~石と意思~
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荷物を引きずりながらソルテへの帰路を進むリンツ。身体強化してはいるものの、かなり重い。シンクホールの階段を上る際には、一瞬荷物を置いていってしまおうかとも考えた。
やっとの思いでソルテとオルクスを結ぶ街道へ戻り、一旦休憩を取る。荷物に背を預けながら、流れる雲を見つめ、先ほどバルナスに聞いた話を思い返す。
(転生、ね……記憶が無いんじゃ転生したなんて実感ねぇな)
戦闘後のせいか、小腹が空いたリンツは荷物からパンを取り出す。先ほどバルナス達のアジトからくすねてきたものだ。
「硬って……」
かっぱらってきたパンに愚痴をこぼし、顎を疲れさせながらも咀嚼する。
(転生なんてして、天恵だの特一属性だのって力与えられても他のヒューマンに食われるかもしれないって……そりゃただの生贄だ……しかも記憶まで無いんじゃ自分が転生したこともわからんだろ、そんな中でうっかり力使ったら周りに転生者だってバレて速攻でモグモグだろうが、転生させた奴はとんだ鬼畜だな)
トゥリアーナに拾われたリンツは幸運だったのだろう。転生した場所は不運だったが。
(そういや、俺がこの世界で気付いた時はパンツにTシャツだったか。あれも恐らくトゥリアーナが処分してくれたんだろうな)
転生者について考えながら、改めてトゥリアーナに感謝するリンツ。それでも、トゥリアーナがなぜ自分が転生者だということを教えてくれなかったのかはわからなかった。
その内、気持ちのいい風と、疲れからか眠ってしまったリンツ。先ほど、転生者が捕食される話を聞いておいてなぜこんなに無防備でいられるのか。
「……おい……ちゃん」
誰かが自分を呼ぶ声がする。
「おい……引くぞ、おい」
男の声だ。できることなら起こしてくれるのは美女がいい。
「おい! あんちゃん! 風邪引くぞ! おい!」
「……ん」
目を覚ましたリンツ。そこには自分の顔を覗き込むおっさん。
「こんなとこで寝る奴があるかぁ。あぶねぇべ。魔獣にでも食われたらどすんだ」
「……あぁ。すいません、つい……」
「そんなでっけぇ荷物もってどこさ行くのよ」
「ソルテへ向かう途中です」
「あんだ、オラの村か。したらば乗ってくか?」
「え?」
どうやら男はソルテからオルクスへ行商に向かった帰りらしい。傍に馬車を停めていた。これ以上重い荷物を引きずりたくないリンツは甘えることにした。
「いや~、最近ここらで盗賊出るもんでよ。冷や冷やしながらきてたんだ。そしたらあんちゃん見かけてな。最初盗賊かと思ったんだけどよ。なんか身なりもちゃんとしてるしあんまり盗賊っぽくもねぇから声掛けたのよ」
「すいません、助かりました」
「して、そんな荷物持ってなんでソルテさ向かってんのよ」
「盗賊に奪われたもの返しに」
「はぁ? 嘘言っちゃいけねぇよ。ほんだら、あんちゃんが盗賊やっつけて奪い返してきたみたいでねか」
「まぁ、盗賊やっつけて奪い返してきたんです」
「あっはっはっはっはっはっ!!! おんもしれぇな、あんちゃん!」
(なんでバルナスといい、この人といい、こっちが真面目に話してんのに笑うんだ?)
