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S R.I.P.  作者: 棚河 憩
一章
9/37

~槍と手紙~

 

――――――――――――――



 トゥリアーナの元を離れ一人歩くリンツ。槍はトゥリアーナの予備を借りていたがボロボロになってしまった為、とりあえずはモトに寄り武器を調達しようと考えていた。このままのペースで歩いていたら日が暮れてしまう。少しペースを上げようかと勁による身体強化で走り始めた。



 モトに着いた頃には夕暮れ、今日は砂楼亭に泊まろうかと考えていた。旅の資金はトゥリアーナとの仕事で幾らか稼いでいる。半分はトゥリアーナに渡そうとしていたが、彼女は断固として受け取ろうとしなかった為、自分の稼ぎは全て自分のものになっている。



 この世界の通貨のことを説明しておかなければならないだろう。



通貨はペル

1ペル=1円

全てコインで紙幣はない


1ペル=ブロンズコイン

10ペル=大ブロンズコイン1枚

100ペル=シルバーコイン1枚

1000ペル=ゴールドコイン1枚

100000ペル=ミスリルコイン1枚



 となっており、全大陸共通だ。現在リンツはゴールドコイン1枚とシルバーコイン3枚にブロンズコイン9枚が全財産。砂楼亭に素泊まり一泊が8ペルである為、贅沢をしなければしばらくの間は十分にやっていける。



 最早迷わずにモトの町を歩けるリンツは真っ直ぐに砂楼亭を目指す。到着すると相変わらず賑やかな声が外に漏れていた。



「あら~! いらっしゃい! ナナシ君! 来てくれたの?」


「こんばんはミシェルさん。最後ですからね。顔見せてこうと思って」


「そう……もう離れちゃうのね~……」



 ミシェルの笑顔はいつもと同じだったが、ほんの少し寂しそうに見えた。



「ええ。自分探しの旅ってとこですかね。それと、もうナナシじゃないんですよ」


「え?」


「トゥリアーナから名前を貰いました。今日からリンツ・バルヴェニーを名乗ってます」


「あらそう! 素敵な名前じゃない! ねぇ、ダグラス?」


「そうだな! おいリンツ! 今日は泊まってくんだろ? 飯はサービスしてやるよ! 門出の祝いだ! たらふく飲んでけ!」


「助かります。部屋に荷物置いてきていいかな?」


「おう! 205使え、ウチで一番上等な部屋だからよ! 代金も通常料金でいいぜ」



 部屋に荷物を置き、食堂に戻るリンツ。この半年で砂楼亭の常連とも随分親しくなった。席に着いた途端に「寂しくなるな」だの「トゥリアーナとは最後にヤったのか?」だのからかわれる。

トゥリアーナとの関係を聞いてきた男はリンツの勁を込めた無言の鉄拳を食らい蹲っていた。この男、リンツが始めてこの町に来たときにトゥリアーナをからかった男と同一人物である。



 飲めや食えやのドンチャン騒ぎは深夜まで続いた。酔いつぶれた客はダグラスがつまみ出し、残ったのはリンツとダグラス夫妻のみ。一人まだ飲んでいるリンツのテーブルに夫妻が座る。



