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S R.I.P.  作者: 棚河 憩
二章
12/37

~いつかの夢と盗賊団~


――――――――――――



 食事をしながらリンツはテュケーについて聞いてみた。テュケーというのはこの世界の唯一神の名前らしく、およそ千年前に起きた天魔大戦の際、7体の天災級魔獣を倒す為に自身の力を分け、7体の分神を生み出した神らしい。その天災級魔獣は結局倒すことはできず、封印するのがやっとだったとのこと。



 その伝説からか、この世界ではテュケーを崇める宗教しかなく、王都アマテはその総本山らしい。


 魔素というのはその戦いの際に衝突した魔獣と分神の力の残滓だと言われている。ヒューマンと魔獣の戦いはいわば小さな天魔大戦、ヒューマンは勁を使い神の力を、獣は魔素で魔獣になるのだとドウゲンは言っていた。ヒューマンに勁があり、魔素に侵されづらいのはテュケーの恩恵である龍門があるからだとも。



「なるほど、龍門は神の恩恵、ね……」


「ですから錬士にもなるとテュケーの使い、王剣十二宮おうけんじゅうにきゅうにもなると彼らはもしかしたら分神なのではないかとすら言われています」


「王剣十二宮……?」


「王都アマテ最強の十二勁士のことですじゃ」


「へぇ、そんなのがいるんですね」


「彼らは王国軍の隊長よりも上、国王直属の勁士でしてな。普段は表舞台に出ることはほとんどないのだそうです」


「お詳しいんですね」


「なに、村の子供が派遣された自警団の方に聞いた話を又聞きした程度ですよ」


「いつかそのアマテに行ってみたいもんですね」


「各大陸の海沿いの街から船で直行便が出ております。オルクスにも直行便がありますよ」


「やっぱり、当面の目的地はオルクスですね」


「いつ村を発たれる予定ですかな?」


「明日にでも」


「そうですか」


「あまりお世話になるもの迷惑でしょうから……ご馳走様。リッカロッカ。美味かったよ」


「お粗末様でした」


「あの饅頭みたいなのなんだ?」


「ソルテ焼きのことですか? この村は小麦が特産ですからね。小麦粉で作った皮に好みの具を入れて焼くんです。お肉や野菜を入れれば食事になりますし、餡子なんかを入れるとおやつにもなりますよ」



 この村のB級グルメとも言うべきソルテ焼き。イメージとしては長野県名物のおやきが近いだろう



「へぇ。他の町でも食えるかな?」


「どうでしょう……他の町に行ったことがないのでなんとも……気に入ったんですか?」


「ああ。あれなら毎日でも食いたいな」


「ま、毎日ってそんな……ずっと一緒になんていられませんよ!?」


「なんでリッカロッカが毎日作ってくれる話になってるんだ?」


「え? そ、そういう話じゃないんですか……?」


「すいませんな、リンツ殿、この子は突飛な方向に物事を捉えるところがありましての」


「みたいですね」


「と、突飛じゃない! ちょ、ちょっと想像力が豊かなだけ!」


「今の話で俺とずっと一緒にいるところまで想像できるなら大したもんだよ」


「もう! 知りません! 食べ終わったなら早く食器下さい! 片付かないので!」



 プリプリと怒りながらリッカロッカは台所に行ってしまった。笑うリンツとドウゲン。



「……あの子は8才の頃に魔獣の被害で母親と弟を亡くしましての。きっとそのせいでしょうな、家族だったり、誰かと一緒に過ごすことを想像してしまうのかもしれません」


「……そうでしたか。彼女の父親は?」


「リッカの父親、ワシの息子になりますが、アイツは村でも一番勁の才能に恵まれていましてな、リッカが2才の時に自警団として別大陸の王管都市に召集され、任務中に行方不明に」


