第十話 カナーディア
発表が終わり、ごった返す控室に、クリスタは充血した目と、真っ赤な鼻でやってきた。
「カナ。すごいのね。わたくし感動したわ」
感動?するようなものではないと思うけど、この子は貴族の子だから、こういうのよくわかるのかもしれない。
「クリスタは興味あるの、財政とか政治について」
「財政?政治?・・・わたくしの父は役人だけど、わたくしはさっぱりで、恥ずかしいわ」
「お父様が役人でしたら素質はあるのかもしれない。環境は大事よ。羨ましいわ。王都にいて貴族。大学だって入れる」
「大学?」
「いろんなことが勉強できるの。最先端の世界を知ることができるの。私、行きたかったんだ。でも、平民だから・・・ううん、違う。その学力に達してなかったの」
愚痴っぽくなっている。ダメダメ。頭を軽く叩く。
クリスタは私の一連の動作を優雅に眺めていた。ように見えた。ほほ笑みうつむき加減のクリスタはお人形のように綺麗だった。
しかしおもむろに口を開いたクリスタは私の想定外のことを呟いた。
「・・・カナ、わたくしにはお母様が家庭教師をつけてくれていたの。本当にたくさん。語学、歴史、科学、でも全然覚えられなくて逃げてばかりいた・・・」
クリスタは小さく笑い、そして唇をかみしめた。
「ダメなのわたくし、何も・・・自分で手に入れたことがない」
眼を伏せる。
「わたくしね。あまり頭が良くないみたい。だからこんな感じなの」
美しくほほ笑むクリスタのあまりにも軽い口調は、その分重みを感じた。
シャルが面会に来たとき、クリスタは「構内を見学に行く」とカイルを引き連れて出て行った。
クリスタの悩みの告白の衝撃は尾を引いたままだから、もうちょっと話を聞きたい気もした。
しかし、こちらも苦悩に満ちた表情でほっとけなかった。
「昨日はごめんね」
なんで、この人謝っているのだろう。
「なぜ、謝るの」
私の言葉で、シャルは傷ついた表情になった。
「怒ってるの?カナ」
「私が何を怒るというの?」
シャルは、私の座る椅子のほんの少しの隙間に座ってきた。
そして私の手を取ろうとした。
私は反射的に逃げた。空を掴んだシャルは不思議そうにしている。
密着している部分から体温が感じられた。
心臓がバクバクし始めた。
多分顔は真っ赤になっている。
どうしてこうなるのか分からない。
シャルの顔も見られない。私の耳元に息がかかる。
「顔が赤いよ。カナーディア。僕の言葉を聞いて、いや、それよりもカナは相変わらず・・・」
続ける言葉を断ち切ろうと、シャルから離れながら、口早に言う。
「いろいろあって、ご迷惑かけました。謝るのは私の方。感謝するのも私の方。お互い色々話し合わなければならないけど、これだけは言わせて・・・ありがとう」
私はシャルの目を見てちゃんと言えた。お世話になったのは確かだから。
「首飾りもありがとう。とてもかわいい」
とても心臓がドキドキしていたから震える声になる。
素直な気持ち。私にはクリスタのように自分の気持ちを言葉にすることが難しい。
けれども言わなくっちゃ精一杯の感謝の想い。
シャルは見る間に顔を紅潮させた。小さい声で何か言葉を呟いた。聞こえなかったのでどうしたのか問う。
大げさに首を振り、私との距離をとる。
「カナ、そういうのは2人きりのときにして、もう・・・」
「え、なんで?」
「僕はカナがどうしようもなく好きなんだよ。そして純真なんだ」
さらりと、相変わらずストレートに恥ずかしいことを言う。
ひるむ私を見て、普段の顔つきになった。
「カナ、昨日はごめんね。それからあまり会いに行けなくてごめんね。卒業したら仕事ができる。そしたら君を王都に呼べる。ずっと一緒にいれるんだ。あと少しの辛抱だよ。もう住む家の候補を何軒か決めているんだ。明日から少し、一緒に見てほしいな。あとね・・・」
一緒って・・・そうだ、私、シャルとの関係。結婚なんて考えられない。
「ま・・・待って。私、まだ、本当にそんな気がなくて」
相変わらずの積極性。
「知ってる。でも大丈夫だよ。みんなそんなもんだよ」
「でも、でも、そう。イリスって恋人あなたにいるでしょ」
「僕にはカナーディアだけだよ」
うっとりするような、いやいや、違う。
「だって」
「僕はカナとずっと一緒にいたい」
「あの、違う。イリスの関係は何なの」
「カナ、二人っきりのときに他の人の名前ださないで。嫉妬してしまうから」
「ちゃんとしておきたいの。イリスはあなたと・・一夜を共にしたって言っていたわ」
「イリスって同じ寮にいるまかないのおばさんだよね」
やっと話を聞いてくれた。
私はうなずく。
シャルは考えるそぶりをして、私の顔を見た。
「信じるか、どうか分からないけど。僕とは関係ないから何も言えない。一夜は共に過ごしたことはないけど、僕の部屋に朝ご飯を持ってきてくれていたことが何度かある」
「何もないって本当」
「僕は・・・カナ以外の女性は興味ない。これだけは誓うよ」
「それと・・・」
もっと大きな問題。
周囲の視線。
王都に来て感じた事。
私はシャルとは身分が合わないということ。
やっぱり違うの。
お父様もお母様もシャルの事、喜んでいる。
私もきっと、シャルのことが好きなんだと思う。
けれど、それではダメなの。