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S R.I.P.  作者: 棚河 憩
二章
19/37

~男の事情~


 ソルテを出発してからおよそ一週間。ようやくオルクスが見えてきた。オルクスはセルフォール地方の東の端にある港町。王都アマテへの直行便も出ている人口およそ十万程の王管都市である。中世ヨーロッパのような町並みで街の中央には大聖堂がそびえており、特産品はもちろん魚介類。シーフードレストランが多数あり、ピート香の強いウイスキーと一緒に楽しむのがこの街では通らしい。



 街の門まであと少しといったところで御者台のバルナスは馬車を停めた。



「どうした? 街へ入らないのか?」


「俺達は街へは入れない」


「はぁ? 今更なに言ってんだ」


「何か入れない理由があるんですか?」



 ここまで来て街へは入れないと言い出したバルナスにリンツとリッカは困り顔だ。



「……いつまでも隠しておけることでもないから言っておく」


「ダンナ!」


「ヘイゼル。いい。黙っていろ」


「……」


「アンタの事情ってやつか」


「ああ。俺は王族殺しの罪人として王都を追放されている。王管都市は王都直轄。俺の情報も流れている。入ればたちまち牢獄行きだ」


「なるほどね」


「濡れ衣だ。ダンナはやってねぇ」


「やったやってないは正直どうでもいいんだが、街に入れないのはちょっとな……俺とリッカだけが入ってもしょうがないだろうし」


「どうするんですか?」


「そうだな……」



 しばらく考え込むリンツ。そこにエイアードが。



「……オルクスにはスラムがある。浮浪児や流れ者が住み着いている区画だ。そこなら門番もいないだろう」


「へぇ、詳しいんだな」


「……出身だ」


「なるほどね。じゃあそっからならお忍びで入れるわけだ」


「……ああ」


「じゃあ、こうしよう。スラムから街に入って、しばらくバルナス達はそこで身を隠しておいてくれ」


「それは構わないが……どうするんだ?」


「要は身の潔白を証明するか、どうにかして滞在許可を貰えばいいんだろ? どうにかするさ」


「どうにかって……できんのかよ?」


「できるできないじゃない、やるかやらないかだ。最悪、俺が自警団のトップをぶっ倒して街を仕切ればバルナス達の滞在許可も出すよ」


「お前、自分言ってることわかってんのか?」


「例えば、の話さ」



 他の町村とは違い、王管都市は自警団の団長が街のトップを務めている。リンツは自分が街のトップになると言っているのだ。さすがにいつも調子のいいヘイゼルも呆れている。



「……オルクスの団長は堅物で有名だぞ」


「エイアード、知ってんのか?」


「エイアードはこの街の自警団に所属していたんだ」


「へぇ。団長の名前は?」


「……スティング・ガリアーノだ」


「スティングね。とりあえずそいつを納得させればいいわけだ」


「……できれば、だがな」


「ここで考えていてもしょうがない。スラムの方へ向かおう。バルナス達は念の為に幌で隠れていてくれ。俺が御者台に乗る」


「私はどうしますか?」


「リッカも幌にいてくれ」


「わかりました」


「エイアード、幌の中から道案内頼めるか?」


「……分かった。とりあえずは外壁を周って街の裏側へ向かえ」


「OK」



 そうして馬車はまた走り出す。幌の中では



「……リッカちゃん。俺達と一緒にいるの怖くねぇか?」


「? いいえ? だって、バルナスさんやってないんですよね?」


「あ……ああ。確かに俺はやっていない。嵌められたんだ」


「なら怖がる必要ないじゃないですか」


「いやいや! 普通そんな簡単に信じないでしょ!」


「でも、バルナスさんやってないって言ってますし……」


「もう少し世の中疑ったほうがいいぜ、リッカちゃん……」


「そうでしょうか……?」



 いとも簡単にバルナス達を信じたリッカ。これにはバルナスやエイアードもぽかんとしていた。



 馬車は大きく街を迂回し、町の裏側へ。正門には立派な魔獣対策の石壁が設けられていたが、こちら側は壁こそあれど、あちこち崩れている。活気も無く、陰鬱とした空気が濃い。適当なところで馬車を停め、ローブを着て降りた五人。バルナスの獲物の斧は巨大でローブには隠しきれなかった為、仕方なく馬車に置きっ放しだ。



「さて、これからどうするか。エイアード、身を隠せるところは?」


「……どこでも。この辺りの家など、誰のものでもあり、誰のものでもない」


「……なるほどね」


「……追いはぎやスリには気をつけろ。ここじゃ日常茶飯事。最悪、腕ごと持っていかれる」


「王管都市のくせに治安はどうなってんだよ、全く」


「リッカちゃんは中心に。俺達でガードするからさ」


「は、はい……」



 リッカを中心に正面に土地勘のあるエイアード、後ろにバルナス。左右をリンツとヘイゼルで固め進む。スラムの五人を見る目は半々、全くの興味を示さない者と、獲物を狙う目で見つめてくる者。