「一人で盗賊団やっつけたってか? そりゃあまりにもだわ! あっはっはっ」
「あはは……」
と、そこで馬が急に足を止める。
「ん? なんだべ……」
リンツが目を凝らすと、前方に魔獣らしきものが三体。二足歩行のナマケモノのような魔獣だった。
「魔獣、ですかね」
「あやや、困ったな。あんちゃん、悪ぃんだけどちょっと迂回するわ」
「いえ、俺が駆除しますよ」
と、馬車を飛び降りていくリンツ。商人が止めようと声をかけようとした時には既に遥か前方にいた。
ものの三十秒程度で戻ってきたリンツ。手には首を一突きで仕留められた魔獣が一匹。
「すいません。お待たせしました……それで、これ金になりますかね?」
ブレないリンツ。知らない魔獣を狩った後は常に金になるかを考える。
「ポルヴォーラだの。毛皮が売れるで。状態もいいし、綺麗に剥げば中々の値段で売れるんでねか?」
「そうですか。じゃあ、もう少し待ってて下さい」
と、また馬車を離れ直ぐに戻ってくるリンツ。もう二体も回収してきた。
「差し上げますよ。乗せてもらったお礼です」
「いいんか? いや~悪ぃからあんちゃんに一体はやるで」
「じゃあ、遠慮なく。直ぐに剥いだほうがいいですかね?」
「そうだの。状態が良いうちに剥いだほうがええな」
「それじゃ早速」
と、腰につけていたナイフを手にテキパキと毛皮を剥いでいくリンツ。
「ほ~、手際がええの~、どっかで習ったんか?」
「ま、そんなとこです……さて、と。終わりました。肉はどうします?」
「脂もなくて美味くねぇからな、置いとけば魔素も抜けて、鳥かなんかの食料になるべ」
「わかりました。じゃあ、放置で」
皮を剥いだポルヴォーラの亡骸をその場に放置、のどかな街道には全くもって似つかわしくない風景だ。
その後は魔獣に遭うこともなく、馬車は進む。
「……にしても兄ちゃん随分と強ぇんだなぁ。いくら五級のポルヴォーラだってあんなに早く狩れねぇで」
「そうですか? さほど動きも早くなかったですからね。簡単でしたよ」
「盗賊団潰したってのも案外嘘じゃねぇのかもなぁ」
商人は未だ疑っているらしい。
「アレだったら幌で少し寝ててもええぞ?」
「そうですか? じゃあ遠慮なく。何かあったら起こしてください」
「おう、頼むわ。いや~丁度ええ護衛さんがいて助かるわ」
幌で荷物に埋もれながら横になるリンツ。春めいた気温と規則的な馬車の揺れで直ぐに彼は眠りに落ちた。
『……ふーん。そんな感じだ? まぁ、いいんじゃない?』
――あの女の声がする
『ホントにこれでいいの? 修正できないからね?』
――見た目は、12、3才くらいか? プラチナブロンドの髪をツインテールにした活発なイメージの女の子だが、やけに声は大人びている
『じゃあ、見た目はけってーい。次はアナタの特殊能力を決めまーす』
――真っ白なローブをはためかせ、その女は両手を上に上げると、勢いよく振り下ろす。すると真っ白な空間に突然巨大なスロットマシーンが
『さすがに能力までは自由に、とはいかないからねー。ここは自分の運を信じてくださーい』
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ゆっくりと目を開けるリンツ。幌を覆う布の隙間から星が見えた。どうやら夜らしい。三度目のあの夢。自分が転生者なのだと理解し始めてきたリンツは、あの夢が自分がこの世界に転生する際の出来事なんだろうと感じていた。
「すいません、寝すぎました」
「いんや、構わねぇよ。オラもここらで今日は休もうかと思ってたとこだ」
「そうですか。じゃあ俺が見張りますからゆっくり休んでください」
「ありがとなあ。簡単なものしかねぇけど、メシにすっべ」
そう言って商人は馬車を止め、幌から食料を取り出した。パンにベーコンを挟んだだけのサンドイッチと、焚き火で暖めたジャガイモのスープを腹に収めた二人。その後、商人は直ぐに寝てしまった。
その後、馬車は順調に進み、ソルテが見えてきた。
「いや~、助かったわ~。兄ちゃんが途中の魔獣もやっつけてくれたお陰で迂回しなくて済んだからな。思ったより早く帰ってこれたわ」
「こちらこそ助かりました」
村の入り口で馬車を停め、降りる二人。すると、大きな袋を担いだリンツに気付いたのか、村民が集まってきた。
「おい、兄ちゃん、まさかそれ……」
「ああ、取り返してきたよ」
