表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
S R.I.P.  作者: 棚河 憩
二章
31/37

~起業の準備と男の過去~


リンツとリッカが家に着くと、既に仕事を終えたバルナス達が帰宅していた。



「よう! 遅かったな。二人でどこ行ってたんだよ? デートか?」


「えっ!? いえ、その……」


「まぁ、そんなとこだ。ヘイゼル達は今帰ってきたのか?」


「おう。オルクスの武具作成が一段落着いたからな。ここまでの給金貰ってきたぜ!」


「結構稼げたのか?」


「俺と旦那はそれなり。ただ、エイアードが……」


「エイアードがどうした?」



 ちらりとエイアードに視線を向けるリンツ。無言で稼いだ金が入った巾着をリンツに放り投げるエイアード。中にはぎっしりとコインが。



「おまっ……随分稼いだな。どうしてエイアードだけこんな多いんだ?」



 先日、勝手に装飾のデザインを変えてしまったエイアードだが、そのデザインがクライアントに好評で倍値で買ってくれたのだそう。それからエイアードはオルクスの武具以外の通常発注と店舗に卸す物の装飾デザインを任された。結果、エイアードデザインの武具は通常の勁士に加え、普段戦闘とは縁のない一般人にも観賞用として売れ、彼だけ相当な額の給金をもらえたのだ。その額なんと一万五千。ヘイゼルとバルナスの倍。今となってはヘパスの中限定ではあるもののエイアードブランドすらある始末。



「大したもんだな……勁士辞めたらどうだ?」


「……自分でも少し、驚いている」



 目線は合わせないものの、少し照れたような顔で答えるエイアード。滅多に見られない顔だ。



「と、なると。リッカ。食器は買わなくてもいいかもな」


「?? どうしてですか?」


「エイアードに焼いてもらおう」


「いいですね! それ!」



 パンっ! と手を叩き賛同するリッカ。



「……なぜ私が貴様らの食器を作らなければならないんだ」


「いや、俺たちのじゃなくて、店の」


「……? どういうことだ?」



 これから店を持ち、自分たちで開業しようという計画を三人に話すリンツ。



「へぇ、面白そうじゃん。ちょうどヘパスの仕事も落ち着いちまったしな。いいんじゃね? リッカちゃんの飯なら絶対繁盛するぜ!」


「ふむ。ヘパスまで通うのも正直億劫だしな。オルクスで働けるならそれに越したことはない」



 バルナスとヘイゼルは賛成のようだ。



「……私が客商売に向いていると思うのか?」


「いや、思わない」



 はっきりと断言するリンツ。



「だから、エイアードには店で使う食器を作ってもらいたいんだよ。食器揃えるにも金はかかるからな」


「……窯はどうする」


「そこは、ほら。クレハにでも頼んでさ。貸してもらおう」


「……全く、貴様は頼れと言われればどこまでも頼るのか」


「使えるものは使わなきゃな」



 渋々納得したエイアード。その後、焼き物のジャンルでもエイアードブランドが確立するのはもう少し先の話。



 その後、リッカが夕食の支度をしている間、これからの店のビジョンをやいのやいの話し合っているところにアカネが帰宅した。



「主殿、戻ったぞ」


「おお、アカネ。どうだった?」


「ふりーらんす登録とやらを済ませた後、魔獣討伐任務を任されてな。案外早く終わったものだから、残りの本部の魔獣討伐依頼を全て終わらせたらこんな時間になってしまった」


「全てってお前……」



 現在オルクスの自警団本部で討伐依頼が出ているものの中には複数の三級魔獣討伐といった、自警団総出の任務もある。それらを全て一人でこなしてきたと言うアカネ。


 二級以上にもなると食料を必要とせず、大気中の魔素が栄養源になるというのは以前説明したと思う。アカネも食事自体はただの嗜好品。本来は魔素だけで十分だというのは前に話していただろう。そのことからアカネは少なくとも二級魔獣程度の力量はあるのだ。聖獣なのだからもっともではあるが。



