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S R.I.P.  作者: 棚河 憩
二章
13/37

~鼠は進む~


――――――――――――



 三日後、自警団の男がドウゲンの家を訪ねてきた。



「リンツ・バルヴェニーはいるか?」


「オルクスから連絡がきたのか?」


「ああ、団長から依頼受注の許可が出た」


「そうか。いつ決行だ?」


「その前に、お前、まだオルクスでフリーランス登録を行っていないだろう?」


「ああ」


「未登録の勁士である為に、正式な受注とはいかない。成功時の報酬は通常の半額、更に怪我や死亡時の保障もなし。それでいいなら決行時期はそちらに任せる、囮の商人をこちらによこせとのことだ」


「なんだ、あっちから送ってくれるんじゃないのか?」


「奴らは盗賊の分際で中々頭が切れる。どこで監視しているかわからん以上、ソルテから商人が出発したところからカモフラージュした方がいいとのことだ」


「なるほどね。じゃあ、お宅が商人のフリしてくれないか?」


「なんで俺が」


「商人を囮にすることに難色示したのはお宅だろ? 途中魔獣に襲われる可能性も考慮して自警団員がやってくれた方がいいと思うんだが」


「俺の仕事はこの村の警護だ。正式なフリーランサーでもない貴様の手伝いをする筋合いはない」


「……わかったよ。じゃあこうしよう。成功時の報酬はアンタにやる」


「……中々世の中の渡り方を知っているな」


「決まりだな。いつ行く?」


「すぐにでも」


「OK。じゃあ商人に服を借りてこよう……ドウゲンさん、リッカロッカ、ちょっと出てくる」



 ドウゲンとリッカロッカに声をかけ、自警団員と共に商人の家へ向かうリンツ。直ぐに商人は服を貸してくれ、小麦を積んだ馬車に乗り、自警団員はオルクスへと向かっていった。



 オルクスまではソルテから馬車に乗りおよそ一週間弱、リンツは自警団員の男と打ち合わせし、十日後にオルクスを出発してもらうことにしておいた。随分とドウゲンの家に世話になることになってしまったが、ドウゲンとリッカロッカは嫌な顔一つせず滞在させてくれた。



 ――――――そして十日後



「さて、それじゃ行って来るよ」


「本当に無理はしないで下さいね」


「リンツ殿、くれぐれも気をつけるんじゃぞ」


「大丈夫、きっと帰ってくるよ」



 二人に見送られ村を出たリンツ。事前に商人に話を聞いたところ、盗賊が襲ってくるのはオルクスからもソルテからも目視できず、救援が追いつかない街と村の中間地点が多いとのこと。これから途中休憩を挟みながら勁を使って全力疾走しておよそ三日程の地点でリンツは待ち伏せすることにした。



 この南西大陸はセルフォール(穴ぼこの大地)地方とも呼ばれており、地盤に問題があるのか大小様々な大きさのシンクホールが大陸中の至るところにある。リンツが走り続けて三日後に着いた地点にも小さなシンクホールがあり、その中でリンツは監視することにした。



 周辺には大きな岩がいくつも転がっており、盗賊が隠れて馬車を狙うにも絶好の立地だった。

村で商人に盗賊に会わないよう迂回して帰ってはこれないのかを聞いていたが、盗賊も毎度襲ってくるわけではないらしく、更に積荷に加えて一週間分の食料まで積むと馬の負担が大きく、休憩も多く挟まなければならない、旅が長くなればその分魔獣との遭遇率も上がる為、最短ルートで往復するしかないのだと言っていた。



 望遠鏡を持っていないリンツはある程度の勁を目に集中させ、視力を上げる。全ての勁を目に回し、いざというときに勁が切れることを懸念したリンツは、せいぜい二百メートル程を視認できる程度に抑えておいた。



 しばらくするとリンツの読みは当たったのか、一台の馬車がソルテ方面に向かってくるのが見えた。

御者台に乗っている男を見る限り、囮になってくれた彼で間違いないようだ。


 

 走る馬車を眺めていたリンツだったが、一向に盗賊が出てくる気配はない。今回は失敗か……と諦めかけたその時、異変は起きた。岩の陰から五人程の人影が飛び出してきたのだ。


 明らかに盗賊、彼らは御者台の商人(仮)を気絶させようとしたが、賄賂を受け取るような腐った男でもやはり自警団員、それなりに訓練は積んでいるのだろう。一発では気絶することはなかった。が、カモフラージュする為に普段の剣は持たず、護身用の小さなナイフしか持っていなかったことが仇になり、一人の盗賊に応戦している間にもう一人に後頭部を殴られあえなく撃沈。



 襲われて興奮しているのだろう。暴れる馬に一人の盗賊が何か針のようなものを刺すと馬は急に倒れこんだ。麻酔か何かだろう。抵抗するものがいなくなった馬車の荷台を盗賊たちは漁っている。



