白いレミ
「ドクターイロハ、ワタシハ出来損ナイでスか?」
「さぁねえ。少なくてもお喋りは及第点じゃないかね?」
ドクターイロハと呼ばれた女性は眼鏡を直しながら気のない返事をした。
「ソうデスか……」
項垂れるのは無機質な白いボディをした「生き物」。鉄の体を持ちガラスで出来た目を持っている。哀れなロボットだ。二本の手と足がかろうじて人に似てると言えなくもなかった。
トボトボと歩く代わりに金属のぎいぎいという軋みを立ててロボットは歩く。歩いては止まり、ドクターを見て、そしてまた歩き出す。
ぎいぎいと歩き、立ち止まる。振り向く。止まる。またぎいぎいと歩く。
何セット繰り返した頃だろうか。とうとうドクターイロハは耐え切れなくなった。
「……何か言いたいことがあるならはっきりといいな! せっかく口がきけるようにしてやったんだから!」
年月を経て白くなった髪がハラリと落ちる。眼鏡がないと何も見えない目。立ち上がるのにも一苦労な膝。腰は曲がり声はしわがれる。
ドクターイロハはすでに老人だった。
ロボットはその生を受けた時から少しも変わってなかった。
強いて言うなら、その白いボディにうっすらと茶色い汚れがついてるとか、レンズが曇ってきたとかそれくらいの事はあった。しかし、ドクターイロハによって毎日丁寧にメンテナンスを受けたその体は動きもなめらかで故障する気配もない。ぎいぎいと言うのは油が切れているからではない。ただただ金属だけで出来たその体が動くためにはどうしても音が立ってしまうのだ。
三十年前と同じ姿だった。
目とレンズが合った。
「イえ、なんデもありまセン」
最先端とは程遠い、最初に取り付けたままの音声システムが音を紡ぐ。
「ふん……」
そのちょっとしたやりとりでロボットを黙らせるとドクターイロハは机に向かった。
ロボットは経験上同じ手段で気を引くことが出来ないことが分かってた。だから今度は大人しく部屋の隅の充電器に向かった。
白いからだと同じ白い充電器にコンセントを挿して動作を停止させる。
背中には小さく「私のレミ」と書いてあった。