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素直クールヒロイン(偽)

作者: tapi@shu

 彼は教室の片隅にある自分の席に座り、ある一定の場所へ視線を向けては、わざとらしく窓の外へ視線を向ける事を無碍に授業中にも関わらず繰り返していた。

 当然、そんな教師からすれば無作法とも言える事を行なっていれば、授業の内容は全く頭の中へと入ってこない。それどころか、机に一応は広げられているノートも白いままだ。

 まるで白昼夢。心ここにあらずという言葉が見事に当てはまっていた。

 

「はぁ」


 と今日何度目になるか分からないため息。最初は心の中だけでしていたが、ついには口に出してしまっている。


「おい」

「……ん?」

「うるさい」


 そう何度も何度もため息を授業中にされれば、真面目な生徒からすれば鬱陶しい以外の何物でもない。痺れを切らし隣の生徒が、睨みつけるように目を細くし、声は小さくとも荒げた声色そのまんまに彼に注意した。

 それでようやっと、彼は自身のため息に気付いたのか、はっと口を抑え、「わりぃ」と短く謝った。

 迷惑を掛ける訳にはいかない、何より授業はちゃんと聞かなくてはならない、とようやく思い改めて量産型の安いシャープペンシルを手に取るも……


「はぁ」


 やはり身は入らなかった。

 結局、この授業中は物憂げな行動を止めることは出来ず、授業終了の鐘の音がなって、自分のノートが真っ白なまんまのことに気が付いた。


(またやっちまったよ)


 ここの所、こういう日が増えている。最初の頃は週に一回程度の頻度だったが、徐々にそういう日々が増えて、この週に入ってからは日に一回はノートが白紙のままだ。

 このままじゃやばいと強く思っている。定期試験が近いのもそうだが、何よりも後のことを考えると受験に響く。今は高校二年生と言えども、この時期に勉強をおざなりにすれば、受験期に大きくハンデを背負うことになりかねない。推薦で楽に進学したいと考えてる彼にとっては、捨ておけ無い問題。

