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S R.I.P.  作者: 棚河 憩
一章
5/37

~暗い森にて魔獣とダンス~


――――――――――――



 次の日の朝。やっとの思いで起床したナナシが食堂に行くと昨日の夜と同じく既にトゥリアーナが。

彼女は朝食を終えるところだった。



「遅い」


「すまん……」


「何よ。あの程度飲んだくらいでだらしないわね。シャキッとしなさいよ」


「あの程度って……」



 ちなみに昨日の対決は言わずもがなトゥリアーナが勝利している。彼女は一人で樽を空けているのだ。一樽はおよそ15リットル。ジョッキ一杯がほぼ500ミリである為、彼女は30杯は飲んでいる。

ナナシは15杯でダウンした。自分の倍の量を飲んでケロッとしているトゥリアーナを化け物を見るような目で見ているとミシェルが。



「おはよう、ナナシ君。これ、どうぞ。どうせ朝食は食べられないでしょ?」


「おはようございます、ミシェルさん。ありがとう。流石に固形物口にしたら吐きそうです……」



 差し出されたトマトジュースを一気に飲むナナシ。



「ふふっ。本当はトゥリアーナちゃん、あれでもまだ足りないくらいなのよ」


「マジですか……」



 ミシェルが言うには店の酒を全て空けたこともあるという。そう。トゥリアーナはザルなのだ。彼女が酔う姿を見たことがある者は誰もいない。



「さ、もう行くわよ」



 席を立つトゥリアーナ。ナナシを待つこともなく、さっさと店を出ようとする。



「あ、ちょっと待ってくれよ。じゃあ、ミシェルさん。ご馳走様」


「はーい。いってらっしゃーい」


「じゃあ、ダグラスさん、世話になったわね。帰りにでも時間あったらまた寄るわ」


「おう! 頑張れよ! ナナシもな!」


「はい。行ってきます」



 カウンターでパイプをふかすダグラスとニコニコしながら手を振るミシェルに見送られ二人は店を

出た。



 自警団詰所に向かう道すがら、ナナシは今日の仕事の内容をトゥリアーナに尋ねる。



「今日の仕事は魔獣の駆除。っていってもライオットエイプが相手らしいから簡単な仕事ね」


「そのライオットなんたらってのはどんな魔獣なんだ?」


「簡単にいうと凶暴化したデカいサルよ。ただ、群れで行動するから少ない人員じゃちょっと面倒かもね」


「へぇ。じゃあ何人かで動くのか?」


「さぁ。数によっちゃアタシ一人でやるわ。っていうか、ライオットエイプくらいなら何匹いたって問題なし。むしろ分け前が減るからアタシに任せてくれた方がいいくらい」


「へぇ。そういえばトゥリアーナのが戦うところは見たことがないな」


「これから勁の訓練もしていくんだし、いい機会ね。よく見ときなさい」


「あぁ」



 そう。ナナシはトゥリアーナの戦うところを見たことがない。今まで仕事に同行することもなければ、終の地で魔獣に遭遇したこともない。終の地の砂漠は魔獣すら寄り付かず、唯一生息する魔獣がナナシの食われかけたサンドワームなのだ。



 仕事内容を確認しながら歩くこと10分程。モトの町の自警団詰所に到着した。



「ここが自警団詰所よ」



 入ってみると中は広く、20畳程のロビーになっていた。正面に受付のカウンターがあり、左右の壁には依頼内容が書かれているのだろう張り紙が張っている。トゥリアーナは依頼書には目もくれずカウンターに向かう。カウンターには受付嬢らしき女性が座っていた。



