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S R.I.P.  作者: 棚河 憩
一章
7/37

~彼の力~

 


 ナナシが気絶してからしばらくしてようやく後を追ってきた自警団が合流する。



「トゥリアーナ! 無事か!? ……その男は?」


「キース。アタシはこの通り無傷。こいつはナナシ。アタシん家の居候よ」


「そうか。どうしてこんなとこで倒れてるんだ?」


「……さぁ。アタシの仕事を手伝おうとしてついてきたはいいけど、走り疲れて倒れたんじゃない?」


「……そうか、ならいいが。ともかく、そこで死んでる奴で最後だな」


「そうね。さっさと帰りましょ。疲れたわ」


「あぁ。悪いが報酬は明日詰所まで受け取りに来てくれ」


「わかったわ」


「……それにしても、突然こんな数のオウガベアが山から下りてくるとはな。ベスティオ山で何か起きているんだろうか……」


「どうだかね。一度調査にでも向かったら?」


「馬鹿言うな。調査に向かったとして、下りてくる頃には団の数が半分以下に減る」


「でしょうね。万が一あそこの主にでも遭遇したら半分どころか全滅もありえるんじゃない?」



 ベスティオ山には主と呼ばれる2級魔獣が住み着いており、モトの町の自警団ではとても対処はできない。

 魔獣は級が上がるほど食事を必要とせず、大気中の魔素を栄養源にする為、2級クラスにもなるとほぼ他の生物を襲うことはない。それでもテリトリーを侵すものに対しては襲い掛かってくるが。


 主がいる以上、ヒューマン達は山には近づかない。その為、山は開発されておらず、自然が手付かずのまま。餌も豊富にある以上、野生動物も相当数生息しており、魔獣に変化したものもその野生動物を餌にする。本来、魔獣が山を降りる必要などないのだ。



「恐らくな。お前が来てくれるならリスクも大幅に減るんだが」


「行かないわよ」


「わかってるさ。さ、帰ろう」


「えぇ。悪いんだけど、こいつ誰かのホルメスに乗せてやって」


「あぁ」



 キースは傍の団員に声を掛け、ナナシをホルメスに乗せ、他の何人かはその場に残り、オウガベアの死体の処理にあたるよう指示を出していた。負傷したものを優先的に町に送る為、2陣に分けて帰るらしい



――――――――――――



 次の朝、ナナシとトゥリアーナが帰り支度をしている時に、ミシェルがナナシに来客があると声を掛けに来た。



「俺に?」


「えぇ。綺麗な女性よ」


「アンタ、いつの間にナンパしてたわけ?」


「んなワケないだろ。昨日はずっとトゥリアーナと一緒だったんだから」


「それもそうか。とにかく、男が女待たせるもんじゃないわ。ちゃっちゃと行って来なさい」


「あぁ」



 全く心当たりのないナナシだったが、階段を降りるとカウンターの前で若い女性が声を掛けてきた。



「あっ、ナナシさんですか?」


「あぁ、はい。俺がナナシですが……」


「主人がお世話になりました」


「主人?……もしかしてオウガベアの件で負傷したあの……」


「はい。妻のイザベラと申します」



 とてもじゃないがイザベラは結婚しているようには見えない。正確な年齢はわからないが、10代でも通用するだろう。化粧もしていないのだろうか、うっすらと見えるそばかすがよりあどけなさを際立たせている。 



「助かったんですか?」


「はい! ナナシさんの応急処置のお陰で一命を取り留めました」


「そうか……よかった」


「本当に何とお礼をしたらいいか……」


「いえ、お礼だなんてそんな」


「本当なら夫も一緒にくるべきなのでしょうが、まだ動ける状態ではなくて……」


「気にしないで下さい。近々お見舞いにでも伺いますよ」


「ありがとうございます。あっ! そうだ、私の父がこの町で武具屋を営んでいるので、もし何か必要であればいつでも来てください。お礼にはならないでしょうが、サービスさせて頂きますからっ」