 恒例となっている思考を止めたのは「おい」という授業中にも聞こえたぶっきらぼうな声だった。


「授業中うるさいぞ」

「あ、ああ、すまん」

「ここ最近ずっとそうじゃないか」

「え……あ、そうだったのか?」


 なんだ自覚なしか、処置なしだなと、その声の主は容赦なく突っ込む。

 自覚なし──実際にはある、がどうにもこうにもどうにもならない。自分のことなのに、どうしようもなくなっているのが彼の現状だった。

 果たして何が原因なのか、それが分かっていない。

 ある一方方向がどうしても気になって仕方なく、されどずっと見ていることが出来ない、曖昧でもどかしいこの感じ。

 事情を説明しようにも、彼自身が把握しきれていないのだから、説明しようがなく。

 授業の妨げになってしまっている隣にも、ただただ謝罪をするしかなかった。ついで、これからも迷惑を掛けると保険もかかさない。


「謝ってばかりじゃ、こっちも困ったまんまなんだが」

「そう言われても、俺もマジで困ってて。どうしたもんかと」


 彼は肩を竦めた。

 その姿をじっと隣は眺め続け、訳も分からぬ呪文を言い出す。


「無口、無表情。無愛想。顔がいいだけ。喋らなくて気持ち悪い。行動が理解不能──」

「おいおいおい、なんだよ急に! 俺の悪口か!?」


 顔がいいが当てはまるとは思わないが、いきなりの精神攻撃に耐え切れず彼は声を挙げた。

 気持ち悪いと言われたのに対しては、心底傷ついたことをおくびに出さないようにして。


「お前のことじゃない。お前が見ていた彼女の女子の評判だ」

「俺が見ていた?」

「そうだろう?」


 その言葉は不思議と腑に落ちた。


「そうか……そうだったのか」


 今まで分からなかったことが、判明したことでもどかしさが消え、久しぶりに能面気味だった顔に笑顔が戻る。

 身体が熱くなり、想いは上限のない上昇を始め、興奮が冷めやまない。

 今すぐ教室を飛び出して、校庭を走り回りたい気分に駆られる。今なら陸上部エースだって彼の前では型なしだろう。


「なあなあなあ、これってもしかして、もしかすると」


 興奮が身体の中で留まれなくなり言葉となって溢れ出て行く。

 声は必然とボリュームが上がり、隣は彼とは反比例して不機嫌になっていく。


「恋ってやつなのかな!?」

「知るかっ!」


 隣は耳を手で塞ぎ、いよいよもって彼に付き合いきれなくなって席を離れた。

 残された彼は変わらず、興奮が収まらないようで、意味の分からない奇声を上げている。

 恋に恋するお年ごろ。彼は今まで感じたことのない思春期にしては遅すぎた感情に、酔うように舞い上がった。




 その想いを遂げるためにはいくつかの難題を超えなければいけなかった。

 例えば、彼女のことを知ること。

 恋は情報戦だ、とは彼が恋した時に真っ先に相談に乗ってもらった彼の姉のセリフだ。孫氏も敵を知り己を知れば百戦危うからずと言ってたのだから、間違いないと姉は豪語する。さすがだ姉ちゃんと彼も勢いづいた。

 彼女のことを調べるのは簡単だった。不機嫌ながらもお隣は、女の子の中で常識である彼女についての情報を躊躇いながらも教えてくれたのだ。いいやつだ、と彼は隣の気持ちも考えずに感謝した。隣はやっぱりうるさいと怒鳴った。

 その手に入れた情報は、昨日聞いた情報にプラスαされた程度のものだったが、価値のあるものには間違いなく、彼女のスリーサイズをしれたことは、彼女に好意を寄せている以前に、男子として嬉しい情報だった。

 何故、そんな情報を持っているかまで頭を回らなかった彼は幸せものかもしれない。

 彼女のスリーサイズは──


「いや、数字だけじゃいまいちわからんな」


 彼的な表現で彼女の見た目は、きゅきゅっきゅとキュートな体型なので、有益な情報とはいえ、あまり恋には関係なかった。

 華奢な彼女。顔はいいと嫌われている女子にも言わすほどの容姿。性格は根暗だとか陰険だとか、彼女の普段の無口・無表情という事からくる勝手な妄想ばかり。


「なんか腹立ってきたな……」


 好きな女の子が好き勝手言われる。そのことに、胸のあたりがぐつぐつと煮えたって来る。

 彼女のことを何も知らないくせに! と声高々に叫ぼうとする前に、ふと彼は珍しく冷静になった。

 自分の今の身を振り返ったのだろう。

 彼女のことを知らない、と言う自分こそ彼女のことを知らないではないか。唯一知ってるのはスリーサイズのみ。それを知っているから彼女のことを知っているとは口が裂けても言えないだろう。


「知らないなら……知ればいい」


 彼はそう呟くと彼女の汚名を挽回するために教室を飛び出した。

 彼の頭のなかにはもう『情報戦』という言葉はおろか、『いくつかの難題』も吹っ飛んでいた。頭の中では、ただ好きな彼女の事を周りに認めさせようと、知りもしない彼女の噂を嘘や勘違いと、自分の中で都合のいいように片付けて、いい子だと決めつけて。

 自分の中の想いもどこかに織り交ぜて、彼女のもとへと向かった。

 が、しかし。


「全く、君ってやつは」

「あー本当にすまないと思ってる」


 教室にいる時の彼女しか知らない彼が、彼女の居場所など知る由もなかった。

 教室を飛び出し息を切らすまで、扉という扉を開けて彼女を探したが、彼女はどこにも見当たらない。彼が自分って本当に馬鹿だと自覚したタイミングにお隣さんが、都合よく現れてくれたのだ。

