~窮鼠獣を噛む~
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穴を出て真っ直ぐ廃教会に向かうリンツ。盗賊の気配は無い。辺りに何人か見張りがいてもおかしくはないのだが、一向に襲われる様子が無いため、気付かれている可能性も考慮しつつ堂々とアジトへ歩みを進めていく。
廃教会に着いたリンツ。崩れた石の塀を横目に通り過ぎ、庭に足を踏み入れたところで入り口の前でしゃがみこむ若い男と目が合った。先ほどヘイゼルと呼ばれていた男だ。ヘイゼルは面倒くさそうに立ち上がり、首をコキコキと鳴らしながらこちらに近づいてくる。
「よぉ、いらっしゃい。お一人様か?」
「ああ」
「悪ぃんだけど、ウチは高級店でさ。ボディチェックがあるんだわ」
と、ぞろぞろと盗賊団の構成員たちが教会から出てくる。
「ウチのボディチェック、ちょっと手荒いからさ。五体満足で帰れると思わない方がいいぜー」
下卑た笑みを浮かべ、いかにもな悪党面をしながら各々武器を手にリンツに近づいてくる構成員達。
「じゃ、お前ら、あとよろしくー。丁重にもてなしてやってー」
ヘイゼルは後ろを振り向き、教会の中へ戻ろうとする。構成員達は一斉にリンツに襲い掛かってきた。
構成員達はざっと見て20人弱、雑魚とはいえ、流石にリンツもキツイ。トゥリアーナには極力外氣勁は使わない方がいいと言われていたが、今回は仕方がないだろうと判断したリンツは、震脚の要領で思い切り地面を踏みつける。
教会に戻り、もう一眠りしようとしていたヘイゼルは後ろで短い悲鳴と共に複数の人が倒れこむ音を聞き振り返る。そこにはあれだけいた構成員達が全員気絶していた。
「……ボディチェックは済んだみたいだな。席へ案内してくれないか?」
只者ではない雰囲気を察したのか、ヘイゼルはニヤリと笑い
「……あの世でよけりゃ案内してやるよ!」
と、およそ10メートルの距離を跳躍しながら殴りかかってきた。
リンツが構成員達を一瞬で戦闘不能にし、ヘイゼルと交戦を始めた頃、教会2階
「……バルナス」
「どうした?」
「……まずいことになった」
「……かなりのやり手か?」
「……ああ。どうやったかはわからないが、構成員たちが全滅した」
「何?」
「……一撃でやられた」
「どういうことだ」
「……恐らくは外氣勁だろうが、どの属性かはわからない。奴が地面を踏み抜いたと思ったら全員が気絶した」
「ヘイゼルは?」
「……今のところは優勢のように見えるが、決定打は与えていない」
「わかった。俺も出る。エイアードは狙撃ポイントへ。いつでも撃てる準備をしておけ」
「……了解」
エイアードは狙撃手なのだろう、長銃を持ち部屋を出て行った。
場面はリンツとヘイゼルに戻り
「オラァ!」
ヘイゼルの上段回し蹴りをガードするリンツ。相当な勁が込められているのかかなり重く、身体強化していなければリンツの腕は粉々に砕けているだろう。更にヘイゼルは手首のあたりから肘に掛けて刃のついた手甲を装備しており、生身で攻撃すればガードされた途端に刃の餌食になる。必然的にリンツは槍のみでの攻撃しかできないでいる。
ヘイゼルの後ろに回り込むか、ガードが追いつかないスピードで攻撃すればいいのだろうが、どうにも隙が無い。ヘイゼルは典型的なインファイター。槍の間合いの内側で常に連続攻撃を仕掛けてきており、型らしき型がない。本能のままに攻撃を繰り出すケンカスタイルのヘイゼルにリンツはやり辛さを感じていた。
「なんだぁ!? 雑魚20人一瞬で蹴散らせても俺一人は殺れねぇか!」
