魔法
「見返りを思いつきました」
「見返り?」
「さっきあなたに見せた踊りに対する報酬のことです」
「僕に見せたわけじゃなくて、無名戦士を弔うための踊りだろ」
「どっちにしろあなたが見たことには変わりありません。一度は断りましたが、やはり鑑賞料を徴収することにします」
「気が変わるの早いな……わかったよ。見たものは見たんだし、払う払う」
「ただし、お金としてではありません。私が踊りを見せた代わりに、あなたの魔法を見せてください」
「教会が禁止してるのに、当の僧侶が魔法使えなんて催促していいのか」
「だってあんまり見たことないんですもん、あなたが魔法使ってるとこ。罠とか爆弾とかの小細工は見ましたけど」
「小細工って言うな。知謀だ。魔法だってさっきやってみせたでしょ」
「炎操作の魔法は前にも見たことあります。あのくらい、わざわざ魔法使わなくてもできるでしょう。油撒けばよかったんですよ」
「そんな貴重なものそのへんに撒けるか」
「冗談のつもりだったんですが、撒けたら油でもいいんですか……。ますますがっかりです。というか、あなた本当に魔法使いなんですか?」
「そこまで疑われなきゃいけないのか」
「似非魔法使いでないと言うなら、もっと魔法ならではって感じの魔法を見せてください」
「本物の魔法使いはそんな簡単に手の内を晒しちゃいけないんだよ。相手が敵対勢力の人間とくれば尚更ね」
「私だって、本来はなんの見返りもなしに踊りません」
「そのせいで君には似非僧侶の嫌疑がかかっているけども」
「私の踊りに価値などないと?」
「ああもう、わかったわかった。絶対他の人に言ったりしちゃダメだからね」
「言いません。神に誓って」
「いままでの言動のせいで全然重みがないな、その誓い」
「いいから早くやってください。なるたけ凄いやつをお願いします。ドラゴンを召還するとか、ここではない別の世界に転移するとか、魔王を一撃で倒すとか」
「無理難題ふっかけてくるなよ。こんなことで魔力消費したくないなぁ。せっかくだからなにか役に立つ魔法にしない?」
「でしたら水浴びしたいです。もう三日くらい体を洗ってませんから」
「となると、あの方法しかないか。準備するからちょっと待って。場所はこのへんの岩陰がいいかな」
「本読みながらモタモタ魔方陣書いて……なんというか私の思う魔法と違うんですよね。もっとこう素早く唱えてぐわーっとしてぶわーっと」
「うるさいとやめるぞ」
「…………」
「まったくこれだから素人は……。魔法っていうのは本来繊細で精密なものなんだよ。そんなパッとできたらみんな魔法使いになろうとする」
「教会がそれを禁止しています」
「どれだけ制限や罰を与えられようと、人間は利便性の誘惑に勝てないね。魔法使いが多くないのは、人が考えるほど魔法が便利じゃないからだよ。魔法使いになろうとする人は毎年たくさんいるけど、実際になれる人は多くない」
「神の御意志に背く行為をよくもまぁ」
「うん、それ君が言えることじゃない。さて書けた。そこに立ってくれる?」
「魔方陣の上にですか? もしかして私に変なことしようとしてませんよね?」
「してない。今から君の頭の上に恵みの雨を降らせよう」
「え、そんなことできたんですか? でしたらもっと早くやってくれれば」
「いや、だって君絶対嫌がるもん。とりあえず、そのままだと服濡れちゃうから脱いだほうがいいブッ」
「変なことしようとしてるじゃないですか!」
「君が水浴びしたいって言ったんだろ! 殴るなよ!」
「水浴びするのはあなたが見てないところでですよ! 当たり前でしょう!」
「無茶言うな。僕は術者として魔方陣と被術者から目を離すわけにはいかない」
「……ではあなたのローブを貸してください。それを着て浴びます」
「あー、それはちょっと困るかな。地面に染み込んだ水を魔法で頭の上まで転送する仕組みになってるから、水が全部服に染み込んじゃうと循環しなくなる」
「ローブから滴るくらいたくさん水を使えばいいでしょう」
「そんな大量の水はない。飲料水は使うべきじゃないし」
「え? じゃあもともとの水はどこから持ってくるんです?」
「君の体から不要な分泌液を取り出して浄化して使う」
「ほう。その不要な分泌液とは?」
「それ訊いちゃう? まぁ人間が持ってる不要な分泌液って言ったら、ほら」
「そういえばさっきから妙にお腹がスッキリ……まさか」
「そのまさかだけど大丈夫。浄化済みって言った通り純粋な水だから。さすがに飲むのは恐いけど、あれな匂いとか毒素は一切ないから安心しデェェッ!」
「この変態似非魔法使い」
「より酷くなった」
「魔法にもあなたにも幻滅しました。最初から私のおしっこ目当てだったんですね」
「だとしたら本当に変態だな! 頼まれなきゃこんなことしないって!」
「こんなこと頼んでないです」
「そうだった」