プロローグ
ザール公国王都大学の寮内、痩せればそれなりにハンサムな小柄の男性が廊下に倒れていた。考えなくてもわかるトーズル男爵の三男だろう。
公然の秘密だがザール公の第一子で英雄の血筋のシャルは己の体面の為、一応声をかける。
「ここで寝ていたら風邪をひくぞ。」
痩せればハンサムな男はちりちりの黒髪を面倒くさそうに掻きながらつぶやく。
「余計なお世話だ。俺は今、部屋に入れないんだ。」
「虫でもいるのか。退治するが」
「虫か。虫かもな。俺自身が・・・」
大玉の涙をぽろぽろ流す。
部屋には手紙が五通。いずれも同じオルトル子爵の令嬢クリスタからだ。
「読めよ」と促されシャルは手紙をひらいた。
『愛するニル。お元気ですか。指輪ありがとう。左手に薬指につけて毎日眺めているよ。
私ね。毎日ニルを思っているよ。大好き。今日、犬にほえられちゃった。ニルが居たらすぐ追っ払ってくれるのにと思うと涙がでできちゃった。今度はいつ会いに来てくれるの。毎日会いたいよ。でもね将来大臣になってお父様の左腕になるんだもんね。(右腕は私よ)我慢するわ。ニルは勉強もできるし、かっこいいし、運動も抜群だから変な人が寄ってくるから心配なの。近くに行きたい。早く会いに来て。
愛をこめて、将来の妻クリスタ』
何の感想もないまま次の手紙を開ける。
「同じだよ。毎日毎日こんな手紙が何通も・・・全て俺に対する尊敬と愛情に溢れている。俺そんなにいいやつでも、かっこよくもないのに。」
「いいじゃないか。うらやましいよ。大切にしろよ。」
「できないんだ。クリスタのこと好きじゃないんだ。指輪は母が勝手に贈ったんだ。婚約なんてしたくなかったんだ。俺、イリスが好きなんだ」
「イリス?」
「食堂にいる女の子だよ。胸大きいし、唇厚いし。キラキラしているし」
シャルはイリスを思い出した。野性味あふれる女性だ。どう見ても『女の子』ではない。
「キラキラって、あれ化粧だと思うよ。」
「今度部屋に来てって言われたし」
「僕も誘われたよ。やめておけ。イリスはお前の手には負えない女だ」
話にならないとため息がでる。このお坊ちゃんは一体何を考えているんだ。よく考えればわかることだろう。食堂のおばさんと、貴族のお嬢さまとでは比較にもならない。
ニルはそのでっぷりした体型を震わせ唸り始めた。シャルはその感情的なニルの態度に目を見開く。
「俺はイリスを愛している。お前に優しさがあるならその手紙を俺の目が届かないところへ持っていってほしい。この部屋に入れないほどのプレッシャーだ。俺は地位や名誉より愛に生きようと思う。」