一旦、ヘイゼルとの距離をとるリンツ。彼は槍を置いた。
「お? なに? 諦めた?」
「いや、やり方を変えようと思ってな。この際出し惜しみは無しで」
「……随分ナメられてんなぁ、俺。手加減してるって?」
「まぁ、そんなとこだ」
「フザケてんじゃねぇぞ、クソが。やり方変えるだ? やれるもんならやってみろよ」
「じゃあ、遠慮なく」
腰を落とし、左手を前に突き出し、右手を手刀の形で引く。
「……ガードは今からしておけよ」
「は?」
グッ、とリンツが踏み込んだ瞬間にヘイゼルは反応し、ボクサーのように両肘をぴったりと合わせガードの体勢を取る。視界からリンツが消えたと思った時にはガードしていた両腕の隙間を勁で強化されたリンツの手刀が無理やりにこじ開け、胸を突かれていた。
「がッ……!」
吹っ飛ばされ、教会の壁に叩きつけられるヘイゼル。リンツはオウガベア戦で覚醒した時のように雷を身に纏い、超スピードの突きを食らわせた。槍でこれを使うと槍自身が勁に耐え切れず壊れてしまう。トゥリアーナに借りた槍を一度これで壊してひどく彼女の機嫌を損ねてから、外氣勁を纏った技を使うときは槍を使わないようにしている。意外にリンツの特一属性は使い勝手が悪い。
止めを刺そうとヘイゼルに近づこうとしたリンツは強烈な殺気を感じ、置いた槍のもとへ飛び退く。
リンツが飛び退いたと同時に教会の2階の窓が割れ、バルナスが巨大な戦斧を振り下ろし、飛び降りてきた。
バルナスが降り立った所には小さなクレーターができていた。それだけでも彼の一撃が相当な威力を秘めていることが窺える。 彼の獲物は身の丈程の巨大な戦斧。長い柄の先には半月状の刃が二つ。2メートルを超す大男と同サイズの斧は重量も半端ではなく、一撃でも食らえばミンチだろう。
「ヘイゼル。無事か?」
「旦那……なんとかな……しばらくは動けそうもねぇけど……」
「……後は任せろ」
「……悪ぃ、旦那。アイツ、恐らく特一持ちだわ」
「転生者、か?」
「捕食者か……どっちかは、わかんねぇけどな……アイツの一撃食らってから、体が痺れて動けねぇ……」
「なるほど、電撃の類か」
「俺がなんだって?」
飛び降りてきてからこちらを見向きもしないバルナスにリンツは声をかける。初めてバルナスはリンツに視線を向けた。
「貴様、転生者か?」
「は?」
「転生者かと聞いている」
「そんな言葉聞くのも初めてだよ」
「ならば質問を変えよう。貴様、人の肉を食ったことは?」
「流石にそこまで飢えてないな」
「ならば転生者とみなす」
と、言い終わると同時に突進してくるバルナス。超重量の斧を担いでいるとは思えないスピードだ。
ガードをしてもかなりの衝撃がくるだろうと判断したリンツは避けに徹することにした。
「ぬぅうああ!!」
裂帛の気合と共に的確にリンツの首を狙い戦斧を横薙ぎに振るうバルナス。姿勢を低くかわしたリンツはそのままバルナスの懐にもぐりこもうとする。あれだけの大きさと重量の斧だ。一撃の後は必ず隙が出る。
が、バルナスは素早く斧の柄を短く持ち直し返しの一撃を放ってくる。狙いはもちろん懐に入ってきたリンツの脳天だ。
「くっ……!」
間一髪横に転がり難を逃れたリンツだが、バルナスの猛攻は止まらない。柄を長く短く持ち替えながらリーチを自在に操り、上に振り上げたと思ったら石突を蹴り上げ直ぐに振り下ろしてくる。とても巨大な斧を使っているとは思えない連続攻撃。リンツも流石に反撃できないでいた。
