レイドルク=フォン=バーグ
――ムーンブルト船着き場
夏の日差しは、海面を照らしキラキラと眩いばかりに輝く。太陽の光は強いが、乾燥した気候であり、日陰に行けば涼しくはなる。船着き場は、海の男と荷物でごった返しになっていた。大型の帆船、魔導機工の動力を積んだハイブリットなど、多くの船が停泊している。この地方の交易の中心地であるムーンブルクには、この時期、多くの食材が船で搬送される。現在、大量の物資を運ぶ手段は、陸運より海運が主流であり、魔術により転移するケースも中にはあるが、量と距離にかなりの制限がかかる。
「おっちゃん!乗せてくれてありがと、これ俺からの礼ってことで取っといてくれ」
いかにも海の男という面持ちの中年の男に、俺は石を投げ渡す。
親指大のそれは、紅く発光していた。ハウンドドッグという、魔獣の魔石である。
脳の一部に埋まっている。魔導機工のエネルギー源にもなる。ただ、初級の魔獣なので、市場価格はそこまで高くは無い。
「こんなちっこい物もらってもな。次は気を付けろよ!」
気のいい男だった。運賃が払えず密航しようと荷物に紛れている所を、捕えられた。
しかし、無一文である事を、正直に話したところ、船内の仕事を手伝うなら乗せてくれることになり、鼠退治の任務をこなしていたのだ。最終的な荷降ろしも終わり、荷物の無事を確認したところで、解放されたのだった。
俺の名前は『レイドルク=フォン=バーグ』まあ、すでに家は無くなってしまったので『フォン』をつけるべきではないのだが、一応、元貴族だ。
弱小貴族は、このご時世乱立と断絶を繰り返している。我が家も戦争のあおりを受けて、一家のほとんどが戦死してしまった。俺が生きているのは、能力が「購買特権」しかなかったからだ。他の兄弟や姉妹は、多かれ少なかれ、戦闘系の技術や魔術を使用できた。何故か俺だけそれを持っていなかったのだ。家族内の俺の扱いは、飼っていた鷹以下のものだった。最低限の食事だけ与えられるのみ。外出は許可されず、家の中に閉じこもっていた。引きこもり期間が、長かった事から、最初外に出たときは、立ちくらみを覚えた。
今でも人と話すのは苦手だが、生きる為には最低限の会話をしなければならない。
始めは苦労も多かったが、その日暮らしはできるくらい生活力はついた。蔑まれてきたので、他人からの苦言も受け流す事が得意だ。
生活力はあっても、お金は無い。その原因は、能力である「購買特権」が関わってくる。
この能力は、お金や価値のある物を、魔素に還元して、その対価として物品を得るという能力である。食品や飲料を購入していたので、ドンドンお金が消費されてしまうのだった。周辺の市場価格の五割増しくらいの価格であり、大変便利ではあるが、使用はかなり制限される。お金があれば、もっと頻繁に使用できる。だから、お金持ちになりたい。
この世界の貴族の多くは、能力を持っている。能力は、魔術とは違い、その人物の固有の力である。魔術や技術は、訓練によって上達する。しかし、能力は生まれながらにして与えられているものである。例外で、『覚醒者』という、後天的に覚える人もいる。それぞれの能力は、使用状況や条件によって、進化していく。また、系統別に組み分けされており、俺のは商業系統である。要するに、俺は商人としての才を与えられたのだ。
前世の記憶では、多くの裏切りと、商人という戦闘職でなかったがために、見捨てられ悲壮な最期を迎えている。なりたくないと願っていたその才能が、俺には備わってしまっているのだ。知識を付けていけば、その商品数も大量になる。考えるだけで、欲しい物は瞬時に探し出せる。しかし、それを購入できるかは別である。
引き篭もりとはいえ、多くの魔導書を読んできたので、知識はそれなりにあるつもりだ。物品を直接見なくても、どういう物かという事は、映像イメージで理解はしている。それに、魔導情報体により、『カガク』という古代技術(魔導機工の起源)の一部も映像で見ている。何故、弱小な一貴族がそのような事を知っているのかというと、元は王族であったらしく、所領からの税金は少なかったが、特権は多く与えられていた。魔導情報体『プラーナ』への接続もその一つであった。能力のすべては、親にも語っていなかったので、隠れて親の書斎の合鍵を購入して、『プラーナ』の内部へ入り浸っていた。
この世界以外の情報も多く含まれており、理解するのには時間が掛かったが、自分なりの解釈は混ざってはいるものの、再現可能なものもある。ただ、お金が無いのでできない事の方が多い。
商人という、英雄譚では不遇で、どちらかというと、物語では悪役の多い職業。しかし、お金は、力である事には変わりはない。英雄になれなかった彼は、何を望んだのだろう。俺は、それを知りたかった。彼が見る事の出来なかった光景は何だったのだろか。
まあいいか、それより今夜はどこで寝ようかな?