獄と言うには些か大げさすぎるかもしれないが、エアコンの効いた室内から屋外に出ると太陽がギラギラと光り、見ているだけで額から汗がにじみ出る。

 「藍華、宿題した?」

 「当たり前でしょう」

 「じゃあさぁ」

 「却下」

 「まだ何も言ってない」

 愛睦は両頬を膨らませ、怒る。

 「言わなくても分かる。宿題見せて、でしょ」

 愛睦は不満そうな顔をしていたが事実だったので文句が言えず黙り込む。

 いつものことなので超能力がなくても愛睦の言いたいことは直ぐに分かる。そして怒ったまま黙り込むのもいつものことなので藍華は其のまま無視をすることに決めた。

 「藍華ちゃん、愛睦ちゃん、おはよう」

 さわやかな笑顔で、さわやかな挨拶をしてきたのは神山(かみやま)鷹人(たかひと)。其の後ろに居る、大きな欠伸をし、眠そうにしているのは蒼空(そら)。彼らも藍華、愛睦と同じく双子だ。

 「おはよう、タカ、蒼空」

 「おはよう、鷹人君、蒼空君」

 藍華は鷹人のことをタカと呼ぶ。『鷹人』とは呼びにくいのでクラスの殆どがそう呼ぶ。

 「何の話をしていたの?」

 「宿題」

 「もしかして、愛睦ちゃんしてないの?」

 「うん」と愛睦が首を縦に振ると、女子に人気のある破壊力抜群の笑みを鷹人は見せた。

 「じゃあ、学校に着いたら一緒にやろうか」

 「いいの」

 早速、愛睦は食いついた。

 「勿論」

 「あまり甘やかさないで欲しいのだけど」

 「甘やかせてるつもりはないけど」

 「此奴が女に甘いのはいつものことだろ」

 「蒼空、まるで俺がタラシみたいな言い草は止めて欲しいな」

 「似たようなモンだろ」

 くあっと蒼空はもう一度欠伸をした。

 いつも通りのメンバーでいつも通りの会話に耳を傾けていた藍華は不意に街を囲む塀が視界に入った。

 いつも、何処からでも見えてしまう大きな塀。まるで自分達が籠の中の鳥であるということを印象付けるようで藍華はあまり好きではなかった。

 「どうした、藍華」

 藍華の様子に気がついた蒼空は藍華の視線を追って、一緒に塀を見つめる。

 「此の先に何があると思う?」

 「旧市街だろ」

 教科書通りの答えに藍華は不満そうに蒼空を睨みつける。

 「確か三〇年前の震災で壊滅状態になって、復旧できないんだよね」

 鷹人は授業で習ったことを思い出しながら答えた。だが、其れでも藍華の疑問の答えとはならなかった。

 「震災の影響なら普通は半分だけ復旧不可能とはならないんじゃないの?此処だって、同じ状態になっているはずでしょ」

 「確かに」

 鷹人はもう一度塀を見つめた。

 「其れに塀で囲む必要はないもんな」

 藍華の答えに頷きながら蒼空が答えると、鷹人は「其れは治安が悪いからじゃないの?」と反論した。

 一理あると蒼空は思った。でも、本当に其れだけなのかという不安を決し去るには心許ない答えだった。

 「つまり、二人は大人達が子ども(私)達に嘘を言っていると言いたいの?」

 今まで黙って会話を聞いていた愛睦が問う。蒼空も藍華も其の問いには答えなかったが大人の言うことが信用できないとは思っていた。

 でも今其れを肯定してしまうと何かが根底から覆りそうで怖かった。本能に近い直感が答えを出すことを拒んでいるように感じた藍華は話題を変えることにした。

 「子供の私達には大人の考えていることなんて分からないんだから此の話は此れでお終いにしよう」

 異論は出なかった。愛睦はもともと此の話題には興味がなく、鷹人と蒼空は藍華と似たようなものを感じた為だった。

 其の後は特に会話らしい会話もなく、学校に着いた。クラスは一クラスしかない為、四人とも同じ教室に入る。

 荷物を置くと早速、鷹人は愛睦の宿題を見ることにした。宿題は現国と英語の二つだけだ。愛睦ができていない宿題は英語のみ。昔から愛睦は英語が嫌いなのだ。

 「あーいーか」とニヤニヤしながらデブデブの体が藍華の視界を覆い尽した。

 人間の両目はほぼ平面の顔面上にあり、左右の視野の重なりが大きいので両目で同時に見える範囲は約一二〇度と言われている。

 其の範囲全てを掌握するほどの豊満な肉体を持っているのは(すえ)(まもり)日名子(ひなこ)