 せっせと積荷を奪う盗賊達だったが、突然その内の一人が倒れた。もちろんやったのはリンツ。シンクホールから飛び出し、勁力全開で一瞬で馬車のもとに辿り着き、朱月の柄で盗賊の後頭部を一撃。何もわからないまま盗賊の一人は意識を失った。



「なんだテメェ!」



 一瞬で戦闘態勢に入る盗賊達、積荷を漁りながら周辺の警戒は怠ってはいなかったが、どこにいたかもわからず、一瞬で一人を戦闘不能にした男を警戒しているのだろう、直ぐには飛び掛ってはこない。相手の力量を推し量るだけの冷静さを持っているあたり、ある程度の訓練はされていることが窺える。



「なんだテメェって言われてもな。ただの流れモンだよ」


「ただの流れモンなら大人しく流れてな。死にたくはねぇだろ?」


「そりゃそっちも同じだろ。死にたくないならその荷物置いてけよ」


「調子コイてんじゃねぇぞ! コラァ!」



 リンツを威嚇しながらも残りの四人はリンツを囲むようにして少しずつ動く。



「でかい声出しゃ怯むとおもうなよ……っと」



 一人がリンツを威嚇している隙に後ろに回りこんだ一人がククリナイフのような大型のナイフでリンツに切りかかるが、体を捻りかわしたリンツの勁を込めた裏拳一発であえなく沈んだ。



 相当な手練と踏んだのか、残りの三人は左右と正面から一斉に攻撃を仕掛けてきた。リンツは後ろに跳び、両方の朱月の柄で左右から襲い掛かってきた二人の側頭部を突く。さながらビリヤードの玉のように吹っ飛んでいった二人に一瞬目を奪われた残りの一人が正面を向き直した時、そこにリンツの姿はなく、上に跳んでいたリンツの重力に加えて勁を上乗せされた踵落としを食らい白目を剥いて気を失っていた。



 積荷にあらかじめ積んでおいてもらっていたロープで盗賊達を縛り上げ、リンツは未だ気を失っている自警団の男の頬を叩いて起こす。ちなみに彼が襲われた際、直ぐにリンツが助けに入らなかったのは賄賂の件があった為、少し懲らしめてやろうとしたのだ。