そんなアカネが三級魔獣討伐などに手こずる筈がない。全ての魔獣討伐で稼いだ給金はエイアードの更に倍。三万ペル近くあった。



「儂は金の価値はわからんが、それでしばらくやっていけるのかのう?」


「しばらくも何も、十分過ぎる成果だ」


「すげぇな! 姐さん! もしかしたら俺らの中で最強なんじゃね?」


「聖獣というのは理解していたが、まさかこれほどとはな……」



 闘士クラスである以上、バルナスとヘイゼルもヒューマンの中では相当な勁士ではあるが、流石に驚きを隠せない。エイアードは自分より稼いできたことに対し少し悔しそうだ。



「ありがとうアカネ、よくやってくれた」


「なに、主殿の為じゃ、この程度の仕事造作もない」


「自警団にも恩を売れたな」


「逆にフリーランサーからは恨まれたんじゃね? 仕事を根こそぎ持ってかれたんだからよ」


「ま、そうかもな。ただそんだけの実力を見せつけたんだ。ケンカ売ろうって奴はいないだろ」



 事実、アカネの実力を見せつけられた自警団員、ひいてはフリーランサー達もアカネを、更には一緒にいるリンツたちのことも怒らせてはいけない相手として認識していた。



「に、しても一日で開業の目途が立つとはな。みんな、感謝する」


「なに、アマテまでとはいえ今は一蓮托生。俺たちにできるまでのことをしただけだ」


「そーゆーこと。で? いくらかは小遣いくれんだろ?」


「もちろんだ。自分たちの部屋に置きたいものなんかは自分たちで揃えてくれ」



 そう言って、全員が稼いできた報酬の中から開業資金を別け、残りをそれぞれに渡すリンツ。アカネは持っていても使い道がないと断った。リッカも自分は何もしていないからと受け取りを拒否したが、バルナス達よりも少ない金額で渋々受け取った。



「起業申請ですね。業務形態はなんですか?」


「飲食店です」



 次の日、リンツは自警団本部に来ていた。一階で受付嬢に起業申請の相談をしたところ、二階の依頼受付窓口とは別の窓口を案内され、今に至る。他のメンバーはみんなでショッピングだ。