「おはよ」


「おはようございます。トゥリアーナさん。今日はライオットエイプの駆除でしたね」


「ええ。直ぐにでも行けるけど、他に同行者は?」


「トゥリアーナさんが受諾した時点でキース団長が他の募集者切っちゃいました。そちらの方は? 同行者の方ですか?」


「ううん。ただの付き添い」


「そうでしたか。フリーランス登録などはお済でしょうか?」


「いえ、まだよ。勁もまだロクに扱えないから」


「そうでしたか、となるとそちらの方の報酬は出ませんが……」


「大丈夫よ。その辺りはわかってるから。有事の責任もアタシが取る」


「それでしたら問題ありません」


「で? 場所は?」


「ベスティオ山の麓の森です」


「わかったわ。直ぐに向かう。キースにはよろしく言っておいて」


「かしこまりました。お気をつけて」



 簡単な事務処理を終え、詰所を出る二人。



――――――――――――――



「なぁ。フリーランス登録って?」


「自警団に所属せずに個人で依頼を受ける勁士のことよ。つまりお役所仕事が嫌いなはぐれ者ね」


「自警団に所属するのとしないのとじゃ何か違うのか?」


「まぁ、所属しておけば依頼を受けなくたって安定した給金がもらえるし、死亡保障なんかも受けられるわね。ただ、町の見回りだのなんだのって面倒な仕事もさせられるけど」


「フリーは保障も給金もないが仕事は自由に選べるってわけか」


「そ。まぁ、個人依頼じゃなく、自警団からの依頼に限っては怪我なんかの保障はいくらか受けられるけど」


「へぇ。今回の依頼は?」


「自警団からよ。さっきも言ったけど、ライオットエイプは群れで行動するからある程度の人数で駆除するんだけど、モトは小さい町だからね。自警団員の数も少ないからそんなに人員割けないのよ」


「なるほどね。で、その森までは遠いのか?」


「そんなに遠くないわ。ホルメス走らせて10分ってとこ」


「OK。……そういえばトゥリアーナは武器は何を使うんだ?」


「これよ」



 そういってトゥリアーナは荷物から大人用の傘程度の細長い包みを二つ取り出した。



「剣……か?」


「はずれ。実際に森に行ってからのお楽しみよ」



 そうしてホルメスに乗り、町を出て10分程。鬱蒼と生い茂る森が見えてきた。



「あそこか」


「そう。あの森の向こうがベスティオ山。あの山からこっち側が終の地よ」


「終の地にしちゃしっかりした森だな」


「そうね。大体なんで突然あの砂漠が広がってるのかもわかってないのよ」


「そうなのか」


「さて。無駄口はおしまい。こっからは仕事モードよ。アンタはアタシの後ろにくっついてれば安全だから」


「俺になにかできることは?」


「アタシのサポートに入ろうなんて千年早いわよ。とにかく見てなさい。勁を使った戦い方ってヤツを」


「……わかった」



 ホルメスを森の入り口の手ごろな木にロープで繋ぎ、トゥリアーナは自分の獲物の包みを解く。中から現れたのは剣ではなく槍だった。



「槍……にしちゃ短いな」


「まぁ、普通の槍からしたら短いわね」


「リーチを犠牲にして小回りを利くようにした槍ってとこか」


「なかなか鋭いじゃない。その通りよ」



 槍と言う武器は圧倒的なリーチで相手の間合いの外から一方的に攻撃ができる反面、剣のような連続攻撃を苦手とする。突いて、引くというツーアクションが必須だからだ。

その点、トゥリアーナの槍は槍としてのリーチをギリギリまで詰め、その分小回りが利くようにし、更に片方を突き、抜く際にもう片方を突く、といったタイムラグなしの連撃を可能にした言わば二槍流。これが、トゥリアーナ・アルベニスが編み出した「アルベニス流連槍術」である。



「アルベニス流連槍術……」


「さて、行くわよ。ついて来て」


「あぁ」



 森の中は薄暗く、奇妙な静けさが辺りを覆っていた。まだ昼間だというのに日の光は余り入らず、鬱蒼と茂る草木のせいか視界も悪い。そんな中をトゥリアーナはまるで目的地がわかっているかのようにスイスイと進んでいった。対してナナシは複雑に絡み合う木の根に足を取られ、着いていくのがやっとだ。