「おいおい……本当にやっちまいやがった……おおーい! みんなぁー! この兄ちゃん、本当に一人で盗賊団潰しちまった!」
村民の一人が村中に聞こえるような大声で報告すると、そこら中で歓声が上がる。結局最後まで疑っていた商人もやっとリンツが本当に盗賊団を潰したのだと理解する
「はぁ~……まさか本当に兄ちゃんが盗賊団やっつけたのか。いや、疑って悪かったなぁ」
「構いませんよ。普通、信じませんって」
そこへ、リッカロッカとドウゲンがやってきた。
「リンツさん!」
「リッカロッカ。戻ったよ」
「怪我はないですか? お腹減ってません? 途中魔獣に襲われたりしませんでしたか? あ、あと……えーと、怪我はないですか?」
「あぁ、いや、うん。大丈夫だよ。怪我はないし、腹も減ってない。魔獣にも途中襲われたけど問題なかったし、怪我はない」
まくし立ててきたリッカロッカにタジタジになりながら答えるリンツ。
「本当に物資を取り返してきてくれるとは……流石リンツ殿ですな」
「ドウゲンさん。ご心配をおかけしました」
「いやいや、ワシは心配なぞせんでしたよ。リンツ殿ならきっとやり遂げると信じておりました。ただリッカはリンツ殿が出発してからずっとソワソワしておりましたがな」
「えっ!? いや、私は、その……」
顔を赤くし、急に勢いがなくなるリッカロッカ。
「そうか……心配かけたな」
「……ほんとですよ……」
「さて、奴らのアジトにあったのはこの袋の中身だけなんだ。既に金に変えられてるものもあるだろうが、勘弁してくれ」
集まってきていた村民に結果を報告するリンツ。周りからは「十分だ」 「気にするな」 「よくやってくれた」といった労いの言葉がかけられた。
「お疲れでしょう、リンツ殿。疲れが癒えるまでまたウチに泊まっていくといい」
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」
物資を分配する村民をよそに、リンツとドウゲン、リッカロッカは家に戻る。オルクスへの報告は文を出しておいてくれるらしい。
その日は久しぶりにリッカロッカの手料理をたらふく食べ、そのまま居間で寝てしまったリンツ。朝起きたときには毛布がかけられていた。その日の昼頃――
「おい! リンツさん! どういうことだありゃあ!」
村の男が突然ドウゲンの家にやってきた。
「なんじゃ、挨拶もせずに」
「お、ああ、すまねぇ、ドウゲンさん……でもよ!」
「どうかしましたか?」
「どうもこうもねぇよリンツさん! 村の入り口にいかつい男達がやってきて「リンツ・バルヴェニーをだせ」って凄んでんだ! 盗賊団が報復に来たんじゃねぇのか!?」
恐らくバルナス達のことだろう。リンツは「すぐに行く」と身支度を整えた。
「……よう、随分と人数が減ったか?」
「ああ、やはり今更真っ当な生活には戻れないという奴らもいてな」
村の入り口でバルナスに声をかけるリンツ。遠めで様子を窺う住民の目に不安の色が浮かぶ。リンツが盗賊団を壊滅させたのは嘘で、盗賊と手を組み村を潰すつもりではないのだろうかと思っているのだろう。警備の自警団もいつでも剣を抜けるようにしており、緊張感があたりを支配する。
「そうか、で、ここに来たってことは腹は決まったんだろ?」
「ああ」
とバルナス、ヘイゼル、エイアードを先頭に、他十人程の盗賊団が一斉に片膝を付き頭を下げる。
「我ら、ブラックオーツ盗賊団は解散。これよりリンツ・バルヴェニーのもとにつく」
「よろしく頼むよ」
リンツはバルナスへ近寄り、耳打ちする。
「……これから何をされても手を出すなよ」
「わかっている。覚悟の上だ」
住民も、自警団も何が起こったのか理解が追いついていなかった。突然やってきた盗賊団が村の英雄に頭を下げ、傅いているのだ。その場にいるリンツとバルナス達以外の者の頭に「?」が浮かんでいる。
「……と、いうわけなんだ。こいつらはもう盗賊じゃない。できればこの村で働かせてやって欲しい」
住民の方へ振り返り、この元盗賊達を村で受け入れてやって欲しいと頼むリンツ。ざわつきは静かに、しかし一斉に広がり
「……ふ、ふざけんな! 俺達がどれだけそいつらに被害を受けたかわかってて言ってるのか!」
「そうだ! いくらこの村の英雄だからってそれは聞けねぇ!」
住民たちの野次や暴言は止まらない。それもそうだ。これまで自分達の財産を奪ってきた盗賊が改心したから仲良くしようぜ、などとは虫が良すぎる話だろう。納得しろと言う方が無理だ。