「う……ん、おわぁ! なんだ貴様! 盗賊か!?」


「おわっ! 危ねぇな! 俺だ!」


「お、おお、なんだ貴様か……」



 目を覚ました自警団の男は周りを見渡し、ロープでがっちりと縛られた盗賊達を見て唖然とする。



「これは……本当にお前がやったのか?」


「気絶しながらアンタがやったってんなら驚きだな」


「大したもんだな……これからどうする?」


「とりあえず三人はこのまま放置。一人にアジトの場所を吐かせる」


「そう簡単に吐くか?」


「なんとかやってみるさ。アンタはオルクスに戻って団長さんに経緯を報告しておいてくれないか」


「あ、あぁ。わかった」



 麻酔はそれほど強いものでなかったのだろう、既に目を覚ましていた馬に馬車を引かせ、自警団の男は来た道を引き返す。去り際に



「その……なんだ、気をつけろよ」



 と声をかけていった。



 自警団の男を見送った後、リンツは踵落としを食らわせた男を起こす。



「おい、起きろよ」



 何度か頬を叩き、男の目を覚まさせる。



「ん……テ、テメッ……!」



 声を出そうとした男の口の中に丸めた布を突っ込むリンツ。



「モガッ!……エエェ、オンアオオイエ、アアエウウオオオウアオ!」



 恐らくは「テメェ、こんなことしてタダで済むと思うなよ」と言っているのだろう。下っ端が言いそうなセリフだ。



「何言ってるかわかんねぇからこっちから一方的に質問するぞ。答えは頷くか首を横に振れ。お前らのアジトはこっから北か?」



 ソルテはここから西、オルクスは東にある為、リンツはアジトの場所を南北どちらかに狙いを絞って聞いてみた。



「……」


「……チャンスは二度だ。もう一度聞く。お前らのアジトはここから北か?」


「……」


「警告はしたからな」



 縛られ、転がされている男の左足を掴み靴を脱がせ、なんの躊躇いもなく小指を思い切り足の甲の方へ曲げる。普段の彼のどこかやわらかな雰囲気はどこにもない。



「ンオオオォォ!!!」



 折れたのだろう。くぐもった悲鳴を上げる男。その声で他の三人も目を覚ました。今まさに拷問を受けている仲間を見て、縛られた体で這い蹲りながら一斉に逃げようとする。



「他の三人は動くな。少しでも動いたらこいつと同じ目にあわせる」



 その一声でピタッと動きを止める三人。



「質問に二度答えなかった場合、一本ずつ足の指を折る。十本折ったら次は手の指を折る。わかったな?」



 何度も頷く男。



「改めて聞く、お前らのアジトはここから北か?」



 次は躊躇いながら小さく頷く。



「案内してもらえるか?」



 首を縦にも横にも振らず、ただ怯えた目でリンツを見つめる男。



「案内してもらえるか?」



 全く同じトーンで同じ質問を繰り返すリンツ。男が何かを喋ろうとした為、一瞬考えた後、口の布を取り放り投げた。



「……そ、それはできねぇ、頭に殺されちま、ガァアアァア!」



 薬指を折ったのだろう。答えた途端に絶叫する男、様子を見ていた他の三人の内一人は失禁していた。



「答えてもらったのは結構だが、あいにく俺の求めてる答えじゃない。質問を変えようか。次はどの指がいい?」


「わかった! 案内する! 案内するから! 勘弁してくれ!」


「どの指がいいか聞いたんだが……まぁ、いい、じゃあ早速行こうか」



 男を無理矢理立たせるリンツ。男の腰から伸びている縄を後ろ手に攻撃されないよう長めに持った。



「妙な動きは見せるな……見せたところでどうなるかは想像がつくだろうがな」


「……わ、わかった。ただ一つだけ頼みを聞いてくれねぇか……?」


「なんだ」


「アジトの近くまで案内したら逃がしてくれねぇか……? 俺が案内したことがバレたら殺されちまう……」


「……いいだろう」



 男に先導させ歩き出す。その時、転がっている他の仲間が騒ぎ出した。



「お、おい! 俺たちはどうなる!?」


「そこで転がっとけ。じきに自警団が拾ってくれる」


「なっ! そりゃねぇよ! 捕まっちまう!」


「その為に俺は来たんだよ。じゃあな」



 騒ぐ三人を無視し盗賊団のアジトへ向かうリンツ。途中男にいくつかの質問をし情報を得た。



 盗賊団の規模はおよそ二十人程、商人を襲う役はその時によって違うらしい。リーダーの名前はバルナスといい、巨大な斧を武器にしているとのこと。ほとんどの構成員が下級勁士だが、バルナスと側近の二人はかなりの使い手らしい。



 三キロほど歩いただろうか、盗賊の男が足を止めた。



「あそこにデカイ穴があるだろ、そこの底から地下道が続いてて、しばらく進むと地上に出れる、その先にもう使われてねぇ教会があるんだ、そこが俺たちのアジトだよ」


「わかった。じゃあな」


「おい! 縄は……」


「逃がすとは言ったが縄を解くとは言ってない」


「そりゃねぇよ! おい!」



 盗賊の男をその場に放っておき、リンツは巨大なシンクホールへ向かう。後ろで男がまだ騒いでいたが無視した。



 穴の周りには見張りはおらず、丁寧に穴の淵の地表を削り階段が作られていた。警戒しながら階段を下りていくリンツ。五十メートル程降りて底に辿りつくとそこには横穴が。そこから地下道になっているようだ。



 地下道の中には等間隔で松明が灯されており、視界はそれほど悪くない。道幅も大人二人が並んで歩いても十分な幅で、天井までも三メートル程。ただし、ここで盗賊と鉢合わせし戦闘になった場合、最悪崩落の危険もある。リンツは急いで地下道を出ることにした。



 地下道を抜けたところで別なシンクホールに出た。ここも同じく穴の淵が階段になっており地上に上がれるようだ。


 上を見上げても人の影はない。階段を上がり地上に出たところで遠くに建物が見えた。恐らくあれがアジトの廃教会らしい。



――――――リンツが穴から地上に出た頃、盗賊団のアジトにて



 教会の二階。元は司祭が使っていたであろう部屋に三人。その内の一人、窓から外を見る長髪の男。



「……バルナス」


「何だ」


「……誰か来る」


「自警団か?」


「……いや、恐らくは違う。オルクスの団章は見えなかった。フリーランスだろう」


「数は?」


「一人」


「……一人?」


「……ああ。真っ直ぐにこちらに向かってくる。偶然ここに辿り着いたわけではないだろう」


「一人で乗り込んでくるとはな。大した度胸だ」


「……撃つか?」


「いや、いい。下っ端にやらせておけ……ヘイゼル」


 

 ボロボロのソファで横になっている若い男を呼ぶバルナス。



「あん?」


「下の奴らに侵入者を歓迎しろと言っておけ」


「あいよー」



 モスグリーンの髪をハーフコーンロウにしたヘイゼルと呼ばれた若い男は部屋を出て行く。



「エイアードはそのまま見張っていてくれ」


「……了解」



 教会からリンツが出てきた穴までは三百メートル近くはある。望遠鏡のようなものは持たず、裸眼でリンツを確認したエイアードと呼ばれた亜麻色の長髪男は恐らく勁で視力強化しているのだろう。


 盗賊団はリンツを迎え撃つ準備を整え、獣達が待つ巣へ向かってくるネズミを待つ。




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