「なぁ、どこに標的がいるのかわかってるのか?」


「なんとなくね。あいつら樹上で生活するから、この静けさなら動けばわかる。勁で聴力も強化してるし」


「便利なもんだな、勁ってのは……っと」


「気をつけなさいよ。転んで怪我して足手まといとか勘弁ね」


「了解っ……危ねっ」



 しばらく進んだところでトゥリアーナは突然足を止めた。獲物の気配がしたらしい。トゥリアーナの雰囲気が変わったことをナナシも察したのか同じく足を止める。



「……いるのか?」


「間違いないわね。狙われてる。そこで動かないでいて」


「……わかった」



 狙われていると確信しているトゥリアーナだが、未だ槍を構えようとはしない。ただじっと待つのみ。

そんな時、頭上でガサッと音がした。と思った瞬間トゥリアーナはナナシの視界から消えていた。



「トゥリッ……!」



 ナナシが名前を呼ぼうとした矢先、目の前に自分の身長とさほど変わらない動物が落ちてきた。

ナナシは180センチ程の身長だが、樹上から落ちてきた獲物の大きさは対して変わらない。トゥリアーナはデカいサルだと言っていたがとんでもない。ゴリラほどもある。



 仲間がやられたことに腹を立てたのか、今まで静かだった森の中にライオットエイプ達の鳴き声が一斉に響く。



「グギャァァアア!!!!」



 トゥリアーナはそこから動くなと言ったが、むしろナナシは動けなかった。恐怖で足が竦んでしまい微動だにすることもできない。それでもトゥリアーナの戦いを目に焼き付けようと瞳だけは目まぐるしく動き回る彼女を追う。



 一体、二体、次々と樹上から落ちてくるライオットエイプはどれも急所を一突きで殺されていた。

木の幹を蹴り、次の木に跳び移ったと思ったらその瞬間獲物が落ちてくる。一度も地面に降り立つことなく繰り出されるトゥリアーナの槍撃はまるで空中でダンスを踊るかのよう。



 ナナシは恐怖を感じることも忘れ、ただトゥリアーナの空中舞踊を見つめている。その時、彼女には勝てないと判断したのか、一匹のライオットエイプが樹上から飛び降り、ナナシに狙いを定め足元の木の根など無いかのように猛スピードで迫ってきた。



「マジかっ……!」



 ナナシは咄嗟に身を護ろうと両腕で自身を庇う。が、ライオットエイプがナナシに食らいつくことは叶わない。トゥリアーナの投擲した一本の槍が脳天を貫き、地面に磔にされて息絶えていた。



 ――ようやく、トゥリアーナが地面に降り立った時、辺りには15体ほどのライオットエイプの死骸が転がっていた。



「こんなもんかしらね。辺りの魔獣の気配も消えたし。よっ……と」



 一匹の脳天に突き刺さったままの槍を抜き、軽く振り血を払う。



「……」


「ナナシ? ちょっとどうしたのよ?」


「血の匂いにでもやられたの? ちょっと!」


「……あ? ああ。悪い」


「手伝ってよ。駆除の証明にこいつらの牙抜くから」


「……マジでか」


「マジよ。証明できるもんが無きゃ報酬入んないんだから」


「……わかった」



 その後、トゥリアーナは慣れた手つきで牙を抜いていく。ナナシも死骸に手を触れることを躊躇しつつ五体から牙を抜いた。



「……慣れなさい。そんなんじゃこの先やっていけないわよ」


「……わかってる」



 その後、森を出てホルメスに乗り町に戻る二人。道中、考え事しているのかナナシは一言も喋らず、ただトゥリアーナの背中を見つめていた。トゥリアーナもそんなナナシの空気を感じ取ったのか、同じく無言。静かな帰路だった。




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