 「宿題見せて」

 「嫌だ」

 「いいじゃん」

 「自分でしなさい」

 「そりゃあ藍華はいいよね。ご両親が居て、家のことをしなくてもいいんだから」

 日名子の両親は日名子が五歳の時に事故で亡くなったらしい。彼女は祖母に育てられたとクラスの全員が知っている。

 震災で人口が半分になった為、近所との繋がりを昔よりも強める傾向にある。其のせいでどうでもいい他人の家庭の事情のことまで耳に入ってくる。

 だが日名子の場合は其れだけではなく、自分から自慢話でもするかのように両親が居ないことを吹聴しているからだ。

 「相変わらずうざい女ねぇ」と言って吊り目のせいできつい印象を他人に与えてしまう桜井いずなが来た。

 「私の母さんが言っていたわよ。黒崎の家は両親とも忙しくて帰りが遅いから家のことは黒崎がしているって」

 いずなは藍華と愛睦のことを黒崎と呼ぶ。だから少しややこしいが此の場合の黒崎は藍華のことをさす。愛睦は家事が苦手なので、頼めば料理を少しするぐらいだ。

 「自分ばかりが特別とは思ないことね。大体、家のことはアンタじゃなくて弟がしているそうじゃない。人のこと、言えないんじゃないの」

 勝ち誇ったようにいずなはいい。日名子は苦虫を噛み潰したような顔をしていずなを睨んだ。

 「いずなちゃん、少し言い過ぎだよ」

 いずなの袖を引っ張り、今にも消えそうなか細い声でいずなを諫めたのは一宮(いちみや)舞子(まいこ)。病弱の為あまり外に出られず学校に来るのは珍しい。

 日光にあまり当たらない肌は白く、顔色からもあまり健康的には見えない。

 「本当のことを言ったまでよ。此奴の自分は不幸ですって面を見るとムカつくのよ」

 「私だって本当のことを言ったまでじゃない。両親が居る家は幸せだって」

 「其れが馬鹿だって言っているのよ。自分の幸せに両親は関係しないわ。居ても居なくても人は勝手に不幸になるし、幸せにだってなる」

 「そんなのただの贅沢じゃない」

 「そうかもしれない」

 目の前で繰り広げられる喧嘩。藍華と日名子の会話から始まったはずなのにいつの間にか蚊帳の外状態になっていた藍華は苦笑交じりに賛成した。

 二人の視線を感じながらも外に視線を向けたまま藍華は続けた。

 「ある意味正しく、ある意味間違っている。と、私は思うよ。でも、ねぇ、末守さん」

 藍華は日名子を真っ直ぐに見つめた。真剣で、仄暗い闇が漂っているような視線に日名子は背筋に嫌な汗が流れていることを感じた。

 「虐待を受けている子供がもしあなたの目の前に居たら、あなたは其の子に同じことが言える?」

 日名子が答える前に学校のチャイムが鳴り、担任の先生が「ホームルーム始めるぞ」と言って教室に入って来た。

 親しい友人との会話を楽しんでいた生徒は自分の席に戻っていく。

 藍華は再び視線を外に向けた。




 学校が終わり、藍華と愛睦は真っすぐ家に帰った。