 それ幸いと、自分の事情を深くしてっている隣に聞けば、深い溜息とこれでもかという不機嫌顔をしながら、馬鹿と彼を罵った。


「一応、彼女の場所が知っている」

「本当か!」


 彼は顔を綻ばせ、目を輝かせて、希望に縋りつく。


「だけど、君は行ってどうするんだ」

「確かめる」

「何を?」

「彼女の全部」


 そう言うと、隣は一瞬、ぽかんとした顔をすると、先ほどの深い溜息以上に色々なモノが詰まった息を吐いた。

 彼が教えてくれ頼むと、手を合わせて拝むと、隣は渋々と答える。


「図書室だ」

「え、でも、図書室は確認したぞ」

「委員の待機室は確認したか?」

「ああ、そういうことか!」


 ありがとうと背を向けながら隣に言うと、再び彼は『廊下を走るべからず』と書かれた紙を風でめくらせながら、我先にと駆けて行った。

 その様子を少し悲しげに眺めたお隣は、彼が巻き起こした風で不自然にめくれてしまった紙を戻す。


「廊下を走るな、馬鹿」


 彼女の声は、賑やかな廊下では誰にも届かなかった。




 図書室は彼にとっては意外と無縁の場所ではない。

 体育会系の要素が節々に垣間見える彼ではあったが、その実、読書が好きだった。そもそもが、件の彼女を初めてみたのは図書室で会ったと彼は思い出す。当時は一年生で、彼女とはクラスが違ったが、彼女が図書委員であったなら、ここで会ったのもどこか運命めいたものを感じる。

 無論、彼の都合のいい解釈である。

 そうであればいい。それに加えて、彼女も実は自分のことを知っていてくれたら、と思ってしまう。

 普段は本を読むためにやってくる図書室だが、今日の要件はまるきり違う目的だ。

 思わず、いつもは簡単に、特に意識もなく開けてしまうドアに重みを感じ取る。

 力を入れずとも容易に開くドアに力が入る。

 ごくりと自分の耳に聞こえるほどの唾を飲み、意を決してドアを開けた。

 特に変わった風景が待ちわびていることはなかった。いつものように静かで、どこか清楚な雰囲気に包まれている。図書室独特の本の匂いが鼻を突く。彼の好きな匂いだ。

 一度目来た時とは何ら変わらず、彼女の姿は見受けない。やはり、隣が言っていたように委員の待機室にいるのかもしれない。

 待機室は、委員以外の出入りを禁止していないが、特に面白い物があるわけでもないので、必然と委員以外は近寄ったりはしなかった。その待機室に手が伸びる。

 礼儀として、コンコンとドアをノックするも、中からは返事が聞こえない。

 無人、かもしれない。

 どこかホッとする反面、新たに焦りも生まれる。ここじゃなければ彼女の行方は掴めない。

 授業後なら捕まえられることなど、冷静ではない彼の頭にそれは思い浮かんではいなかった。

 ここが最後のチャンスと思い込んでいる彼は、返事がなくとも祈るような思いで、ドアを開ける。


「…………待ってた」


 そこには、清楚な佇まいで椅子に座り、感情を感じさせない無機質で、どこかガラスのような透明感を感じる黒い瞳を一心に彼に向けた彼女が居た。




 彼女のことを全部知ろうと思った。

 それは彼女の汚名を挽回するためであったのだが、本当は好きな彼女が、そんな汚い女の子だと思いたくなかったかもしれない。

 熱していた身体が冷えた彼女の視線を浴びたことで、冷めていき、彼は先程まで疑問に思っていなかったことを疑問に思い始めた。

 それでもなお、最も熱い部分は更に更に熱される。

 黒く長い髪は蛍光灯という不遜な光でも輝き天使の輪を作り。礼儀正しく座り、その膝の上に開いておいてある本ですらアンティークに見える。座っているせいで見える太ももは、彼女自身は無機質のような雰囲気を出しているのに、魅了される。

