第七話 軍務大臣
少女はこの年頃にあるようにおしゃべりだった。
「お父様とお母様ね。この花畑で結婚決めたんだよ。」
「お父様ね、外では偉そうだけど、家ではお母様が一番なんだ。」
「お母様がね、弟産んでから太ったので、今、痩せようとしてるの」
どうでもいいような話を延々と続ける。少女は少年に投げかける。
「あなたのお父様は太っている?」
第一公子はどう返答していいか分からないようだった。ちらりとこちらを見た。
「お母様が言うにはね、太っていると思えば太っているだし。痩せていると思えば痩せているんだって。自分が自分の思うように考えるのが一番いいんだって。どう思う?」
第一公子は珍しくキョトンとした表情をした。答えを促す少女に
「いいと思う」
と、つぶやいた後、大爆笑した。
気がつかなかったが第一公子は相当緊張していたらしい。その後、緊張の糸が切れたのか発熱し、その村に三日間いた。
その後の予定は順調に行った。
シャルークリフの後見人にザール公の妃だった夫人を指名したがきっぱりと断られ、エスパイルでは代替わりもしているので、連れ帰れと丁重に言われた。連れ帰ることもできない自分は、一方的に置き去る方法をとった。
帰り支度をしてるとシャルークリフが静かな眼差しでこちらを見ていた。
「大丈夫だよ。あなたが気に病むことはない」
自分の娘と同じぐらいな子に同情され、なさけなかった。
「どうするのだね。これから・・・」
馬鹿みたいな質問だ。どうもこうもない。この子は誰に何をされようがこの地で根を張り生きていかなくてはならない。少年は目を逸らして柔らかくほほ笑んだ。ふと、少年の手の本が目に入った。有名な歴史家が書いた本だ。
「よく学び、何も恨まず、この国で生きなさい」
言う筋合いも何もない。馬鹿げた行動を正当化させたい衝動が言葉を作る。
少年は素直に頷く。
ため息をつく。旅をしている中で既に確信していた。エスパイル公爵にお供したことのある自分だからわかる。この子はエスパイルの子だ。これでいいのだ。だがこの子にはこれからも気をつけなければならない。
このまま手元に置いておくとの意見をはねのけた現妃、英雄の子孫の娘の影を未だに追いながら、現妃と周囲の圧力に屈したザール公は未だにこの子を実子と信じている。
この子がザールの地に戻らないように、ザール公に接触しないように、手配をしなくてはならない。
ザールの王都は閉鎖され、公領内の者も自由に出入りできないように整備した。エスパイルに派遣した内偵からは少年の従順な様子が伝えられた。忙しさにかまけて調査を怠けていた罰だ。
彼は帰ってきたのだ。
復讐するために。
何としても阻止しなければならない。
守らなければならないザール公の陽気な笑い声が響く。自分の周りだけ重い空気が包む。娘のクリスタは第一公子に見惚れている。ニルの事を忘れるにはいいのかもしれない。男はニルだけではない。たくさんいる。
などと考えていたら不躾に公子を見てしまってたのだろう。公子がやってくる。
「軍務大臣殿。クリスタ嬢にダンスの申し込みをしてもよろしいでしょうか」
反射的に頷く。
クリスタは顔を紅潮させて手を差し出す。公子は優雅に広間の中央にクリスタを誘った。
全く見栄えがいい男だ。いやいや、クリスタも我が娘ながら劣らぬ。
2人は仲良さげに話をしながら、楽しそうに踊ってる。公子は純粋にクリスタと楽しんでいるように見える。
「いやはやお似合いですな」
太鼓持ちの部下がニヤニヤしてる。いやこれはお世辞ではない。事実だろう。
第一公子とはいえ不安定な地位にいるが、一般枠で大学に入るぐらいだ、将来は有望。
ザール公の覚えも良い。難点は公妃だが・・・。
何といってもクリスタが楽しそうにしている。親として何とかしてやりたい。
笑いながら2人は戻ってきた。
「軍務大臣殿。クリスタ嬢と明日、出かけたいのですか、許可頂けますか」
爽やかな笑顔をもって第一公子はいう。
「お父様。いいでしょ。わたくし、出かけたいところがありますの。」
お似合いだ。
第一公子にやましい雰囲気もない。クリスタの事、気に入ったのか。
「では明日。よろしくお願いしますね」
「ええ、シャル」
いい男だ。
「あら、お父様どうなさったの。目にゴミでも入ったの。」
「ああ。いい若者だ」
「ええ」
クリスタはすっきりした顔で肯定した。
「明日が楽しみ。来て良かった」
翌朝、第一公子が昨日と同じように制服を着て家に来た。
婚約破棄からそんな時間がたってないのに、いくらなんでも早すぎるわ。と、ぶつくさ言ってた妻も、第一公子をみて、手のひら返した態度になった。
それにしてもクリスタ。デートというのに地味な服を着て、大きな荷物を抱えて出で行った。
新しい服を誂えないとな。
不幸続きの我が家に明るい一筋の光が見える。
第一公子か・・・
体格、容姿、頭脳、血筋、性格・・・
ニルよりかなり条件がいい。
我が家系も盤石な体制を敷くことができる。知らぬうちに笑みが出ていた。