 両親はいずなが言った通り忙しく、帰りはいつも二一時過ぎ。其の為、帰っても家に明かりはついておらず、誰も最初から住んでいないような寂しさを纏っている。

 家に上がって藍華が最初に向かうのは台所だ。愛睦は自分の部屋に籠る。部屋にあるパソコンをいつも弄っている。

 ネット依存症だな。と、藍華は思っている。言葉にすると機嫌が悪くなるので思うだけにする。

 「愛睦、お弁当箱出して。洗うから」

 藍華が言うと素直に下りてきて弁当箱を流し台に入れる。

 其の序に「お風呂にお湯入れて」と頼む。

 「ええー」

 「ボタン押すだけでしょ」

 早くパソコンがしたい愛睦は再び不機嫌になったが文句を言わずにお湯を入れに行く。

 やっぱり愛睦はネット依存症だな。と、藍華は思った。

 食事とお風呂を済ませた後は藍華も部屋に行き、本を読んで過ごしていた。

 二二時過ぎに玄関のドアが開く音がした。下りてみると、母仁美が居た。

 「お帰りなさい。一人?」

 「お父さんは今日、泊まり」

 「そう。先にお風呂?食事?」

 「先にご飯を食べるわ」

 「分かった」

 藍華は直ぐに台所に行き、ご飯を温める。仁美は荷物をソファーに置き、深く腰掛けた。

 座った瞬間にどっと疲れが出て自然と溜息が出た。

 「そうだ。アンタ、明日学校が終わったら私の仕事先に来なさい?」

 「私一人?」

 「ええ」

 「どうして?」

 「いいから来なさい」

 語尾を強められ、藍華は「分かった」としか言えなかった。

 「其れと愛睦にも此のことは黙っているように。いいわね」

 其れ以上の会話を拒むように仁美はテレビの電源を入れた。チェンネルを弄ることもなくたまたまついていた番組に視線を向ける。だが、向けているだけだった。

 おかずと白ご飯を食卓に並べると仁美は何も言わずに食事を始めた。藍華は自分の仕事が終わったので部屋に戻ることにした。



 翌日、学校を終えた藍華は母の仕事先に向かった。母の仕事が医療関係であることは知っている。

 藍華は仁美が働いている病院に入る。受付の人に案内されながら向かったのは何故か病院の地下だった。案内されている途中、何度か質問を投げかけてみたが案内人は黙秘を続けるばかり。

 不安に思いながらも辿り着いたのは何もない真っ白な部屋。上には硝子張りの部屋があり、二階から此の白い箱の中が見えるようになっていた。

 「此処は一体、其れに母は?」

 「連絡入っています。暫くすれば黒崎博士も来ます」

 「博士って」

 医療関係者で、病院に働いているし、白衣姿も見たことがあるので藍華はてっきり医者なのだと思っていた。だが、事実は違っていたのだ。何が何だか分からなくなっていると仁美が来た。

 「お母さん」

 「来たのね」

 「此れは一体」

 「直ぐに始めるわよ」

 仁美は硝子張りに居る人に声をかけた。さっきまで無人のように見えていた二階には白衣を着た人間が何十二人と居た。見下ろされているみたいで藍華はあまりいい気分ではなかったが今は先に知るべきことがある為、不満は口にしなかった。