王管都市といえど十万人都市、人が増えれば増えるほど、こうした闇は少なからず生まれる。



「……ここでいいだろう」



 エイアードが足を止めると、そこには二階建ての廃墟が。先にリンツとヘイゼルが中に入り、誰もいないことを確認して他の三人も招き入れる。以前の住民が利用していたのだろうテーブルには埃がかぶっており、しばらく誰も利用していないことが窺える。二階には寝室だったのか、部屋が二つあったが、どちらの部屋にもベッドなどはない。恐らく、他のスラムの住民が持ち出したのだろう。一階のリビングにあったテーブルと二脚の椅子しかない家だ。窓もほぼ割れており、床にはガラスが散乱している。



「俺達はここでしばらく身を隠すが、お前達はどうするんだ?」


「堂々と正面から入るさ。あとで斧も届ける」


「連絡はどうする?」


「まずはこの街でフリーランス登録をする。簡単な魔獣討伐の仕事でも請けて街を出た時に外壁回ってこっちに来るよ」


「わかった」


「しばらくはここで我慢してくれ。俺としてもアンタ達がいないとそれなりに困るからな。必ず滞在許可は出させる」


「気長に待つ。廃墟に住むのは慣れてるからな」


「アンタが言うと重いぜ、それ」



 廃教会を根城にしていたことを言っているのだろう。少し苦笑いを浮かべたリンツはリッカと共に廃墟を出た。



 馬車に戻った二人。リンツは自分の槍を幌の荷物の中に紛れさせ、バルナスの斧を目立つところに置いておいた。



「リッカは俺の後ろに」


「幌にいなくていいんですか?」


「ソルテから転居を希望してきた夫婦ってことで通す。後ろにくっついてた方がそれっぽいだろ」


「ふ、夫婦……!」


「はい、妄想ストップ。ほら、行くぞ」


「は、はひっ。あ、あなた……」


「今から役に入らんでいい。それに、大根役者にも程があるぞ、それ。普段どおりでいいよ」



 しどろもどろになりながらリッカも御者台に乗り、改めて正面の門に向かう。



「やぁ、街に入りたいんだが、何かチェックはあるかい?」


「念のため、荷物の検査を行う、荷台を見ても?」


「ああ、構わない」



 門番の内、一人が荷台を調べ、もう一人が簡単な質問をしてくる。



「名前は?」


「リンツ・バルヴェニー」


「リンツ・バルヴェニー? もしかして君がブラックオーツ盗賊団を壊滅させたあの?」


「話はもう通っているんですね。まぁ、そうです」


「やっぱりそうか! 話は団長から聞いている。荷物の検査が済んだら通っていい」


「どうも」


「報酬の受け取りも本部に行けばいいからな」


「わかりました」


「そちらの連れは?」


「彼女はリッカロッカ。ソルテからの同行者です」


「そうか。君が連れているのなら問題は無いだろう……おい! どうだ?」



 荷物の検査をしているもう一人に声を掛ける門番。



「問題ないが、この巨大な斧は君の獲物か?」


「ああ」


「見た目の割りに随分と怪力なんだな。勁の身体強化か?」


「まぁ、そんなとこですよ」



 荷物の検査も済み、通行許可が出た。リンツはオルクスの住民登録をするにはどこへ行けばいいのか門番に聞いたところ、自警団本部に行けと教えてくれた。本部は街の中心、大聖堂のすぐそばにあるらしい。



「夫婦のフリする必要なかったみたいだな」


「そ、そうですね」



 それもそうだろう。盗賊団壊滅の知らせはソルテから文を飛ばしている。オルクスの自警団に話が通っていても不思議ではない。バルナスのこともあり、妙に警戒してしまっていたリンツは拍子抜けしていた。




「わぁ……大きな街ですね!」


「そうだな。とりあえず宿を探そう。荷物を置かないと」


「そうですね、ちょっと私聞いてきます」


「あ、おい……」



 リンツの静止も聞かず、走っていってしまったリッカ。屋台の店主に話しかけている。手持ち無沙汰のリンツは街を眺めていた。



 門から街の中心へ真っ直ぐ伸びるメインストリート。道の脇には色々な種類の屋台が並び、物を売る威勢の良い声と、肉の焼ける香ばしい香りが漂う。スラムとは違い、中心街は治安はいいらしい。住民たちは皆笑顔だ。見回りの自警団員らしき者に気さくに話しかける住民も見て取れる。武力で押さえつけるようなことはしていないのだろう。住民と自警団の関係も良好なようだ。