「重飲食ですか? 軽飲食ですか?」


「すいません、その辺りの違いがわからないのですが」


「飲み物の提供を主とし、サンドイッチや菓子などの簡単な食事を提供するのが軽飲食、喫茶店などがこれにあたりますね」


「ふむ」


「料理主体でコースなどを提供するのが重飲食にあたります」


「えーと、中間? 飲み物の提供が主になるとは思いますが、コースとはいかずともそれなりの食事も出すつもりなんですが」


「でしたら重飲食でいいですね。この場合、火元や衛生管理の責任者を置く必要がありますが」


「資格は必要ですか?」


「資格、とまでは行きませんが、一日講習を受けて頂く必要がございます」


「それは責任者にあたる者が?」


「はい」


「なら、私が」


「かしこまりました。店舗の名称や団体名はお決まりですか?」


「あ、いや。まだなんです」


「でしたら、間に合うようであれば講習当日にこちらの書類に必要事項を記入してお持ちください。講習は三日おきにございますので……次は明後日ですね」


「団体名は必須ですか?」


「その団体に所属する方が三名以上いらっしゃるなら必須です」


「わかりました。では、明後日」


「はい、お待ちしています。当日は九時までにこちらの窓口までお越しください」


「はい」



 書類を手に本部を出ようとするリンツ。そこへ



「こんにちは。バルヴェニーさん」


「ん?」



 振り向くとそこにはマルケスが



「えーっ……と。確かマルケス、だったか」


「覚えていて下さって光栄です」


 青い色の短髪にメガネのいかにも優男といった風貌のマルケスはニコリとリンツに微笑みかける。


「今日はどういったご用件で?」


「商売を始めようと思って。申請に」


「そうでしたか。どんな商売を?」


「料理の得意なものが身内にいて。飲食店を始めようかと」


「それはそれは。開店したら是非伺わせて頂きます」


「はぁ……よろしく」


 スティングに啖呵を切った時は噛み付いてきたマルケスだが、今話している分には丁寧で物腰の柔らかい印象しか受けない。スティングのことになると人が変わるのだろうか。


「アンタはどこへ? 任務か?」


「いえいえ。自警団勁士が動くような依頼はどなたかが全てこなしてくれたお陰で暇なものです」



 ニコニコと言葉を紡ぎはしているが、どうにも嫌味っぽい。



「それはいいことだな。魔獣の脅威は無いに越したことはない」


「仰るとおりです。時に、バルヴェニーさん」


「はぁ」


「今、お時間ありますか?」


「え?」



――――――――――――



 なぜか、半ば強引にマルケスに連れられたリンツは本部のすぐ近くのオープンテラスのカフェでお茶をしている。



「ここ、僕のお気に入りのカフェなんです。コーヒーが飲めるので重宝しているんですよ」


「はぁ……」



 なぜ、お茶に誘われたのかも、なぜ男二人でお茶をしなければならないのかもわからないリンツ。適当に相槌を打ちながら冷たいセルバ茶をチビチビと飲む。やがてつまらない話に痺れを切らし



「で? 本題は?」


「本題? いやだなぁ。全て本題ですよ?」


「……」



スッ……と目を細めるリンツ。



「そんな怖い顔をしないでくださいよ。そうですね、ではメインの話を二つ」


「なんだ」


「戦技大会の件ですが、出場なさるんでしょう?」


「まぁ、そのつもりだが」


「あなたのところの火聖獣様……アカネ様といいましたか。彼女の参加は認められません」


「それはどうして?」


「どうしても何も、彼女は聖獣であって勁士ではないでしょう? 戦技大会は勁士の日々の研鑽の結果を発揮する場所ですから。それに彼女が参加すると大会のバランスが著しく崩れる」


「なるほどね」


「それと、バルナス、ヘイゼル、エイアードの三人もです」


「王族殺しの罪人など参加させるわけにはいかず、それに付き従う者も同罪、ということか」


「話が早くて助かります」


「それは団長命令か?」


「もちろん」


「俺がこの間言ったことは忘れたのか? 確かあの場にはアンタも同席していたと記憶しているが」


「もし、この命令が不服だと、火聖獣を暴れさせるなどということをした場合、オルクス支部は戦技大会を辞退するでしょうね。街の復興が第一ですから。そうなればあなた達にも不都合なんじゃないですか?」


「……」



 終始笑みを浮かべ牽制してくるマルケス。確かに大会自体が無くなるのであれば優勝して王都へ渡るどころの話ではない。この場ではとりあえず話をのむことにしたリンツ。



「それで? もう一つは?」


「エイアードはどうしていますか?」


「エイアード? アイツと知り合いか?」


「ええ。幼馴染のようなものです……」



 マルケスとエイアードはオルクスの出身。しかも今となってはスラムと化している区画にあった孤児院の出身だそう。二人とも生まれて直ぐに親に捨てられ、孤児院の前に放置されていたのだという。



 成長するにつれて、マルケスは持ち前の人当たりのよさで直ぐに他の孤児とも打ち明けたが、エイアードは六歳になるまで一切言葉を発することはなかったのだそう。同時期に拾われたマルケスはそんな彼を気にかけ、いつも声をかけていた。



 その内、エイアードはマルケスだけには少しずつ心を開き、言葉を交わすようになった。そんな中、二人が十八になった頃、盗賊によって孤児院が焼き払われる事件が起きる。そこで盗賊の殲滅にあたったのが、当時まだ一勁士だったスティング達と、王都からオルクスの視察にきていたバルナス達だった。



 当時から優秀な勁士だったスティングの華麗な剣技にマルケスは憧れ、王都所属の何者の追随も許さない一撃必殺の技にエイアードは憧れた。



 丁度、十八になり、孤児院を出なければならなかった二人はお互いの憧れに近づく為に、二度とあんな悲劇を繰り返さぬように自分たちが強くなろうと誓い、一緒にオルクス自警団に入団する。



 入団して直ぐに二人はメキメキと力を付け、マルケスはスティングのように長剣を使いたがったが、自分のスタイルに合わず、スティングに進められたレイピアを、エイアードもいくら勁の鍛錬を積んでも体格の問題で大戦斧は扱えず、それでも同じように一撃必殺が可能な狙撃の腕を伸ばしていった。