それもそうだろう。ここまでリンツが相手にしてきたのは主に魔獣。群れで行動する種族の連携等はあれど、単体でここまで自在に攻撃を繰り出してくる者はおらず、訓練も槍使いのトゥリアーナとだけ。天恵で勁と武術を体得したものの、リンツには対勁士の経験が圧倒的に少ない。
「斧使いとの戦い方」を天恵で習得していれば難なく倒せていたのかもしれないが、リンツの孤一冥鑽はその物を手にするか、一度体験しなければ習得はできない。斧使いとの戦闘は初めてだった。
「くっ……そ!」
「どうした? 避けてばかりか? 特一属性は使わんのか?」
「……」
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺がこの盗賊団の頭領、バルナスだ」
「じゃあ、アンタを倒せば壊滅ってことだ」
「……できれば、の話だがな。ふんっ!」
疲れを微塵も見せないバルナス。更に猛攻は続く。
「俺が特一属性持ちだってのはバレてるみたいだしな……」
槍を背中のホルダーに収め、外氣勁を発動、体術に切り替えたリンツも反撃に出る。
アルベニス流連槍術の極意は槍術に非ず。その真髄は体術にある。槍はその功夫をベースにした体術のリーチを伸ばすための腕の延長に過ぎない。但し、体術の際の邪魔にならないギリギリの長さがアルベニス流の短槍である。
勁で極端に強化された手刀こそがアルベニスの本来の槍と言っても過言ではない。その為、アルベニス流は「双槍術」ではなく「連槍術」 短槍と手刀、いや手槍の四連槍なのだ。
リンツとバルナス、お互いの猛攻は続く、バルナスもヘイゼルから聞いていたリンツの外氣勁を警戒し、ガードはせずに避けに徹する。一撃でも食らえば電撃の餌食、痺れで体が硬直すれば命取りだとわかっている。
「どうした? お宅も随分と臆病になったみたいだな」
「ほざけ!」
バルナスは斧の面を叩きつけるように横に振る。叩き切るだけではなく、こうして叩きつける鈍器のようにも使えるところが斧の特性だろう。
リンツはフワリとバック宙し、強烈な風圧と共に襲い来る斧の壁をかわす。地面に降り立つ瞬間、彼は先ほど構成員達に使ったように地面を強く踏みつける。自身の属性で地電流に干渉、増幅させ、相手の足元から雷を「昇らせた」
「ぐぅっ!?」
リンツの身に纏っている雷のみを警戒していたバルナスは突然の足元からの電撃に反応できず体を硬直させた。その隙を見てリンツは勝負を決めようと距離を詰める。
止めの一撃を食らわせようと手の平に雷を溜め、掌底を叩き込もうとしたが、バルナスの視線が左に向いていることに気付く。手の雷を解除、素早く片方の槍を抜き、バルナスの視線の方向へ投擲。
投擲した先には狙撃のチャンスを窺い、教会から十数メートル離れた木の上にいたエイアードが。彼の左肩には深々と槍が刺さっていた。
未だ硬直の解けないバルナスの胸へ思い切り勁を込めた回し蹴りを放つリンツ。その巨体はまるで石ころを蹴ったかのように吹っ飛び、教会を囲う石壁に激突した。
倒れこみ、ピクリともしないバルナスをよそに、リンツは投擲した槍の元へ。槍が刺さった衝撃で木から落ちたのだろうエイアードは肩を抑えながらリンツを睨み付けていた。
「悪いな。それ、返してもらうぜ」
「うぐっ!」
エイアードの肩から槍を引き抜く。エイアードは背中を向け歩き出すリンツに向け、右腕一本で長銃を何とか構え、震える照準で撃とうとする。
「やめておいた方がいい。多分、当たらない」
こちらを一瞥もせず、背中を向けたまま言い放ったリンツを未だ睨み付けたまま、エイアードはゆっくりと銃を降ろした。