「帰れ! 虫けら以下の畜生共!」
と、住民の一人が石を投げる。それからは堰を切ったように住民たちから石や土団子、卵などが投げつけられる。その内、一つの石がバルナスの頭に当たった。彼の頭からは血が流れ、ポタポタと地面に落ちる。ヘイゼルやエイアードも同様。もちろんリンツにも当たっていたが、リンツを含め全員がガードする素振りすら見せず、じっと耐えていた。
自警団達は暴動を抑えようと必死に住民達を窘めているが非難の声と、投げつけられる物の雨は止まらない。しかし、全く反撃も言い逃れもしない盗賊達にある種の不気味さを感じたのか、少しずつ勢いは弱まっていった。そして、宙を舞う石の雨と、非難の声が止み、辺りが静まり返った頃
「……気は済んだか?」
リンツは低く、静かに言う。
「……確かに、こいつらはアンタ達の生活を脅かした。それは変えられない事実だろう。それでもせめてもの罪滅ぼしにとこうして頭を下げ、投げつけられる石をじっと耐えた」
住民も自警団も黙ってリンツの言葉を聞く。
「この話を持ちかけたのは俺だ。この村には若い奴がほとんどいない。行商の際に護衛をつける余裕もない。だからだ。こいつらがいれば、麦を刈る力仕事もはかどる。勁を使える奴がほとんどだから行商の護衛にもなる。下手すりゃオルクスから自警団を派遣してもらわなくてもいいかもしれない。お互いに歩み寄りさえすれば、ウィンウィンじゃないのか?」
「……でも、そいつらを受け入れたとして、いつかまた俺達を裏切ったら……」
「今のこいつらを見てそう思うのか?」
泥に塗れ、血を流しつつも、頭を下げたままのバルナス達。
「……」
「元々はこの人数の倍はいたんだよ。ここに来なかった奴はやはり真っ当な生活には戻れないと蹴った奴だ。今、ここで膝付いて、頭下げてる奴らは本気で人生やり直そうとしてる」
何も言い返さずにリンツの話を聞く住民達。
「今、アンタ達がこいつらに投げるのは石じゃない。言葉だ。これから共に歩んでいこうという意思だ!」
元盗賊の数人は泣いていた。と、そこへ
「助かりますなぁ。孫娘に薬草の採取を頼むのは心苦しゅうてならんところでした」
「ド、ドウゲンのじいさん……まさか、こいつら受け入れるってんじゃ……」
住民を掻き分け、ドウゲンが前に出る。ドウゲンはゆっくりとバルナス達に近づき
「どなたか薬師に興味のある方はおるかの?」
と頭を下げたままの元盗賊達に声をかける。そして
「お、俺、親が薬師だったんだ……薬草の知識も少しなら……」
と、一人が頭を上げる。
「ほっほっほっ、そうですか。しばらくは無給ですが、手伝ってもらえるかの?」
「……お、俺でよければ……!」
「ついでにマッサージも頼もうかの。何分、ウチの孫娘は非力でのう。肩揉んでくれるのはいいんじゃが、全く凝りが取れんのですわ」
「……はい! はい! なんでもやります!」
「そうかそうか。ワシはドウゲン。この村唯一の薬師じゃ。よろしくの」
と、頭を上げた元盗賊の若い男に手を差し伸べるドウゲン。男は泣きながら服で何度も自分の掌をこすり、ドウゲンと握手した。その様子をじっと見つめるリンツ。と、視界の端に銀の影を捉える。
「大丈夫ですか?」
バルナスにハンカチを渡すリッカロッカだった。
「……すまない」
「いいんです……もう、みなさん盗賊じゃないんですよね?」
「ああ……俺達は二度と、盗賊には戻らない」
「……なら、いいです……みなさん! 私は! 少なくとも私とおじいちゃんは! この人たちを受け入れます!」
住民達に精一杯の声で意思を伝えるリッカロッカ。その様子に感化されたのか、少しずつ他の住民達も近寄ってきた。
「麦の収穫は大変だぞ」 「行商の護衛頼んでもいいのか?」と住民達はバルナス達に声をかける。リンツはもう安心だろうと小さく笑った。
「とにかく、みなさんまずは私の家へ来てください! 傷の手当をします!」
バルナス達を先導し、村の中へ招き入れるリッカロッカ。後ろに大勢の男を引き連れたその様はまるでドラクロワの絵画 「民衆を導く自由の女神」のようだった。
リンツ・バルヴェニーという流れ者に雷で貫かれ改心し、リッカロッカという銀色の女神に許された元盗賊たちがその後、村に貢献し、ソルテの小麦はブランド化、村から町へと発展しソルテ初の自分達で発足した自警団の元になったのはまだもう少し未来の話。