 そして、バルナスが王族殺しの罪で王都を追放され、オルクスのある南西大陸に流れてくる。当初、スティングはバルナスとヘイゼルの入団を許可したはいいものの、直ぐに王都から情報が流れ、強制退団の措置を取る。エイアードはその際に憧れだったバルナスに付いていくと自身も退団した。マルケスは親友の退団を止めたが、エイアードは聞かず、そこから仲違いしたのだそう。



「なるほどね……エイアードにそんな過去があったのか……」


「エイアードは罪人の為に命を張っていいような器じゃないんです。心配なんですよ、僕は」


「それで、俺にどうしろと?」


「どうにか、エイアードをバルナスから引き離してくれないでしょうか。そうすれば後は僕が団長に掛け合ってもう一度自警団に戻してもらいます」


「なんで?」


「だから、エイアードは薄汚れた道を歩いていいような男じゃないんです! 自警団として、誇りある勁士として……!」


「それはアンタが決めることじゃない」


「……っ!」



 夜の小道でエイアードに言われたセリフと全く同じことを言われるマルケス。



「マルケス、アンタ今いくつだ?」


「……23ですが」


「じゃあ、エイアードも同い年なんだろ? その年なら自分の生き方は自分で決めるさ。自分の選択に責任も持てる」


「でもっ! 僕は友として……!」


「友達だからって自分の感覚を押し付けていいってわけじゃないだろ? それに、バルナスが冤罪だって可能性は考えないのか? 少なくともエイアードはそう信じてる。そもそも王族殺しが王都追放だけで済んだってこと自体がおかしいんだろ?」


「それは……」


「本当に友達だってんなら、アンタも事件を徹底的に調べて判断するべきだ。バルナスが本当にやったって証明できたらその時に力尽くでエイアードを連れ戻せばいい。冤罪ならアイツの選んだ道は間違ってなかったって笑ってやれ」


「……」



 俯き、言葉を返さないマルケス。



「エイアードの事に関して、俺がどうこうするつもりはない。それじゃあな」



 立ち上がり、その場を後にするリンツ。マルケスはただ俯くばかり。



「……奢るとは一言も言っていないですよ……」



 マルケスの呟きはいつかの夜道と同じように、今度は街の喧騒でかき消された。



「遅かったな」



 リンツが家に戻ったところでバルナスが声をかける。彼は共有スペースの家具を設置しているところだった。



「あぁ、俺もついでに自分の部屋の家具見て回ってな。だいぶ家らしくなったな」


「ああ。で? 申請は済んだのか?」


「いや。店舗の管理責任者の講習を受けないことには営業できないそうだ」


「ふむ。それはまた面倒なことだな」


「全くだ。店の名前と会社名みたいなものも決めなきゃならんらしい」


「そうか。ならば食事時にでも皆に相談すればいいだろう」


「そうだな。他のみんなは?」


「それぞれの部屋の家具の配置を決めてる。早く行った方がいいぞ。ヘイゼルが自分の物で部屋を埋め尽くす」


「ああ」



 二階に上がる階段を上がったところでエイアードと出くわした。先ほどのマルケスとの会話を思い出し、彼の顔を見つめるリンツ。



「……何だ」


「ああ、悪い。何も。部屋のレイアウトは済んだのか?」


「……寝る場所さえあればいいからな。ベッドを置いて終わりだ。バルナスを手伝う」


「何ともまぁ、味気ないことで」


「……貴様に部屋の趣味をとやかく言われる筋合いはない」


「……そりゃそうだ」


「……用がないなら私は行く」



 そう言って階段を降りようとするエイアード。



「なぁ」


「……だから何だ」


「……いや……何でもない」


「……? はっきりしない男だな。言いたいことがあるなら言えばいい」


「いや、本当に何でもないんだ。悪かったな引き留めて」


「……ふん」



 今度こそ階段を下りるエイアード。下りていく背中を見つめ、少しして自分の部屋に戻ると案の定ヘイゼルが部屋中を自分の趣味に染めていた。


今年の更新は今回で打ち止めです。来年の更新は5日頃を予定。

皆様、よいお年を。来年もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