「わかりました」


「ここから通りを真っ直ぐ西に向かったところにあるクレイグ武具店という店ですから」


「クレイグ武具店ですね」


「はいっ! それじゃあ、私はこれで」


「えぇ、旦那さんによろしくと」



 軽く会釈をしてイザベラは砂楼亭を出て行った。



「よかったじゃない」


「トゥリアーナ。……あぁ。本当によかった」



 イザベラが去っていった方向を見つめ、自分が誰かを助けることができたのだと感慨に耽るナナシ。



「ほら、いつまで耽ってんのよ。帰るわよ。するんでしょ? 訓練」


「そうだったな。行こう。じゃあ、ミシェルさん、ダグラスさん、また」


「おう! またいつでも来いよ!」


「お酒はあまり飲みすぎないようにね♪」



 ――――――――――――



 モトを離れ、トゥリアーナの家に帰ってきた二人



「さ、早速始めようぜ。アルベニス流の特訓」


「その前に確認しておきたいことがあるわ」


「なんだ?」


「アンタの昨日のアレについてよ」


「昨日のって……」


「いきなり意識失って、気が付いたかと思えば勁を使いこなしてた。なんて普通じゃ考えられないわ」


「って言われても実際そうだったわけだしな」


「恐らく、アンタのあれは天恵てんけいよ」


「天恵?」


「稀にいるのよ。勁以外の特殊な能力をもったヒューマンが。加えてアンタは特一属性とくいつぞくせい持ちの可能性もある」


「それが何か問題でもあるのか?」


「アンタがバカスカその力を使わなければ問題にはならないわ」


「どういうことだ?」


「王都の研究者に何されるかわからないってこと」


「モルモットってわけか」


「そうね。通常生まれる筈の無い特一属性持ちに加えて天恵、十分な研究材料よ」


「……どうしたらいい?」


「まずはアンタの力の険証をしなきゃならないわね。アルベニス流の訓練はそれから」


「……わかった」


「まずは天恵からよ。意識を失う直前、何があったか思い出して」


「何がって……あの時は無我夢中で」


「どんなことでもいいから」


「……とにかく、勁の使い方とナイフを使った戦闘術をどうやったら使えるかを念じてた」


「それで?」


「で、いきなり目の前が真っ暗になって、手足の感覚も音も聞こえなくなった」


「なるほどね」


「実際それだけなんだけど、なんかわかったか?」


「なんにも。ちなみにその時、頭に何か思い浮かんだ?」


「そういえば、言葉が」


「なんて?」


「イナフ・トゥなんとかって」


「ふーん。ちょっとこっち来て」


 

 そう言ってナナシを連れて行くトゥリアーナ。連れて行かれた場所は家の前に繋がれたホルメスの前。



「え? なんだ?」


「再現すんのよ。アンタ、まだこの子乗りこなせないでしょ?」


「まぁ、な」


「この子を自由自在に乗りこなしたいって念じてみて」


「そんな簡単に再現できんのか?」


「いいから」



 疑いつつ、ナナシはホルメスに触れる。



 (ホルメスの乗りこなし方……自由自在にこいつを操る方法……!)



  ≪孤一冥鑽イナフ・トゥ・ザ・ワイズ



 瞬間、またもやナナシは意識を手放した。が、今回はオウガベアの時よりも短い時間で気が付く。



「どう?」


「……何でだ? 今ならイケる気がする」


「ちょっと乗ってみて」



 ホルメスに跨り、手綱の感触を確かめるナナシ。横腹を軽く蹴り走らせるとあとは至極簡単にホルメスを乗りこなすことができた。5分ほど周辺を走らせ、家に戻る。昨日から走らされっぱなしのホルメスは少し機嫌が悪いように見えた。



「……どうなってんだ? これ」


「恐らくアンタの天恵は一度でも体験したか、手に取ったものの扱い方を瞬時にマスターする類のものなんじゃないかしら」


「随分なトンデモ能力だな」


「そりゃあ、天恵だもの。天恵なんて総じてトンデモ能力よ。その分制限というか、代償もあるけれど。アンタの場合は五感の一時的な消失が代償みたいね」


「だからあの時……」


「五感の消失時間がどのくらいかは知らないけど、習得したいものによって幅があるみたいね」


「どうして?」


「ホルメスは一般人でも乗りこなせるけど、勁はそうじゃない。一生かかっても龍門を開けられない奴もいるし。誰しもが扱えるもの程、消失時間は短いんじゃない?現に今回の方が短かったし」


