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S R.I.P.  作者: 棚河 憩
一章
6/37

~覚醒~

 


――――モトに着き、ホルメスを繋いだところでトゥリアーナはようやくナナシに声をかける。



「……で? どうしたのよ。さっきからダンマリで」


 

 しばらくは質問に答えず、依然無言のナナシ。トゥリアーナも答えを急かすでもなく、ただじっとナナシを見つめている。



 ようやく口を開いたナナシは「頼みがある」と切り出す。



「なによ」


「アルベニス流を教えてほしい」


「ダメ」


「どうして?」


「弟子は取らない主義なの」


「頼む」


「だいたい、なんでアルベニス流なワケ? これから勁の訓練もつけてあげるし、槍よりもアンタにあった戦い方があるかもよ」


「そうかもしれない。けど、俺はアンタの槍を教えてほしい」


「なんでよ」



 そこでまた黙ってしまうナナシ



「明確な理由も無いのに教えてくれって?」


「……」


「ほら、無いんじゃない」


「……自信が欲しい、そう思った」


「はぁ?」


「トゥリアーナには砂漠でくたばりかけたところを助けてもらって、食い物も住む場所も与えて貰った」


「……」


「何か恩返しがしたい。けど、今の俺には何も無い。だから、俺にアルベニス流を教えてくれ。」


「それのどこが恩返しになるのよ」


「えーと……ほら、そうだ! いつかトゥリアーナがヤバい時に必ず助けにくるよ」



 ――――君が困った時には必ず僕が助けにくるよ



 トゥリアーナの脳裏に昔同じ台詞を吐いた男の顔が浮かぶ



「……」


「……俺はいつかトゥリアーナの家を出る。言ったよな? 俺が独り立ちできるようになるまでだって」


「ええ」


「正直、さっきの戦闘中、俺はビビッてた。勁の修行をしても、アンタの元を離れて一人で魔獣と対面した時、上手く動ける自身がない。でもトゥリアーナの槍術があればやっていける気がする。凄かったよ、さっきのトゥリアーナの槍捌き。アレが俺にも使えたらきっと自信がつく。だから……」



 真っ直ぐトゥリアーナを見つめるナナシ。



「……自信、ね。そんな大層なモンじゃないわよ、アタシの槍なんて」


「……」


「諦めなさい」


「トゥリアーナッ……!」



 そこで町から自警団らしき男が息を切らしてやってきた。



「どうしたのよ? 血相変えて」


「トゥリアーナさんっ! 仕事帰りで悪いんだが、もう一つ頼まれてくれねぇか!」


「……何事?」


「オウガベアが出た!」


「あら、珍しいわね。ベスティオ山から降りてきたの?」


「恐らくな。今、団長達が応戦してるが、何分数が多い。加勢してくんねぇか?」


「別にいいけど、今一仕事終えたとこなんだから、報酬は上乗せしてもらうわよ?」


「そこらへんはもう団長が了承済みだからよ、直ぐに向かってくれ」


「……ふぅ。仕方ないわね。案内して」


「悪いな」


「ナナシ、アンタ先に帰ってて」


「……俺も行く」


「アンタが付いてきて何ができんのよ? オウガベアは一体じゃ4級魔獣扱いだけど、知能が高い。複数いれば、連携もかなりのもので3級扱いよ。サンドワーム一匹やれない奴が来ても死ぬだけ」


「怪我してる奴もいるかもしれないし、応急処置くらいなら俺でも……!」


「な、なぁ、トゥリアーナさん、悪ぃんだけど急いでくれねぇか……?」


「あぁ、悪いわね。行きましょ」


 ここで魔獣のことについて触れておこう。トゥリアーナの勉強会で既にナナシも知っているが。この世界には魔獣と呼ばれるものが跋扈ばっこしている。通常の動物や家畜が大気中の魔素に侵され変貌してしまったものがそれだ。魔素についてはまた追々触れる。