「その後の消息は?」


「しばらくは自警団の方々も行方を捜してくれていましたが、終ぞ見つからず、死亡扱いですわ」


「なんか、すいません」


「いやいや、もう10年以上も前の話ですからな。ワシは気持ちの整理は付いています。ただリッカは……」


「まだ生きていると……」


「信じているんでしょうな。毎朝、文を待っています」


「そうですか……」


「身内の湿っぽい話をしてしまいましたな。そろそろ仕事に戻らんと。リンツ殿もまだ調合を見学されますか?」


「ええ、是非」



 それからその日は夕食を迎えるまでドウゲンの調合を見学、簡単な手伝いをして過ごしたリンツ。夕食はなぜか色々な種類のあんが包まれたソルテ焼きが並んだ。食後にセルバ茶と一緒にデザートとして栗で作ったあんのソルテ焼きが出てきたときはリンツも流石にどうしたものか……と思ったが何とか完食した。



 ――――――その日の夜



『さぁ! どうぞ! 回しちゃって!』



 巨大なスロットマシーンの前、レバーを引きリールが回る。



『グルグルー……ドン!』



 リールが順に止まり、この世の文字ではない象形文字のような記号が並ぶ。



『君の天恵は孤一冥鑽イナフ・トゥ・ザ・ワイズ 特一属性は雷みたいだね!』



――――――――――――



 トゥリアーナの家で初めて目覚めた時と同じ女の夢だった。目が覚めたリンツ。既に部屋にドウゲンの姿はない。



「また、あの夢か……そういえばしばらく見てなかったな……」



居間に向かうとドウゲンはちゃぶ台の前に座っており、リッカロッカは朝食の支度をしていた。



「おはようございます」


「おお、リンツ殿。おはようございます」


「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」


「お陰さまで」


「よかったです。もう朝食の用意ができますから、顔を洗ってきてはいかがですか?」


「そうだな、そうさせてもらうよ」



 台所を借り、顔を洗うリンツ。昨晩見た夢を思い返す。見覚えのない女は自身の天恵と特一属性の話をしていた。あの女が記憶の手がかりだろうか。この世界のどこかにいるのだろうか。シンクの淵に手をかけ、濡れた顔も拭かずに思案する。



「あの……リンツさん?」


「……ん? ああ、悪い。食事だったな」


「はい。あの、これ」



 タオルを差し出すリッカロッカ。受け取り顔を拭くリンツ。洗濯したてなのだろう。太陽の匂いがした。



「すいません、お待たせしました」


「いやいや、構いませんよ。それじゃ頂こうかの」



 朝食は簡単なもので村の小麦で作ったのだろうクスクスのようなものと、野菜のスープだった。

食事を終えたリンツは荷物をまとめ、出発の準備を整える。



「昨日はお世話になりました」


「いや、大したもてなしもできずにすいません」


「とんでもない。寝床を貸してくれただけでも十分なのに、食事までご馳走になってしまって」


「また、ソルテに寄ることがあったらいつでも来てくだされ」


「はい。またリッカロッカのソルテ焼きを食べにきます」


「よければ作り方を教えましょうか?」


「そうだな、頼むよ」


「ちょっと待ってて下さいね」



 リッカロッカはソルテ焼きのレシピをメモし渡してくれた。



「生地の作り方だけ書いておきました。中身はリンツさんのお好みで入れてください」


「ありがとう。じゃあ行くよ。元気でな」


「あっ、村の入り口まで送ります」



 ドウゲンの家を出て、並んで歩く二人。村の入り口に差し掛かったところで人だかりが見えた。



「……何かあったか?」


「みたいですね。行ってみましょう」



 人だかりに向かって走る二人。そこには村の商人であろう男がうなだれており、周りの住人が慰めの言葉をかけていた。



「何かあったんですか?」


「ああ、リッカ。まただよ、例の盗賊。オルクスからの積荷と小麦の売り上げを根こそぎやられたらしい」


「そんな……」


「盗賊?」


「はい……この辺りに時折出るんです。村の小麦を売りに商人の方がオルクスまで行商に行って、帰りに必要な物資を購入してくるんですが、何度か盗賊にやられていて……」


「そうなのか……自警団は動かないのか?」



 リンツが思うことはもちろん住民も思うらしく、村に派遣されている自警団に食って掛かる住民もいた。



「なぁ! あんたらこの村守ってくれる自警団なんだろ!? どうにかしてくれよ!」


「私たちもどうにかしてやりたいのは山々だが、持ち場を離れるわけにもいかないんだ」


「だったら、行商の時に警護をつけてくれたっていいだろ!」


「この村にそれだけの予算を払える余裕があるのか?」


「それは……」



 自警団の男が言うことももっともだろう。彼らはあくまでもオルクスからソルテの警備の為に派遣されているに過ぎない。村に近づく魔獣を討伐することはあれど、村からオルクスまで、更には帰りの道中の警護までは任されていない。