「そうなのか。自分ではどのくらい経ってんのかあんまりわかんないだよな」


「ただ、オウガベアの時もそうだけど、戦闘中にそれ使うと命取りね」


「だろうな。今後は戦闘中には使わないようにするよ」


「それが賢明ね。で?天恵の名前はわかったの?」


「あぁ。≪孤一冥鑽イナフ・トゥ・ザ・ワイズ≫って名前らしい」


「へぇ。と後一つ」


「なんだ?」


「あんたの属性よ」


「特一属性がどうとか言ってたな」


「えぇ。この間も教えた通り、通常、属性は木、火、土、金、水、日、月の7種類。ここまではいいわね?」


「あぁ五行日月ごぎょうにちげつって奴だろ?」


「そう。本来アタシ達ヒューマンに備わる属性はその7つ。ただし例外がある」


「それが特一属性ってやつか」


「そう。五行日月の理から外れた特殊な属性。それが特一属性よ」


「それで? 俺の属性は?」


「まだ推測の域を出ないけど、恐らくは雷、もしくはそれに準ずる属性ね」


「どうしてそう思う?」


「アンタがオウガベアに向かってってアタシを追い抜いた時にチラッと見えたのよ。アンタが雷みたいなの纏ってたの」


「へぇ」


「試しに出してみなさいよ」


「どうやって?」


「わかってんでしょ」


「あ、そうか」


「どうせ砂漠しかないんだし、好きなとこに撃ってみなさい」



 砂漠を見据え、へその辺りに意識を集中させるナナシ。龍門が開く感覚がわかり、全身に勁が流れる感覚をはっきりと掴める。右手を真っ直ぐに伸ばし人差し指だけを突き出す。勢いよく指を下に向けると、雲一つ無い砂漠に雷が落ちた。



「おぉっ!」


「上等ね」


「これが、俺の力……」


「さっきも言ったとおり、天恵も特一属性も普通じゃないんだからむやみやたらに使うんじゃないわよ」


「あぁ、俺も記憶喪失な上にモルモットは勘弁だ」


「いざって時にだけ使うようにして、普段は外氣勁は使わない方が身の為ね」


「そうするよ。……でも何で俺が……」


「それはアンタが……っ!」



 と、頭を抑えるトゥリアーナ



「お、おい! どうした!?」


「(()()()()……っ)……大丈夫よ。ちょっと頭痛がしただけ。ちょっと疲れてんのかしらね」


「槍の訓練は明日からにして今日はもう休んだ方がいいんじゃないか?」


「明日から?からも何も訓練なんてしないわよ」


「ちょっ……約束が違うだろ」


「訓練する必要ないじゃない。アンタの天恵があれば」


「あ……そ、そりゃそうだけど、でもトゥリアーナが積み上げてきた、その、なんだ……」


「必死になって編み出した技術を何の苦労もせずに会得することが後ろめたいって?」


「ま、まぁ……」


「教えろって言って命かけといて、いざ教えてやるってなったらショートカットは気が引けるとかホント、よくわかんないわねアンタ」


「でも……」


「いいのよ。使えるもんは使いなさい。どうせここはアタシしかいないし、教える手間も省ける。それに言ったでしょ? そんな大層なもんじゃないって」


「……トゥリアーナがそこまで言うなら、わかった。遠慮なく使わせてもらうよ、ただ、どんだけ時間かかるかわかんないからな。寝室で使うよ」



 そう、この天恵≪孤一冥鑽イナフ・トゥ・ザ・ワイズ≫はナナシがその事象を覚えてさえいれば習得するタイミングは任意なのだ。



「そうしてもらえると助かるわ。アタシも家まで運ぶの億劫だし」



 ――――そうして、全くの努力もせずにナナシはアルベニス流連槍術を体得した。今回の五感消失時間は三日程だったが、その間、食事や排泄はどうするのだろうと興味本位でしばらくナナシを観察していたトゥリアーナだったが、全くそのそぶりを見せないナナシにつまらなさを感じ、とりあえず顔中に落書きをして放置しておいた。


 目が覚めて顔を洗おうと桶の水に映った自分の顔を見たナナシは絶叫。腹を抱えて笑っていたトゥリアーナに食って掛かり、覚えたてのアルベニス流VS本家アルベニス流で初の大喧嘩を繰り広げたのは言うまでもない。



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