派閥
「お待たせしました。いやぁ、早朝の川は冷たくて気持ちいいですね」
「おかえり。相変わらず無駄に長い沐浴だったね。それでよく風引かないもんだ」
「あなたとは心身の鍛え方が違うんです」
「柔らかいベッドで寝たいとか駄々こねてたやつにだけは言われたくない」
「ところであの野蛮人は? 出かける時に部屋の前で見かけましたが、一緒に行くんじゃないんですか?」
「野蛮人って……義兄さんのことなら、本当は一緒にいく予定だったけど、君があまりにも遅いから先に出発したよ。ゴーレムの集落を偵察しとくってさ」
「ほう。そう言いつつ、こっそり僧侶である私の行動を遠くから監視している可能性もありそうですね。またあなたとグルで」
「それはない。あの人細かいこと考えるのあんまり好きじゃないから。昨日の不意打ちだってどうせ思いつきだ」
「思いつきで女性に貫手放ってくるってどんな危険人物ですか」
「どんなというか、そういう危険人物だよ義兄さんは。さ、僕らも早く行こう。でないと義兄さんがしびれを切らして先に攻撃仕掛けちゃう」
「なんといいますか、魔法使いという職種はもう少し利口なものと思っていましたが。認識を改める必要がありますね」
「あの人は例外。あそこまで大雑把な魔法使い、他に見たことないよ」
「では他の魔法使いはあなたみたいなのばかり?」
「いや、僕は僕でかなり例外かな」
「例外しかいないじゃないですか……」
「逆に言えばそういう例外の集まりが魔法使いだ」
「はぁ。さておき、この村ともお別れですね。短い滞在でした。宣教のせの字もできませんでしたね」
「自分で意味ないって言ってたじゃん。というか宣教してどうするの? 個人の信心深さは別として、教会の教え自体はもう世界中に広がってるのに」
「神を知らない人間に宣教するだけが宣教師の役割ではありません。一言に教会と言っても決して一枚岩ではなく、中には間違った教えを説く不遜な輩もいます。そんな連中に嘘を吹き込まれぬよう、正しい教えを広めるのが私の役目」
「ああ、僧侶の間でも派閥争いとかあったりするのか」
「派閥という言い方はあまり好きではないのですが、大きく分けて実在派と唯名派の二つがあります。実在派は古くからあるプロマテリア教の本流、唯名派はここ最近になって急速に普及してきた支流になりますね。最近と言っても三十年くらい前からですが」
「君は確か実在派だって名乗ってたよね。二つはどう違うの?」
「この世にあるモノに対する見方が異なります。実在派は心から神様を信じているので、この世の全ては神の被造物であり、人にはそれを正しく判断する力が備わっていると説きます。唯名派はその逆、この世のモノは人が好き勝手見て名前を付けているだけで、我々に神の目を持つことはできないとほざきます」
「……神様がいるかどうかは別として、どっちかっていうと唯名派の考え方のほうがしっくりくるかな、僕は」
「ええ、不信心な人間はみんなそう言います」
「そう言う人間を不信心だと定義してるんだろ、実在派が。僕らイコノミカはみんなイコノミカ語を話すからモノゴトの名前は全部統一されてるけど、エルフとかノームは全く別の言葉を話すじゃん」
「ですから人は特別な存在なのです。森やら洞窟やらでコソコソ生きてるやつらが神様に愛されているわけないでしょうが」
「……さすが本流というか、原理主義ここに極まれりというか。これから倒しにいくゴーレムだっていろんな種類や役割がある上に、それが混合と失敗を繰り返して千変万化していくんだよ? 普遍的な定義や名前が与えられてるっていうほうに無理があるでしょ」
「そのくらい知っていますよ。ですから魔物は魔物なのです。神様ではなく魔王の被造物。あんな不定形で得体の知れない存在、早急に葬り去らねば」
「実在派がそういう意見ってことは、唯名派は魔物に対して肯定的なのかな」
「そこはさらに意見の分かれるところですね。唯名派のなかの魔物主義と呼ばれる少数派は魔物の存在まで肯定します。噂でしか聞いたことがなく、構成員も不明ですが。そもそも本来であれば唯名派など、プロマテリア教を名乗ることすらおこがましい連中です。原典に異を唱えるなんて蛮行、許されていいはずがありません」
「異を唱えるっていうか、たんに解釈の問題なんじゃないの? 魔法使いにも急進派と保守派の二つがあるけど、こっちはわりかしお互いに仲良くしてるよ」
「どっちも大した権力を持っていないから仲良くできるんですよ。ひとたび片方が力を手に入れて均衡が崩れれば、闘争は激化するでしょう」
「魔王っていう共通の敵がいるのも結束力に大きく影響してるかな。僕らも今はゴーレムっていう共通の敵がいるから結束できてるでしょ?」
「私はあなたの隠された秘密を知りたいだけで、それが知れたらあなたや野蛮人やゴーレムがどうなろうと知ったことではありません」
「ゴーレムと力を合わせて君を倒すべきな気がしてきた」