「俺たちの仕事も今日はもう終わりだ。最後に一緒に飲まねぇか?」


「是非」


「客には出してねぇ上物の蒸留酒だ。飲ませてやるよ」


「いいんですか?」


「俺はこれくらいしかしてやれねぇからな」



 そう言って、3つのロックグラスに赤みがかった褐色の蒸留酒を注ぐダグラス。ミシェルも相当イケる口らしい。無言で乾杯を交わす3人。



「お前ぇが初めてこの町に来たのは半年くらい前か」


「そうですね」


「あん時はトゥリアーナの後ろくっついてる犬みてぇだなと思ったよ」


「ちょっと、ダグラス」


「いいんですよ、ミシェルさん。事実そうでしたからね。半年前の俺は彼女の後ろにくっついてるしかできなかったですから、自警団の仕事やり始めたのも最近ですから」


「俺も昔は勁士として自警団にいたことがあってよ」


「へぇ、そうだったんですか」


「今じゃこんな辺鄙な町の宿屋の主人してっけどな。昔は結構なもんだったんだぜ?」


「この話始まると長いわよ、リンツ君」


「じゃあ、俺寝ますね」


「おおぉーい! 待てよ! ……じゃ、じゃあ端折るからよ」



 その後、ダグラスの話は2時間続く、上物のボトルは既に空いていた。



「……でだな、何が言いてぇかってーと……」



 ダグラスは酔ったのか、最早寝そうである。



「ほら、ダグラス。もうベッドに入ったら?」


「……ん? おお……だからよ、俺は……そん時、仲間の盾になってだな……」


「ダグラスさん、そこのくだり4回目っす」


「もうダメね、この人。ごめんなさいねリンツ君、ちょっとこれ寝室まで運んでくるわ」


「俺も手伝いましょうか?」


「大丈夫よ。いつものことだから」



 ミシェルはダグラスの両足を掴み引きずって運んでいく。その際椅子から落ちたダグラスは思い切り頭を打ったが起きる気配はなかった。リンツはその光景を見ながら「終の地の女はたくましいな……」と呟き、グラスにほんの少し残った酒を飲み干す。