 「此処はただの病院ではないようだけど、一体何をしているの?」

 「此れを耳につけなさい」

 藍華の質問に答える代わりに仁美は硝子でできたリンゴのピアスを渡した。リンゴの中には赤い液体が入っている。

 「此れは?」

 「いいから着けなさい」

 普段からあまり会話を好んでする人ではなかったが、今回は其れがかなり顕著に出ている。命令ばかりで一切説明がない。

 「私の質問に答えて」

 バシンッ

 二階のガラス部屋以外、周囲を白い壁で囲まれ何も置かれていない部屋として全く機能していない部屋に突如として一つの音が木霊した。

 仁美は怒りに満ちた目で藍華を睨みつけ、振り上げた手は今は横にスライドされ、仁美の顔と同じ高さにあった。

 藍華はじんと熱くなった頬に触れ、母の顔を見て初めて自分が叩かれたのだと認識した。

 「いいから私の言うことを聞きなさい」

 怒鳴るような母の声は不快に、何処までも藍華の中に侵食した。彼女はいつもそうだった。自分勝手で、思い通りにならないと直ぐにヒステリーを起こす。

 「早くやりなさい」

 傲慢な声だと藍華は思った。言いなりになるのは正直嫌だったが、此のまま反抗しても面倒なので藍華は言うことを聞くことにした。

 家に帰れば顔を合わせないといけない。なら、協力機嫌を損ねることはしない方がいい。後でどんな陰険な嫌がらせをしてくるか分からないからだ。

 こういう時家族というのは面倒だと藍華は思った。

 言われた通りリンゴのピアスを耳につけた。一つしかないので片耳ピアスになってしまうがデザイン的には藍華の好みに合っていた。だからといって素直に母からへのプレゼントだと喜べる雰囲気ではなかったが。

 藍華がピアスをつけたことを確認した仁美は上に合図を送り、部屋を出る。

 「お母さん」

 藍華の呼びかけに一度だけ足を止めた仁美は「其処に居なさい」としか言ってくれなかった。

 「藍華ちゃん」

 此の部屋にはスピーカーがあるようで硝子張りの部屋にいる男がマイクで話しかけると声が聞こえた。

 「ラポームと言ってみて」

 意味が分からないことだらけだが質問に答えてくれる人間は此処には居ない。早く帰りたい一心で藍華は「ラポーム」と言った。

 すると、全身が赤く光り始めた。

 「何!?」

 驚く藍華とは対照的に硝子張りの部屋に居た人間は「おお!」と感嘆の声を上げたり「成功だ」と喜ぶ者も居た。仁美だけは何の感情もなく現象を分析するかのように藍華を見ていた。

 「何が、起きているの・・・・・」

 ドクン

 心臓が跳ねる。不安からではない。光の強さに連動するように鼓動が早くなる。

 「あ、ああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 全身に痛みが走る。ギシギシと筋肉が悲鳴を上げ、穴が開いた袋から水が零れるように藍華の体内にある血液が滲み出る。目からも血の涙が出る。

 自分の身に何が起きているのか分からず、此のまま死ぬのかもしれないという思考が浮かぶ余裕さえない。

 「失敗か」という落胆の声が僅かに耳に届いた。

 全くもって意味が分からなかった。分らないまま思考が電源をきられた機械のように停止した。




 目が覚めた時意識はまだ朦朧としていた。ピッピッという機械の音が聞こえ、体には無数の配線が付けられていた。其の先にあるモニターには心拍、血圧などが記載され、腕には点滴がされていた。

 藍華は病衣を着た状態でベッドの上に寝かされていた。

 「・・・・・此処は」

 「藍華ちゃん、起きたのね」

 ナース服を着た女性がカーテンを開け、入って来た。顔には心底安堵した表情が刻まれている。

 「バイタルも正常。問題はないみたいだけど、気分はどう?何処か痛いところとかある?」

 「いいえ」

 「そう。良かった」

 「あの、私・・・・」

 「実験は成功よ」

 「・・・・実験?」

 「ええ」

 看護師の嬉しそうな顔と「実験」という不明瞭な言葉で、少しずつ朦朧とした意識が開いていき、記憶が戻る。

 「ダメよ。まだ安静にしてなくちゃ」

 体を起こそうとした藍華を看護師は慌ててベッドに押し付ける。

 「母を、黒崎仁美を呼んでください」

 「博士は今、地下で仕事をしているので」

 「何の実験をしているんですか?母の仕事は医療関係だと伺っています。でも、実際は違った」

 「其れは・・・・」

 「私の体に何をしたんですか」

 「騒がしいわね」

 「黒崎博士」

 カーテンの外から白衣を着た仁美が現れた。娘を心配する親の目とは思えないほど冷たい光を宿していた。

 「説明をしてよ。此れは何?此の看護師は実験だと言った。あの部屋で、私を遣って何の実験をしたの?」

 体を起こして仁美に掴みかかりたかったが、まるで一週間ずっと筋肉を酷使し続けたせいで起こしたような酷い筋肉痛で思うように動けなかった。

 「旧市街は何で滅んだと思う?」

 無関係な問いのようにも思えたが初めて仁美から命令以外の言葉が出たので藍華は其の会話に乗ることにした。


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