 凶暴化しており非常に危険で、魔獣化した後も魔素の侵食は止まらない

侵された魔素の量、年月により魔獣は進化。体組織も変化し徐々に巨大化する


 魔獣は5級から1級までランクがあり、その上に天災級が存在したが、現在は封印されている



5級:勁の訓練をしていない一般人でも武器があれば対処できるレベル


4級:自警団所属の勁士が駆り出されるレベル


3級:自警団総出で対処が必要なレベル


2級:王国軍が動くレベル


1級:全土の勁士が総がかりで対処するレベル


天災級:対処不能



 とされており、これからトゥリアーナ達が相手をしようとしているオウガベアは魔素の影響で体組織が変化し、四本腕になった熊である。



 凶暴化してはいるものの、知能も上がっており、必ず2体以上で行動する習性を持っている。

つまり出くわした場合、鋭い爪を持つ8本の腕が襲い掛かってくるのだ。



 主にベスティオ山に生息しており、周辺の動物を食らっているが、時折山を降りて人里を襲うことがある。それが今回は4組、8体出現しているらしい。



 トゥリアーナ達が走り去った後、ナナシも後を追ったが二人は勁で身体強化している為、かなりのスピードで移動しており、直ぐに見えなくなってしまった。



 息を切らしながらも走り続け、ようやくベスティオ山が見えたあたりで複数の戦闘の声が聞こえてきた。



 気力を振り絞り走るスピードを上げたナナシに一頭のホルメスが向かってきた。二人乗っているようだが、どうやら一人は負傷しているらしい。



「どうしたんですか!?」


「なんだお前、勁士か?」


「いえ、俺は……」


「まぁ、いい。……すまんがこいつをモトまで運んでやってくれないか? オウガベアに一撃もらってしまって手当てが必要なんだ。残り3体なんだが、なにせ奴らが相手だ。戦える者は多い方がいい。お前が運んでくれるなら俺は直ぐに戻れるんだが」


「わかりました……! とりあえずここで応急処置をしてから運びます!」


「助かる」



 そう言って自警団の男は戦場に戻って行った。ナナシは負傷した男をホルメスから降ろし傷の具合を見る。トゥリアーナに応急処置の方法は習っていた為、どの程度の負傷で命に関わるかはわかっていたが、男の傷は深く、呼吸も浅い。左肩から右の腰までざっくりと抉られており、直ぐにでも処置をしないと命に関わる。



 戦場で処置をしている間に攻撃を受けることを考慮し、その場では何も処置をしていなかったのだろう。止血もしていない状態だった。



 ナナシは自分の着ていた服を破って包帯代わりにし、常に声を掛けながら止血を行った。



「おい! 大丈夫か! 返事しろ!」


「……ぅ、あ……」



 返事はあるものの弱い。



「止血したら直ぐに町に運んでやる! 絶対に助けるからな!」


「……妻が、いるんだ……生きて、帰らないと……」


「大丈夫だ! 必ずまた奥さんに会える! しっかりしろよ!」



 とりあえず止血を終え、男をホルメスに乗せようとしたところで咆哮が聞こえた。どうやら一体を取り逃がしたらしい、とんでもないスピードでナナシの方へ向かってくるオウガベア。



「勘弁してくれよ……!」



 自分も急いでホルメスに跨り、その場を離れようとしたがナナシは考えた。



 二人の男を乗せたホルメス。更に自分はトゥリアーナほど上手く操れない。加えてオウガベアのあのスピード。直ぐに追いつかれて二人とも食われるだろう。



 それならばとナナシはホルメスを降りた。やけにはっきりと聞こえる心臓の音。黙れと言わんばかりに自分の胸を強く叩き腹を決める。オウガベアはもう目と鼻の先。傍にあった拳大の石を手に取り、思い切り投げつける。自分が奴を引き付けている間に自警団の連中が追いついてくれれば、あの男だけでも助かると考えた故の行動だった。



 運よくナナシの投げた石はオウガベアの目元に辺り浅い傷をつけた。激昂したオウガベアは完全にナナシに狙いを定めている。全力でナナシは男を乗せたホルメスから離れるよう走った。



「おい! こっちだ熊!」



 格好つけてオウガベアを引き付けたはいいものの、勁も使えないナナシと魔獣。直ぐに追いつかれてしまう。オウガベアの後ろ足が一層強く地面を踏み込み飛び掛ってきた。先ほどのライオットエイプの時は傍にトゥリアーナがいたが今回は一人。流石に終わったな……とナナシは目をきつく閉じた。



 その時だった。まるで弾丸のような速さで飛んできた一本の槍がオウガベアを貫通した。



 飛び掛った体勢のまま絶命したオウガベア。へたり込んでいたナナシが目を開けた時、そこに立っていたのは鬼のような形相のトゥリアーナだった。



「アンタねぇ! いい加減にしなさいよ! 何!? 自殺願望でもあんの!?」


「……いや、そういうわけじゃ……」


「アタシは帰れっていったわよね!?」


「……あぁ」


「ガキじゃないんだから自分が手に負えないことくらいわかんないの!?」


「……悪い」


「あやうく死ぬとこだったわよ!」


「そう、だな……」


「……はぁ。今後二度とこんな無謀な真似するんじゃないわよ」


「するよ」


「アンタッ……」


「その都度トゥリアーナは俺を助けなきゃならない。面倒だろ? だったら俺に身を守る術を教えた方が効率はいいと思うぜ?」


「アンタ、まだそんなこと言ってんの……?」


「何度だって言うさ」


「ホントにガキと変わんないわね。母親に駄々こねてんのと同じよ、それ」


「まぁな。何にも知らないガキと一緒だよ。今の俺は」


「どうしたって諦めるつもりは無いのね」


「無い」


「だったら諦めさせてあげるわ」


「は?」



 そう言って腰につけていた大型のナイフをナナシに放り投げるトゥリアーナ



「あと一体残ってる。それ一本でアンタが奴を仕留めれたら教えてあげるわよ。アルベニス流」


「……え?」


「アタシは手助けしない。やれれば晴れてアンタはアルベニス流を伝授してもらえる。死ねばアタシの負担が減るだけ。どうする?」


 

