ごあい殺
マリアは久しぶりに、朝の光をさわやかに迎える事ができた。ポルセの家系は別に嫌いでは無い。むしろ好きといえよう。しかし、少し気を遣うのだ。ほんの少し……。
その彼らの旅立ちの日だ。そして、自分自身に、自由がまた舞い込んでくる日なのだ。マリアは、いつも昼までだらだら寝ている己の体に喝を入れて、床から起きて、外の散歩に出かけた。
朝焼けに染まる魔王城外壁をぼんやりと眺めていると、徐々に壁が赤みを増していった。あいも変わらずカラスの鳴き声が、木霊している。普段寝ている時間に起きているのは、少し得した気分である。まあ、明日からはまた昼起きになるだろう。
今日、彼らが出ていったら、読みたかった漫画を絶対読破すると誓っているのだ。幼いころ魔術師として天才と呼ばれた主人公が、ある事件をきっかけに、自分の弱さを知り、それを隠すために道化師として遊び頬けていた。その道化師は、ある東方の女性を救うため自分の力を久しぶりに解放して戦った。その中で自分の弱さを受け入れ、その女性と成長していく物語だった。新必殺の合体魔術が放たれるか、否かという所で止まっていた。
「はやく読みたいな~」
言葉は、カラスの声にかき消された。
――広間
「それでは行ってまいります」
「たのむ」
マリアは、今日一のキメ顔で、ポルセ一家を見送る。これでやっと弛緩できると思ったさなか、ポルセ一家が広間を出る前に、扉が開く。
「たく!あいつらしつこかったぜ」
マリアは、何かいろいろ体から噴出しそうになった。そして、弛緩しかけた体は、再び硬直し、マリアは思考を放棄するのであった。
「ぬっ?」
「お前は?」
「バーグ戻ったか!」
「こいつが……」
「あらあら」
5者5様の反応。俺ついに人気者になってしまったか?殺意すら感じるこの緊張感。ひとつ上野、いや上の男になるっていうのは、こういう事か……。視線が怖いぜ。怖さで皮の被った息子が、剥けちゃいそうだぜ。
好青年風の男が、こちらに向かって突撃と同時に剣を抜こうとする。
「貴様が、ポルセについた虫か!」
なぜ彼が突撃するのか理由は分からないが、ここで命を落とす訳にはいかない。まあ、ここらで俺の戦闘力も見せた方が、武闘派の家臣を従え易くなるかな。
体内に溶け込んだ宝玉に、マナを注ぎ込む。足に鉄鋼のグリーブが装備される。つま先まで保護されており、三つの鍵爪がある。関節がいくつもあり、動きに大きな負荷を与えない構造。それに、鍵爪もマナの力で自由に動かせることから、トップスピードが向上し、更にブレーキもできる。対になっているグリーブには、同じ紋章が三つづつ刻まれていた。
マナを、グリーブへ流し込み、一気に踏み出す。ディスフィガルには、消えたように見えたのだろうか。しかし、後ろで見ていた者たちにとっては、消えたのでは無く、いつの間にか、ディスフィガルの後ろに回り込み、その脇腹にまさに左蹴りをくらわせようとする後ろ姿が見えただけだった。
ゴフッ
骨の砕ける音が部屋の中に響く。体が真横に吹き飛び、壁に激突する。壁には軽くヒビがはしり、ドラゴンの防御力でも、内臓系や骨にダメージを受ける。ディスフィガルは意識を失い倒れてしまう。
「血の気が多いのはいいことだ。お前たちが、派遣されるポルセの家族か――」
「さよう」
「あらあら、さすがに、我が子を傷つけられて黙ってはいられませんよ」
凄まじい殺気が場を支配する。
「母上!今のは兄上が悪い!奴は悪くありません!」
そう言って、ポルセは俺をかばうように、母親の前に立ちはだかる。少し震えているようだが、決してそこをどくつもりは、なさそうだ。しかし、その方に優しく俺は手を置き
彼女の前にでる。
「コマを失うのは心苦しいが、俺にその刃を向ける意味を教えてやる!」
殺気が殺気とぶつかり合い、その熱が場を埋めつくす。
「おっほん!それくらいにしてもらおうかな?」
魔王マリアはあきれた声をだして、ディスフィガルを回復させながらたしなめる。
「お前の命令であれば、ここは引こう」
「あらあら、命拾いをしましたね」
威厳たっぷりな態度のマリアだが、内心ヒヤヒヤしている。ちょう油汗出てるんですけど……。
最悪なファーストコンタクト。この後、彼らの活躍は島を渡って響き渡る事になる。とくに、ディスフィガルについては、まさに龍神の如きと称された。ただ、戦闘中に何やら罵詈雑言を一人で口に出していたらしい。