~心の距離はまだ遠く~
その日の夜。馬車を停め、野営の準備をする五人。焚き火の火はリンツが枯れ草に小さな雷で火をつけ、ヘイゼルとバルナスが集めてきた薪で焚いている。リッカは食事の支度。今日のメニューは先ほど仕留めたブーティーボアの鍋らしい。エイアードは馬のケアをしていた。
ブーティーボアは魔素の侵食の影響で膝から下が鎧のように硬質化した猪の魔獣。その様子がブーツを履いているように見えることからその名がついている。凶暴化と足の硬質化以外は普通の猪と変わりはなく、この世界でも鍋にされることは多い。
「やっぱ女の子の作る料理は違うよな! めっちゃ美味いよ!」
「ふふっ、ありがとうございます……あの、エイアードさん、お口に合いませんでしたか?」
あまり箸の進まないエイアードを心配したリッカが声をかける。
「……いや、そんなことはない」
「ごめんな、リッカちゃん。コイツ、食うの遅いんだよ。食も細ぇし」
「あ、そうなんですね。すいませんでした」
「気にしなくていいって!」
「……それは私が言うべきことだろう」
元々口数の多い男ではないが、やはりリンツに付いて来るのは反対していたのだろう。エイアードはヘイゼルに比べリンツとリッカに対して距離をおいている。と、いうか先日まで殺し合いをしていた相手に対してフランク過ぎるヘイゼルがおかしいのだ。
「食事が済んだら各自休もう。リッカは幌で寝てくれ。俺達四人で交代で見張りってことでいいかな?」
「ああ。できればエイアードはまだ肩が本調子じゃない。先に休ませてやりたいんだが」
「わかった」
「私だけ幌なんて悪いですよ」
「俺達と一緒に外で転がって寝てたらそこのに何されるかわかんないだろ」
「そこの」とはヘイゼルのことだろう。
「お前みたいなムッツリとは違うんだよ、リンツ。寝てる女の子襲うなんてのは俺のポリシーに反する」
「あ? 誰がムッツリだ」
「そうだろ? 俺は女に興味ありませーん。なんて顔してよ。気をつけろよリッカちゃん。こーゆーのこそ頭ん中で何考えてるかわかんねぇぜ」
「……上等だこの野郎」
「なんだ? やんのか? 負けた方が最初の見張りな」
取っ組み合いのケンカを始める二人。バルナスとエイアードは黙々と食事を続け、リッカはリンツの頭の中で自分は何をされているのだろうと想像し顔を赤くしていた。
――夜も更け、それぞれが眠りに付く。最初の見張りは顔を腫らしたヘイゼルだった。焚き火の火を絶やさぬよう、ふて腐れた顔で小枝を投げ込んでいるヘイゼル。
「ヘイゼル、交代だ」
「ダンナ」
ヘイゼルの横に腰を下ろすバルナス。
「……いつ以来だろうな。お前の活きた顔を見るのは」
「は? なんだよそれ」
「リンツとは上手くやれそうか?」
「無理だろうな。馬が合わねぇ」
「そうは見えなかったがな」
焚き火を見つめ、小さく笑うバルナス。
「……すまんな」
「……いいさ。好きでダンナに付いてきてんだ」
「前にも言ったが、お前まで一緒に王都を出ることは無かったんだぞ?」
「前にも言ったけどよ。俺はダンナが無実だって信じてっからな。ダンナ一人追い出されるなんて納得できねぇよ」
「……」
二人の間に沈黙が流れる。しばらく二人は焚き火を見つめ、ヘイゼルは「寝るわ」と一言。
「ああ。ゆっくり休め」
小枝の爆ぜる音だけが聞こえる夜。バルナスは短く刈り上げた髪を撫で、これからの旅に思いを馳せる。
――バルナスが見張りについてからおよそ一時間後
「……どうした。交代はまだだろう。眠れんのか?」
「少し話でもと思ってな。退屈だろ?」
焚き火を挟み、バルナスと向かい合うように座るリンツ
「ソルテに残した奴ら、大丈夫なのか?」
「大丈夫だろう。住民との溝は簡単に埋まるものではないだろうが、あいつらの決意は俺が確認している。もし住民を裏切るようなことをすれば俺が斬りにいくと伝えてあるしな」
「そうじゃなくてさ。そこは俺もさほど心配はしてない」
「どういうことだ?」
「まともな生活に戻ろうとしなかった奴らのことだよ。そいつらが盗賊続けてまたソルテを襲うようなことがあれば、元の仲間と斬りあうことになるかもしれないだろ?」
「それも言ってある。袂を分かてば敵同士。いざという時は殺し合いになる覚悟はしておけとな」
「そうか」
「貴様はどうなんだ?」
「ん?」
「転生者だとわかって、周りから狙われるリスクも自覚しただろう。どこかに隠れて過ごそうとは思わないのか?」
「それもそうだな」
「ならばなぜ自分から危ない橋を渡ろうとする?」
「隠居すんのは全部を知ってからでも遅くないだろ? 記憶もない、なんでこんなとこに飛ばされたのかもわからないで、転生者だとわかったからただ怯えて暮らす、ってのは俺を助けてくれた人達に格好つけて旅立ってきた手前、示しがつかない」
「……やはり馬鹿なんだな、貴様は」
「褒め言葉なんだろ?」
「好きに受け取れ……だが、プライドの為に命を張るってのは、嫌いじゃない」