 仮に村を離れ、行商の警護に回ったとして、手薄になった村を盗賊が狙う可能性もある。かといって、派遣人員を増やしてもらうような予算はソルテにはない。住民は泣き寝入りするしかなかった。



「なぁ、もう何度もやられてんのか?」


「今月はこれで3度目ですね……」


「あの様子だと自警団も動きそうにないな」


「はい……」



 リッカロッカの顔も暗い。しかもこの盗賊、決して行商人を殺したりはしないのだ。殺しともなれば本格的に自警団も動くのだろう。あくまでも彼らの手口は馬車を襲い、商人を気絶させ積荷を奪うだけ。商人の目が覚めるころには姿はなく、アジトの場所も割れていない為、中々対策を練れないでいるのだ。



 オルクスでは盗賊団殲滅の依頼も詰所にはあるのだが、依頼を受注する者は少ない。アジトの場所がわからない以上、場所の捜索に加えて、何人いるかわからない盗賊団。割りに合わないと考える勁士が大半だろう、それならば幾らか報酬は少なくとも直ぐに金が入る仕事をこなす。実際依頼を受けた勁士はいたが、全てアジトを見つけることができず失敗に終わっている。



「……」


「リンツさん?」


「……その盗賊団、俺が探してみようか?」


「え?」


「一宿一飯の礼ってやつさ」


「そんな! 危険です!」


「まぁ、危険なんだろうけど、誰かがやらなきゃずっとこのままだろ」


「そうですけど……」


「終の地まで俺の名前を響かせなきゃならないしな。手始めに、だよ」


「だって、盗賊の住処もわかってないんですよ?」


「そこら辺はどうにかするさ」



 そういって住民と自警団の諍いの中に入っていくリンツ



「ちょっと! リンツさん!」


「なぁ、その盗賊ってここからオルクスまでの間で襲うんだよな?」


「そうだが……何だお前?」


「旅の勁士だ。盗賊団殲滅の依頼、受けてもいいかな?」


「はぁ? お前一人で何ができるんだ。いきがってないでさっさと失せろ」



 自警団の男は鬱陶しそうにしっしっと手を払う。



「まぁ、そう言わずにさ。どうせ俺が失敗してもお宅らは痛くもかゆくもないだろ?」


「それは……そうだが。奴らのアジトに心当たりでもあるのか?」


「ない」


「お前な……」


「だからオルクスに連絡してくれないか。適当な積荷を積んだ馬車をソルテに向かわせてくれって」



 盗賊はオルクスからの帰りにしか襲わない。ソルテからの馬車には小麦しか積んでいないことを知っているのだ。



「なっ、商人を囮にしろというのか!?」


「奴らは殺しはしないんだろ? 俺は遠くから見張ってるから、襲われた時に助けに入る。そこで一人とっ捕まえて吐かせりゃいい」


「そんな簡単にいくと思ってるのか!」


「簡単にいくとは思ってないさ。けど何かしら動かなきゃ被害は増えるだけ。村の警護の他に住民の暴動鎮圧なんてやりたくないだろ?」


「……」



 しばらく考え込んだ自警団の男はとりあえずオルクスに伝書鳩を送り、団長に確認するから二、三日待てといい、その場はなんとか収まった。



「本当にやるんですか?」


「ああ、悪いがもう少し、リッカロッカの家に泊めてくれないか」


「それは構いませんが……」


「悪いな」



 それぞれ、家や仕事に戻った住民のリンツを見る目は期待半分、猜疑心半分だった。




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