アウスキ族討伐
1、アウスキ族討伐
デルム王国の起源は、およそ200年前にひとつの都市国家までさかのぼるとされている。
大陸西北にあるロクロア山脈のふもとにあった諸都市国家を次々と併合し、初代ロンバルト王により、デルム王国の建国が宣言された。そして、この年をデルム王国歴1年と制定する。
それ以来、現ロンバルト8世に至るまで、周辺の部族を討伐し領地を拡大し続けている。
王国歴203年5月、ある部族の討伐が行われた。
部族の名前はアウスキ族。デルム王国の20分の1の面積をもつ平野において農耕を主体として生活している部族である。
アウスキ族は20ほどの血族により構成され、血のつながりをもととして集落を形成する。そして祭祀をつかさどるルガリア家のよってそれぞれの集落は纏められていた。
ルガリア族は他とは違い、血のつながりによって継承されるものではない。
20年に一度、アウスキ族の中にひとりだけ体の一部にある刻印をもった男子が生まれる。
その男子がルガリア家へと献上され、時代の頭首となり祭祀を受け継いでいくという。
アウスキ族討伐がなぜ行われたのかははっきりとしていない。
まともとアウスキ族はデルム王国に対して恭順の姿勢をとっていた。
王国統制局の公式書類によれば、農奴間の土地所有の問題に端を発しているとされている。
しかしこの時代、デルム王国には農奴は存在しないとされており、食糧は属国から接収することで国民の生活が成り立っていたという説が有力である。
そうであるなら、いったい何が原因だったのだろうか。
俗説では、諸貴族の青年に手柄をたてさせ、次代の治世のための足掛かりとさせるためなどというものがあるが、筆者はこの説は信憑性のない馬鹿げたものであると考えている。
闇の下りた森の中、少女は息を切らせて走っていた。
デルム周辺では成人は15才とされるが、彼女は成人を迎えてまだいくばくもたっていないであろう。
彼女の服は泥に汚れ、枝に引っかけたのかところどころ破れている。
靴は片方しか履いておらず、むき出しになった白い足は、石で切って血に濡れている。
「いたぞ!」
後ろの暗闇からはいくつかの光が追いかけてくる。
三人の鎧を着た男たちがガチャガチャと鉄のぶつかり合う音をさせながら少女に迫ってきた。
「きゃっ!」
後ろに気を取られた彼女は、木の根に足をとられ地面に倒れこむ。
「へへへ、追いついたぜ。もう逃げらんねえぞ。」
男たちは少女を取り囲み逃げ道をふさいだ。
男たちの持つ松明の光に目がくらみ、彼女からは男たちの顔を見ることができない。
しかし、男たちからは光に照らされた少女の顔がありありと見ることができた。
光を当てられても闇に溶け込む少女の黒い髪が、風に揺れる。
「おいおい、まだちっとばかし若いがなかなかの上玉じゃねえか!」
「へへへ、こりゃあいいぜ。俺様がおいしくいただいてやる」
「馬鹿野郎!俺が先に見つけたんだ。おれが貰うぜ!」
二人の男が言い争う姿を、この中で一番若い男はただ眺めていた。
「ん?どうした、若様。ものほしそうな顔をしてよ」
「へへへ、坊ちゃんも御年頃さ。きっとご自慢の剣がこいつの血を求めてうずうずしれるんだろうさ。」
「なんだよ、若様、。殺すのは勘弁してくれよ。せめて楽しくあそんでからだぜ」
「馬鹿、そっちの剣じゃあねえよ。男の勲章のほうだよ」
「へへへ、何だ。若様もいっちょ前に男の子ってことか」
「・・・クッ!」
下種な二人の会話を聞いて苦虫をかみ殺したような表情を浮かべる青年。
その体は小刻みに震えている。その理由を知る者は当人以外誰もいなかった。
「んじゃあよ、最初はあんたにゆずるぜ。」
「へへへ、そりゃあいいな。これは俺らからのあんたへの祝いだ。」
「おう、グロスター公爵様就任のお祝いだ。」
「へへへ、俺らは向こうに行ってるからよ。終わったら教えてくだせえ。」
二人は暗闇の中へと消えていく。
残された青年はしばらく二人が消えた場所を眺めていたあと、少女に視線を移した。
元来青年は高貴な血筋に生まれ、これまでの教育によってそれなりの徳を備えていた。
たとえ戦時下であったとしても嫌がる女性を無理やりに犯すなどという下卑た心は持っていなかった。
しかし、彼は若かった。
初めての出兵で、初めて人を殺し、その体はかえり血によって汚れていた。
そのために精神が高ぶり、若さゆえの劣情が彼を満たしていた。
彼の道徳観という手綱は、体の中の獣を押さえつけるので必死であった。
彼は彼女を逃がすために言葉をはっしようとした。
しかし少女の顔をみたとたんその手綱は切れてしまった。
少女の体は小刻みに震え、全身で恐怖を表していた。
それは他の誰でもない、青年に向けられたものであった。
それを感じ取った瞬間、彼はこの女をめちゃくちゃにしてやりたいという欲望にかられる。
そしてその欲望は全身を満たしていき、青年をただの獣へと変えてしまった。
青年は少女に多い被さる。
少女は必死に抵抗しようとするが、男の力に適うはずもない。
青年は少女の服を無理やりに引き破ると、少女の体へとむさぼり付いた。
そして闇の中に獣の声が響き渡った。
すべてを終えて、理性を取り戻した青年は少女を見つめていた。
彼女は力なく地面に横たわり、その目からは光が失われている。
青年は、彼女の股から漂う血のにおいを感知したとき、猛烈に自身の愚行を恥じた。
「すまん・・・。」
彼の口から出た悔恨の言葉は彼女に届くことはなかった。
「許せ・・・といっても無理だろうな。・・・これは詫びだ。少しは金になるだろう。」
そういうと青年は自身の首に掲げられていたペンダントを外し、彼女の手に握らせた。
銀色のチェーンの先には小さな青色の宝石が付いており、その留め金は二本の剣が交差した形になっている。
「私は今日のことを決して忘れぬ。自身の犯した愚行を一生にくみ続けるだろう。だからといって、そなたの負った心の傷がいえるわけでもないが・・・。」
力なく倒れる彼女を残し、青年は暗闇の中へと消えていった。
この日、一夜にしてアウスキ族のすべての集落が灰へと化した。
若い男は殺され、若い女は犯され王国軍の慰みものとなった。
生き残ったのは年寄りと子供のみ。
彼等は只侵略者の暴挙に震えることしかできなかった。
アウスキ族討伐は王国の圧勝に終わった。
そしてこの討伐戦に参加した多くの青年貴族たちが手柄をあげ、次代の治世のための足掛かりとしていった。
中でも一週間前に公爵家を継いだばかりの王子弟グロスター公ボーフォード・フィッツロイは、王国軍の旗頭として一番の手柄をあげることになる。
翌年、王国歴2004年3月
王国の片隅のとある村で一人の男の子が生まれた。
彼の左胸には黒い鳥の羽の刻印が浮かんでいた。
そして彼の首からかけられたペンダント。
その先についた宝石が刻印の上で青い輝きを放っていた。