故郷
「それにしても、あの村の人達はどうしてもっと便利で快適な都会に出て行かないんでしょうね。あんな辺鄙な場所で暮らしていたって別にいいことないでしょうに」
「断言するなよ。理由はいろいろあるだろうけど、やっぱりあの場所にそれなりの思い入れがあるんでしょ。たとえ不毛の土地だって、先祖代々受け継いできた場所なわけだし。宿屋の親父さんもそんなこと言ってた」
「建前っぽいです。お金とツテが乏しいというのが一番の問題なんじゃないですかね、大方」
「それをわかってさっきのセリフ言ってたなら相当性格悪いぞ、君」
「よくよく考えてみたら、知らない土地で新たに住む場所や働き口を探すというのは、それ相応の覚悟がいることだと気がつきました」
「そうだね。若ければまだそんな気力もあるんだろうけど、年を取っちゃうとどうしても変化を拒むようになるよ。まぁ少人数ならあそこでも自給自足で暮らせなくはないし、荒れ地を通る旅人にとっては要所だから」
「私たちみたいな人間がお金を落としていくわけですか」
「そうそう。僕らみたいな貧乏人じゃ雀の涙だろうけど、たまに旅団も通るみたい」
「存外暮らしやすいのかもしれませんね。あそこにいると時間の流れも遅く感じました。のどかのどか」
「うん……やっぱり、現実的な問題だけじゃなくて郷土愛みたいなものもあるんだよ、きっと。僕もたまに故郷のことを思い出して、ずっと子供時代みたいな暮らしが続けてられていたらって思うんだ」
「宣教師を志して故郷を飛び出してきた身としては、共感しかねます」
「それは確かに無理だろうね。けど君が出奔って……あんまり想像つかないな」
「父に入れられた僧院のほうはあまり馴染めなかったのです。都会の僧院でなら受け入れてもらえるだろうと考えて、十五の頃にこっそりコレムラック大僧院に転入しました。結果、どこも似たり寄ったりだということがわかっただけでしたが」
「うん、それ、周りじゃなくて君自身に問題があるんじゃないかな」
「……私が三年かかって出した答えに、ものの数拍で辿り着くとは」
「自分を疑えないのは謙虚さと反省が圧倒的に足りてないせいだと思う。コレムラックっていうと、だいぶ南のほうだね。僕とは真逆だ」
「北の出身なんですね」
「数年前魔物に侵攻されて、村自体もうなくなっちゃったけどね」
「……空気が悪くなるので訊いてもいない身の上話をするのはやめてください」
「ごめんごめん。でもだからか、あの村の人たちのことは尊敬する。残ってる人たちにそのつもりはなかったとしても、出て行った人たちにとって帰る場所が存在するっていう事実は、きっとそれだけで安心感を与えてくれるから」
「あなた、やっぱり魔法使いよりも僧侶向きですね」
「んー、喜ぶべきか、嘆くべきか」
「綺麗事がとても上手です」
「君は人を嫌な気分にさせるのがとても上手だね」