 勁も使えない一般人にナイフ一本で4級魔獣を狩れと言うトゥリアーナ。完全に死ねと言っているようなものだ。どうあってもアルベニス流連槍術を教えるつもりはないらしい。



「……わかった」


「男に二言はないわよ」


「上等っ……!」



 まるで命綱のようにナイフを強く握り締め、ナナシは立ち上がる。丁度最後の一体も自警団の包囲網を突破しこちらに向かってきていた。かなりのダメージを受けているのか先ほどナナシに襲い掛かったものよりも動きは鈍い。それでもナナシにとっては十分な脅威だ。



「ほら、来たわよ。奴の弱点は首の後ろの付け根、どうにか回り込んで一撃決めてみなさい」


「やってやるさ……!」



 意気込んだはいいものの、ナナシは完全にノープランだった。今度こそ生きるか死ぬかの瀬戸際。思考をフル回転させてどうにか迫りくるオウガベアを撃退する方法を考える



 (どうする? ナイフを使った戦闘術なんて教えてもらってない。勁だってどうやったら使えるのかわかんねぇし……! 龍門の開き方? わかんねぇよそんなもん……! どうしたらいい……!?)


 (ここでやれなきゃ死ぬ……! ナイフの使い方……! 龍門の開放……!)



 まだ構えもしないナナシを後ろからただ見つめるだけのトゥリアーナ。先ほどはああ言ったが、トゥリアーナもそこまで鬼ではない。流石にマズイと思ったら手を貸し、その後ボロクソに言ってアルベニス流の伝授を諦めさせるつもりだった。その間もナイフをじっと見つめたまま動かないナナシ。



 (ナイフ……! 龍門……! 戦う力……!)



 ナナシが強く思った瞬間。彼の視界はブラックアウトした。全ての感覚が無くなり、その場に立ち膝の体勢になってしまう。腕は力なく垂れ下がり、ただ地面を光を失った瞳で見つめている。



「ちょっと……! なにしてんのよ! ナナシ!」



 突然何の反応もしなくなったナナシを見て流石のトゥリアーナも焦る。オウガベアはもう30メートル程まで迫っていた。痺れを切らしたトゥリアーナは槍を構え走り出そうとした。



 真っ暗な視界、手足や聴力、嗅覚までも突然無くなったナナシはパニックだった。



 (どうなってんだ!? え? 何? 走馬灯ってやつか? 思い出とか無い俺は走馬灯も真っ暗なのか?)


 その時頭に一つの言葉が浮かぶ。




 ≪孤一冥鑽イナフ・トゥ・ザ・ワイズ



 全ての感覚が急に戻り、立ち上がり前を見るナナシ。トゥリアーナは既にオウガベアに向かって走り出していた。


 

 何故だかナイフの扱い方がわかる。龍門の開き方、勁の使い方もまるで既に熟知していたかのように理解している。ナナシは真っ直ぐにオウガベアを見据え、足元に勁を集中させ踏み込む。瞬間、彼は一瞬でトゥリアーナを追い抜いた。



 「……え?」



 トゥリアーナは足を止め、今自分を追い抜いていった影を呆気に取られたように見つめていた。 

あれは誰だ? 勁の使い方も知らず、生気を失ったかのように静止してしまった男が錬士クラスである自分をいとも容易く追い抜き、更に見間違いでなければ彼は雷を纏っていたかのように見える。



 自分に向かってくるヒューマンの男をその爪の餌食にしようと、オウガベアは左側の一本の腕を勢いよく振り下ろす。ナナシは落ち着いて半歩のバックステップでかわし、空しくも地面を叩いたオウガベアの腕を踏み台に跳躍、体操選手のように体を捻りながら巨大な四腕熊の後ろに回りこんだ。



 オウガベアも動物である以上関節がある。腕は後ろには回らない。右側の二本の腕を伸ばし、振り向きざまに後ろに回りこんだ獲物に裏拳を叩きつけようとした矢先、その体は感覚を失った。倒れこんだその体の首元には深々とナイフが突き刺さっていた。



「……どういうこと?」



 倒れたオウガベアを見つめ、荒い呼吸をするナナシにトゥリアーナが声をかける。



「いや、俺にも何がなんだか。いきなり目の前が真っ暗になって、全部の感覚が無くなった。で、気付いたらこいつを倒してた」


「……意味わかんない」


「そりゃそうだろうさ。俺もわかってないんだから。でもさ、これ」



 そういって足元のオウガベアの亡骸を指差すナナシ。



「決めたぜ?」


「はぁ……わかったわよ。約束は守るわ。なんでだか勁はもう使えるみたいだし、そこらへんの訓練はすっ飛ばして教えてあげるわよ。アタシの槍」


「よっしゃあ! ……って、あれ?」



 緊張が途切れたのか、その場でナナシは気絶した。ただその顔は今までに見せたことがないくらいに安らかで、逆にトゥリアーナは難しい顔をして静かにその顔を見つめていた。





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