第二話 カナーディア
憧れていた王都に着いてすぐにこんなことになるなんて、カナーディアは初めて来た都会に怯えを感じていた。気が付いたら全ての荷物がなくなっていた。
所持金全てその中にしまい込んでいたので無一文だ。
王都入場の許可書もなくなった。捕まれば追い出される。
色々な人に荷物がなくなった事を訴えても、一様に厄介ごとはごめんだというように過ぎ去る。みんな異常に忙しいようで、ほどほど困ってしまった。
今日の予定は、馬車を借りて王都の税務専門学校で宿を借りるはずだったのよね。
遥か遠くにお城が見える。学校はお城の傍にあったはず、あそこまで歩くのか。大きなため息が出る。
「王都の図書館に行きたかったのに。洋服はどうしたらいいのかしら。それより家に帰れない。お金。お金。ああ、こんな治安が悪いなんて良くないわ。一週間しかいられないのに・・・」
横を馬車が通り過ぎる。乗せてもらおうと口を開けて我に返る。
誘拐されるかも。
「頼れるのは自分だけよ。ここは修羅の土地なのよ」
またトボトボ歩き出す。
お腹が空いてきた。
太陽がまぶしい。ちょうどお昼ぐらいだろう。
そういえばうちに下宿していた人がここに住んでいるはずだ。
ダメ、自分で何とかしよう。税務専門学校で事情を話して、荷物を取り返せばいい。
荷物どこに行ったのだろう。
気が付くと立派な制服を着た中年の男性が近づいてきた。
「君、身分証ある」
ああ、これは警察の人だ。捕まるんだ。私、身分証不所持の罪で・・・
お腹が空きすぎて何も考えられない頭はそれでも今の状況を説明した。
「税務専門学校から呼ばれてきたカナーディアといいます。老婆の落とした小銭を拾うのを手伝っていたら、荷物がなくなりました。身分証は荷物の中です。気がついたら老婆もいなくなっていました」
高速回転した頭はそこで途切れた。
そのまま、ぼーっと連行され何かの建物に入り、パンと水をもらう。いつもなら毒が入っているかもと疑う状況なのに素直に食べてしまうのはお腹が空きすぎているからなのだろう。扉が開き、立派な服を着た男性と制服を着た小太りの男性が入ってきた。話を聞くと税務専門学校の事務員らしい。確かにカナーディアという人が来る予定だが、この人が本人かどうかは解らない。と制服を着た人に説明している。制服を着た方がこちらを向き「王都に君の身分を証明できる人はいないか」と言ってくる。
考えても一人しかいない。厄介な人だが・・・
「王都大学学生のシャルークリフという人なら、もしかしたら私を保証してくれるかもしれません」
目の前にいる二人はすごく嫌そうな顔をした。
「貴族に知り合いがいらっしゃるのですか?」
ひきつった顔をしながらも丁寧な口調で問いかける。
どうだったけ。シャルは貴族なんて言っていなかったけど出生はいいのよね。黙り込む私を置いていき二人は話を続けている。
「大学の学生か。こちらから伺わなくてはいけないな。手配する」
その後、お茶と焼き菓子が私の前に置かれ、それをモグモグ食べていると、また連行され荘厳な建物の中に案内された。
覚悟はしていたもののそこには久々に会う王子様風の人がいた。すっと立ち上がり、がーっと近づき手を握り締めてきた。
「カナ。今日でしたか。お父さんの手紙では明日との連絡でしたので、迎えに行かず申し訳ありません」
私の私的範囲に入らないでほしい。というかお父様連絡していたのね。シャルは私を連れてきた二人の私的範囲も破り握手していた。近づきすぎだよ。
「確かに私の婚約者のカナーディアです。助けてくださり礼を言います」
税務専門学校の事務員はハイハイと頷き、シャルから後退して私の方をみた。
「カナーディアね。確認しました。税務専門学校の方の宿舎の手配をしますね。荷物はどこですか」
「何もないです。全て、なくなりました」
今まで黙っていた制服を着た人が「説明します」と前に出た。この人今までずっと無口だったな思った。
私の事なのに、私を抜かした三人が話し合っている。
その後、警察官は帰り、事務員と私で宿舎に行き、手続きを行い、部屋に案内された。
机と寝台とカーテンだけの簡素な部屋だ。荷物がない私はこの部屋にポツンと置かれても何もすることがない。カーテンを開き外を見たらすぐそばが壁だった。
扉をたたく音がして、開くと先ほどの事務員が新規に発行してくれた身分証をもって来てくれた。宿舎内の設備やこれからの予定についての説明を受け、書類をもらう。そして外に出るように言われて馬車に乗り込む。事務員は乗らずに外から声をかけてきた。
「すみませんが、また大学の方に行ってください。あなたの保証人が色々手配してくれるそうですよ」
私の保証人。自称婚約者だ。
今回のことで借りを作ってしまった。
馬車は私を荘厳な建物の前に置き去りにした。
修羅の土地の住人は冷たい。みんな何の説明もせず私を連れていき放置する。
横を見ると警備のおじいさんが睨み付けるように私を見ている。話しかけるのは嫌だが、黙って去ることを許してくれなさそうな視線だ。恐る恐るおじいさんに面会をお願いすると、わしは聞いていないと追い返される。
今日はまだお昼ご飯も食べていないのに、私はどうしたらいいのよ。