 可愛いと綺麗の中間のような未成熟な顔は、やはり感情を微塵も感じさせないはずなのに、彼は彼女が笑っているように錯覚する。

 彼は錯乱している。それは間違いない。待機室に自分が入るやいなや、『待ってた』なんて予想がない言葉を掛けられれば、頭が働かないのは無理もない。

 だけど、そんな中でも、彼の本能は見失わなかった。


「かわいい」


 呆然と呟いた言葉だったはずなのだが、彼女には届いたのか、クスッと笑い「嬉しい」と言いながら、彼ににじり寄った。

 どこが無表情、無口なのか。

 彼女はこんなにもハッキリと感情を表して、ハッキリと自分の思いを言葉にして。分かりにくとは正反対のようじゃないか。

 彼は怒りを顔に顕わにする。

 パニックが収まったせいか、一度は冷めたものが再び熱し溢れようとしたが、それ止めたのは彼女だった。


「いい。好きに言わせておけば」

「でも!」

「貴方が入ればいい。知ってくれればいいから」


 彼女がいいと言っても、彼の中の怒りが収まるわけではなかった。

 好きな人を馬鹿にされた侮辱は、そうそう消えるものではないのだ。ましてそれが勘違いであったり、悪意が生んだものである可能性を含めるなら。

 彼はなにか言いたそうにしたが、それを彼女は人差し指を彼の唇に押し当てて、微笑んだ。

 余計な心配はするな、ということらしい。何故か彼には彼女が口にしなくても分かった。

 不思議な気分に陥る。

 お互いに酔ったように、寄り添う。こうやって会話を交わしたのが初めてで、会話自体もほとんど二人の間ではしていないのに、自然と以心伝心が出来ている。心地の良い空間。

 片思いでなかったのは、嬉しい。労せず、恋が実ったのも嬉しいけど。

 

「どうしたの?」

「なんかこう……まだもやもやが」

「どうして?」


 きょとんとして小首を傾げる。

 意味は伝わっている。が、その意味が分からないのだろう。

 彼にも分からないから口にだすことも出来ず、余計にもやもやする中で、彼女は淡々となんでもない事かのように告げる。


「私は貴方が好き」

「ありがとう」

「貴方は私が好き」

「その通りだね」

「なにもおかしくない」

「ああ、おかしくない」


 おかしくはない。

 胸の内にある熱い感情の正体はまさしく好きという感情が原因だ。しかし、このもやもやの正体は分からないし、胸のあたりを漂って晴れないのだ。

 思い当たる節を探すと、思ったより簡単に行き着く。

 

「ごめん、やらないといけないことが残ってた」

「……そう」


 彼女はそう言って、ぺったりと寄り添っていた身体を離す。

 何故、これに思いつかなかったのか。

 その理由は簡単だ。自分の恋にばかり焦って、目を暗まして、周りが全く見えていなかったからだ。彼女との恋は叶った。

 しかし、彼に纏わる恋の全てが終わったわけではないのだ。


「私は待ってるから」

「うん、待っててくれ」


 彼は彼女の温もりを惜しみつつも、図書室を離れた。

 目指す先は、教室の片隅である。




 彼が彼女を好きになったのは必然であるなら、彼女が彼を好きになったのもまた必然であるのだろう。

 彼が彼女を好きになった理由を聞かれれば、彼は困ったような顔をしながら好きだから好きなんだよと答えるし、彼女もまた同じなのだろう。

 端から見て、それが偶然と言うよりは運命であるように思えるし、不思議と納得もできてしまうのだ。

 それでも感情に折り合いを付けることは難しかったりする。

 好きという感情は確かに説明しがたい。

 何かをきっかけとして明確にどこから湧き出るように現れる感情ではあるのだが、その湧き出た水源はとんと見つからない。気付いたら湧き出てた、とは全くもって理屈的じゃないが、理解できてしまう。

 好きなんて意味分からない、とつい呟いた。


「そう思う」

「……え?」


 誰にも聞かれていないと思った呟きは隣に拾われる。

 思い掛けないことに、思考が停止した。


「言わなきゃいけないことが会ったから戻ってきた。ありがとう、それに……ごめん」


 そう言って、それだけ言って、それしか言わずに、お隣は──好きだった人は、自身とは別の好きな人の元へと向かっていってしまった。

 やっぱり残されたお隣さんは、以前までの彼のようにため息をつく。


「私が振られたみたいじゃない馬鹿」


 全くもって好きなんて感情は理不尽である。

クーデレのイメージが自分の中で固まらなかったので、頑張って書いてみました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 何百回と言われてるでしょうが、あえてつっこませて。汚名は返上するもので挽回するものではないですよ。
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