「お待たせしました!」



 ぼーっとしていたリンツのもとへリッカが戻ってくる。手には二本串焼きを持っていた。



「どうだった?」


「はい! 馬舎付きになると、ここから二区画程真っ直ぐ進んで右に入ったところに「ボナノッテ」という宿があるみたいですよ!」


「そうか。ありがとう……で、それは?」


「あ、これですか? 屋台の方に貰っちゃいました。どうぞ」



 片方の串をリンツに渡すリッカ。何の肉かはわからないが、大ぶりにカットされた肉が三つ刺さっている。一口かじるとジューシーな肉汁と共に、スパイシーな中にほんのり甘みを感じるタレの味が広がる。



「お、美味い」


「ホントですね! 後でバルナスさん達にも持っていってあげましょうね」


「そうだな」



 肉をかじりながら教えてもらった宿へ向かう二人。着いた宿は三階建ての立派な宿だった。



「……なんか、高そうな宿ですね……」


「……先に自警団本部で報酬受け取った方がいいか……?」



 宿の前で萎縮している二人、中々入れずにいると、一人の若い女性が出てきた。目が合い一瞬沈黙が流れる。女性はローブを着て、馬車を引いている二人を見て旅人だと判断したのだろう。声をかけてくれた。



「こんにちは。旅の方ですか?」


「あ、ああ、こんにちは。ええ、ソルテから」


「まぁ、そうでしたか。宿をお探しで?」


「ええ、屋台の主人にどこか良い宿はないか聞いたところ、こちらを紹介されまして」


「そうだったんですね。申し遅れました。私、ここで働いているアンナと申します」


「ご丁寧にどうも。リンツといいます、こっちはリッカロッカ」


「はじめまして、リッカロッカです」


「はじめまして。ちょっと待っていて下さいね。直ぐに案内します」



 手にゴミ袋を持っていたアンナは宿の裏手に行き、直ぐに戻ってきた。



「お待たせしました。改めて、ようこそボナノッテへ!」



 アンナが扉を開けてくれ、中に入る二人。正面に受付カウンターがあり、中年の男性が笑顔で迎え入れてくれた。



「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」


「はい。しばらく滞在することになると思うのですが、一泊いくらでしょうか?」


「素泊まりですと一泊10ペル。食事付きになりますと18ペルです。五日以上の連泊ですと割引させて頂きますよ」



 モトの砂楼亭よりかはやはり高いが、想像していた料金よりずっと安いことにリンツは安心する。割引に心惹かれたのかとりあえず食事付きで五泊で申し込んだ。最初は二部屋取ろうとしたが、金銭面を考え、仕方なしに一部屋にした。その際、リッカが例のごとく顔を真っ赤にし、直立不動で固まってしまったのは言うまでもない。



「ありがとうございます。それでしたら80ペルになりますが、お支払いはいかがなさいますか?」


「前払いで。あと、馬車があるんですが、そちらの料金は?」


「そちらも連泊でしたらサービスさせて頂きますよ。あとで係りの者に移動させますね」


「助かります。先に荷物を運んでも?」


「構いませんよ。荷物の量はかなりございますか?」


「そうですね。比較的」


「でしたら上の階まで運ぶのも大変でしょう。一階は浴場とレストランになっておりまして、二階と三階が客室ですから二階の部屋をお取りしますね」


「お気遣いありがとうございます」


「アンナ、お前も荷物を運ぶのを手伝って差し上げなさい」


「うん。わかった」



 部屋の鍵を受け取り、アンナと共に三人で荷物を運ぶ。運び終えた後、アンナは「それではごゆっくり」と一言声をかけ部屋を出て行った。



「……よかった。ベッドは二つありますね」


「何を妄想したかは聞かない」


「な、なにも妄想してませんっ!」


「くぁ……っ、さすがに疲れたな」


「そうですね、私もこんな長旅初めてです」



 ベッドに倒れこむリンツ。リッカはもう一つのベッドに腰掛けている。



「とりあえず、少し休憩したら自警団本部に向かうが、リッカはどうする?」


「そうですね、私が行ってもあまりすることはないでしょうから、少し、街を見てまわってみたいと思います」


「そうか、スラムには近づくなよ」


「はい」


「これ、渡しておく」



 金の入った巾着袋をリッカに渡すリンツ。



「え、そんな、いいですよ」


「いいから、派手に使わなければいい」


「じゃあ……」



 巾着を受け取るリッカ。その後、二人は別行動。夕食時に合流することにした。



 一人、オルクスの街を歩くリンツ。自警団本部は大聖堂のそばと教えてもらっていた為、メインストリートに戻る。時間を知らせているのだろうか、大聖堂の鐘が街に鳴り響いていた。



 


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