「そりゃどーも」
「……正直、まだ俺もそうだが、特にエイアードはまだ貴様を信頼したわけじゃない。行動を共にすると決めた以上、俺も目を光らせてはおくが、何かあった時は責任は取れんぞ」
「それはそうだろ。別に俺達は命預けた仲間じゃない。お互いのメリットが重なっただけの同行者だからな」
「……意外とドライだな」
「ただ、リッカのこともある。ドウゲンさんには世話になった。あの人から任された以上、まだ死ねないからな。お宅らのうち誰かが俺を殺そうとするなら全力で抵抗するぜ」
「そうしろ。まぁ、貴様に全力で抵抗されたら死ぬのはこちらだろうがな」
「三人同時にこられたらわからんさ」
「そうは思っていない目だな……彼女には転生者のことは伝えないのか?」
ちらりと幌の方に目をやるバルナス。
「……まだ伝えるべきじゃないと思ってる。リッカにもリスクを背負わせることになりそうだしな」
「それもそうか」
「……そろそろ時間じゃないか? 少し休めよ」
「……そうさせてもらおう」
焚き火から少し離れ、横になるバルナス。辺りには魔獣の気配は無く、月明かりと焚き火だけが彼らを薄く照らす。夜はまだ長い。
――――――――――――
「これ、んめぇな!」
次の日も馬車はオルクスへ向け走る。時刻は丁度昼頃。リッカの作ってきておいたソルテ焼きを皆で食べている。今日はバルナスが御者台。ヘイゼルがゴネにゴネてこうなった。
「まだたくさんありますからね」
「甘いのない?」
「かぼちゃの餡をいれたのならありますよ。エイアードさんもいかがですか?」
「……頂こう」
普段あまり表情を変えないエイアードだが、かぼちゃ餡のソルテ焼きを一口食べたときは珍しく少し驚いた顔をしていた。あっという間に食べ終え、ちらりとリッカのほうを見る。
「おかわり、ありますよ?」
「……頂こう」
「欲しいならちゃんと言えよエイアード。リッカちゃん、俺にももう一個ちょーだい」
「お前は食いすぎなんだよヘイゼル。まだオルクスまでは長いんだ。食料の計算くらいしろ」
「うるせぇよリンツ。お前だってもう三つ食ってんじゃんか」
また口喧嘩を始める二人。
「もう……喧嘩する人にはあげませんよ?」
「リンツ、俺、お前とは一生親友でいたいと思ってる」
「うるせぇよ」
「……食事くらい黙ってできないのか」
今日も幌の中は賑やかだ。バルナスは御者台で「俺も分も残しておけよ……」と一人ごちていた。
食事を終え、二時間程馬車を走らせたところで休憩を挟む五人。ヘイゼルは草原に寝そべり伸びを、バルナスとリッカは馬のケア。エイアードは幌の中で銃の手入れをしている。
「よう」
「……なんだ」
「肩の具合はどうだ?」
「……どこぞの勁士が随分と深く刺してくれたんでな。まだ万全じゃない」
「悪かったよ……飲むか?」
木製のカップを差し出すリンツ。
「……これは?」
「セルバ茶だ。好きなんだよ、俺」
無言でカップを受け取るエイアード。
「……貴様と趣味が合うのは気分が悪いな」
「なんだ、エイアードも好きなのか」
「気安く呼ぶな。私はまだ貴様を仲間として認めていない」
「あ、そ」
一口だけ口をつけ、脇にカップを置き改めて銃の手入れに戻るエイアード。リンツはその様子を眺めていた。
「……まだ何か用か」
「いつだかヘイゼルが言ってた戦技大会ってのはいつ頃なんだ?」
「……毎年夏に各大陸で予選が行われる。あと三ヶ月程だろう」
「それまではオルクスで足止めか」
「……そうなるな」
「それに出ないでアマテには行けないのか?」
「……貴様達はオルクスからの直行便でアマテに渡ればいいだろう」
「お前らはそうもいかないのか?」
「……そうだな」
「船に乗れない事情でもあんのか?」
「……それは私の口から言うことではない」
「面倒な事情がありそうだな」
「……」
「まぁ、お前らもアマテに連れて行くってことで同行してもらってんだし、何か事情があるなら付き合うぜ」
「……余計なお世話だ」
「と、なるとオルクスに滞在している間の金の工面が必要か。自警団にでも入るか?」
「……俺の言葉は無視か……俺達は自警団には入らない、というか入れない」
「そこもお前らの事情が絡んでくるわけか」
「……そうだ」
「入らないんじゃなく、入れないんならフリーの仕事も回して貰いずらいんだろうな」
「……恐らくな」
「どうにかして金を稼がなきゃならんか……」
「……なぜ、貴様がそんな心配をする」
「アマテまでとはいえ、仮にもパーティだからな。そこら辺はお前ももう少し歩み寄ってくれると助かるんだが」
ここで初めて銃からリンツへちらりと視線を移すエイアード。しばらく無言でリンツを見つめると
「……善処する」
と、また銃に視線を戻す。話を終えたリンツは自分のカップを持ち幌を出る。眠たくなってきたのかあくびをしながら伸びをし、体のコリをほぐす。オルクスまでの道のりはまだ遠い。ヘイゼルは完全に熟睡していた。