 程なくしてミシェルは戻ってきた。



「ごめんなさいね。あら、お酒切れてるわね。まだ飲む?」


「いえ、今日のところはこれで」


「そう……それで、これからどうするの?」


「そうですね……あては無いです。とりあえず、この大陸で一番大きい街を目指そうかと」


「それならオルクスね。森を抜けなきゃならないけど、大丈夫なの?」


「恐らくは。トゥリアーナの仕事に同行して何度か入ってますから」


「そう、それならいいけど。あんまり無茶しちゃダメよ?」


「大丈夫ですよ……ミシェルさん、一つ聞いてもいいですか?」


「なに?」


「トゥリアーナはなんで終の地に?」


「……私も詳しくは知らないのよ。こんな場所だからね。住む人は何かしら事情があるのよ」


「そうなんですね……」


「ここに住む人は何かから逃げてきた人か、全部捨てちゃった人くらいよ」


「……」


「何かあったの?」


「別れ際、言われたんですよ。自分がここにいることは誰にも言うなって」


「そう……」


「トゥリアーナも何かから逃げたか、捨てたんでしょうね……」


「かもね。でも、本人が言わなかったのなら、やっぱりそれは詮索するべきじゃないんじゃないかしら?」


「ですね……すいません、忘れてください」


「お酒飲んじゃってるからね。明日になれば忘れてるわ」


「ははっ」


「……リンツ君、もし記憶の手がかりが掴めそうになかったら、マキナに行ってみるといいかもしれないわよ」


「マキナ?」


「南東大陸のはずれにある街なんだけどね。こことは違う意味でいろんな人が集まる街よ」


「マキナ……ですか。わかりました。機会があれば行ってみます」


「ただ、行くことがあれば気をつけてね。あそこは王都の管轄からも外れているし、地図にも載ってない街だから」


「無法者の街ってやつですか」


「そんなところね。その分独自の情報網があるはずよ」


「貴重な情報ありがとうございます」


「ふふっ、私からのお駄賃ってところよ。さ、今日はもう寝ましょ」


「そうですね。おやすみなさい」


「お休みなさい。いい夜を」



 そうして終の地で過ごす最後の夜は終わりを告げた。




――――明朝。旅支度を整え、ロビーに下りるリンツ。ミシェルは一足先に起きていた。



「おはよう、リンツ君」


「おはようございます……ダグラスさんは?」


「見送りなんてしみったれたことできるかって」


「ダグラスさんらしいですね」


「ただ、伝言があるのよ」


「なんて?」


「お前はもう少し強気でいい。ナメられたら負けだぞ!って」


「ははっ、了解」


「あと、これ」


「手紙?」


「ダグラスからよ。女の子みたいでしょ?」


「熊みたいな見た目してんのに」


「ふふっ、後で読んであげて、これは私から。お腹が空いたら食べて」


「わざわざすいません。何から何まで世話になりっぱなしで」


「いいのよ……じゃあ、行ってらっしゃい」


「はい、行ってきます」



 砂楼亭を出たリンツ。店内では



「……行っちゃったわね……いつまで隠れてんのよダグラス」


「うるせぇ。息子の門出を泣いて見送れねぇだろうが」



 鼻水と涙で顔をグシャグシャにしたダグラスが奥から声だけで応えていた



「いつからリンツ君が息子になったのよ」


「いいんだよっ! あいつはもう俺たちの息子みてぇなもんだろうが」


「そうね……さ! 今日の仕込みしちゃいましょ!」



 大きな息子を送り出し、砂楼亭はいつも通りの時を刻む。何かから逃げ、全てを捨てた者達を酒と笑顔で癒す為に。




――――砂楼亭を出たリンツは町の西門へ向かっていた。その時、クレイグ武具店の看板がふと目に付く。

当初の予定通り、槍を新調する為に寄ることにした。



「すいませーん」


奥からイザベラが「はーい」と返事をしながら出てくる



「ナナシさん! いらっしゃいませ!」


「やぁイザベラ。今はリンツって名乗ってるんだ」


「そうなんですね。リンツさん、終の地を離れるんですって?」


「ああ、今から出発するところだよ」


「そうなんですか……寂しくなりますね」


「またいつか戻ってくるよ」


「待ってますね。あ! そうだ、ちょっと待ってて下さい!」



 奥に戻っていったイザベラ。少しして戻ってきた時にはいつかリンツが応急処置をした自警団の男が一緒だった。男の名前はサイラスといい、怪我は回復したものの自警団は退団し、今は店の手伝いをしている



「やぁ、ナナシ……じゃなかった。今はリンツだったか」


「サイラスさん。あれから体はどうですか?」


「たまにあの時の傷が痛むけどね。もう大丈夫だよ。これから町を出るって?」


「ええ、出る前に武器を新調しておこうかと思って」


「そうか、それならこれを持っていってくれ」



 サイラスは二つの包みをリンツに手渡す。解くとその中には真っ赤な柄の先端に六角形の刃が付いた直槍が二本



「これは……?」


「トゥリアーナから頼まれていたんだ。君がいつかこの地を去る時の為に作ってやってくれって」


「トゥリアーナが……」


「彼女の槍に比べれば大したことはない槍だが、ウチで作れる最高のモノだよ」


「ありがとうございます。いくらですか?」


「命の恩人から代金を貰うわけないだろ? 僕からのお礼として受け取ってくれ」


「そんなわけには……」


「トゥリアーナも自分が払うと言っていたんだけどね。断ったよ。彼女を断って君から貰うわけにもいかないだろ? 妻の前だ、少しは格好つけさせてくれないかな?」


「リンツさん、受け取ってください」


「イザベラまでそう言うのなら……頂きます。お父さんにもよろしくと」


「ああ、伝えておくよ」


「大切に使いますね……銘は?」


朱月あかつきだ」


「朱月……」


「あの若造が使えば、その紅の槍は月をも貫くだろうって、お父さんが付けたんですよ」


「ありがとう。本当にできる気がするよ」


「頑張ってな。僕みたいなヘマはするなよ?」


「その時はサイラスさんが助けて下さいよ」


「もちろんさ」


「それじゃあ、また」


「ああ、また」


「体に気をつけて下さいね!」



 自分だけの槍を手にし、いよいよ町を出たリンツ。歩きながらダグラスからの手紙を見る。そこにはただ一言「いつでも戻って来い」と書かれていた。



 トゥリアーナ・アルベニスに救われ、モトの町の住人に支えられた思い出を胸に、リンツ・バルヴェニーは旅立つ。自分が何者なのかを知る為に、自分の存在理由を知る為に。



 頬を伝った透明な液体は、涙だったのか、終の地の暑さから流れた汗なのかはわからない。





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