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S R.I.P.  作者: 棚河 憩
二章
11/37

~薬師の仕事~

――――――――――――



 森を出てリッカロッカの住む村へ他愛もない話をしながら歩く二人。リッカロッカの祖父は村で唯一の薬師らしいが、年のせいか関節痛が酷く、まともに動けないのだそう。その為にリッカロッカが森へ薬草を取りに来ていたとのこと。



「へぇ、薬師か。勁で怪我や病気は治せないもんなのか?」


「勁士の方は内氣勁のお陰で自己治癒能力が高いとは聞きましたけど、使えない方達もたくさんいらっしゃいますからね。薬やお医者様に頼る方は多いですよ」


「そりゃそうか」


法士ほうし様がいれば別なのでしょうけど」


「法士?」


「はい。属性を持たず、攻撃の外氣勁を使えない代わりに、治癒の力を使える勁士の方のことです……ご存知ないですか?」


「え?」


「先ほど、勁を使っていらっしゃったので、既にご存知なのかと」



 法士というのはリッカロッカが言ったとおり、勁を放出できるものの、属性を持たず、攻撃能力がない。代わりに相手の経穴から自信の勁を注入し、傷の治癒や勁の補充を行える支援型の勁士。つまりヒーラーだ。



「ああ……いや、実は俺、記憶がないんだ。勁の使い方を覚えたのもつい最近で」


「あ、そうだったんですか……すいません……」


「いや、謝ることじゃないさ」


「……そういえばリンツさんはどうしてあの森に?」


「終の地から旅をしてる途中なんだ」


「終の地から? じゃああの森に入ったわけではなく、抜けてきたんですか?」


「そうだな」


「凄いですね……普通の人なら50メートルも進めば帰れないのに」


「いや、だいぶ迷ったよ。途中何度も魔獣に襲われたし。リッカロッカの悲鳴のお陰で助かった」


「もう……やめてください。本当に怖かったんですから」


「ははっ、悪い……にしてもこっち側は終の地とは随分違うな」



 終の地に比べ、森を抜けたこちら側は随分と景色が違う。岩や砂だらけの終の地とは打って変わって、足元には草原が広がり、気温もさほど暑くはない。空気一つを取ってもあの砂漠に比べれば清涼感を感じる程だ。強烈な太陽光から肌を守るためのローブなど必要なく、リンツは既に脱いで脇に抱えている。



「そうですね。終の地にも町はあると聞きますが、どんな風にして暮らしていたんですか?」


「モトって町が一つあるだけなんだけどな。比較的森に近いところにあるから、それなりに野菜もあったよ。そこまで種類は多くなかったけど」


「そうなんですね。あ、あそこです」



 リッカロッカが指差した方向に小さな村が見えた。そこまで豊かな村ではないのだろう。魔獣対策の為の柵は簡素なものだ。入り口には自警団だろうか、眠そうに立つ二人の男がいる。リッカロッカは「こんにちは」と男たちに声をかけ村に入っていく。リンツも後に続いた。



「ようこそ、ソルテ村へ。何も無い村ですけどゆっくりしていって下さいね」


「ああ」


「とりあえず私の家まで来てください。助けて頂いたお礼と言ってはなんですが、お茶をお出ししますから」


「お言葉に甘えるよ」



 その後も村を眺めながらリッカロッカの後をついていくリンツ。そこかしこで農作業に勤しむ村民がおり、土壌が適しているのだろうか、小麦農家が多いように見える。だが、作業をしているのは比較的年のいった者が多く、働き盛りの若者は少ない。他は走り回る子供ばかりだ。



「娯楽のない村ですからね。若い人は大体他の街に行っちゃうんです」


「そうなのか。跡継ぎがいないと大変だろうな」


「ええ……近い将来、この村は無くなっちゃうかもしれませんね……あ、ここです」


 

 リッカロッカの家に着いたらしい。入り口には薬屋としての看板だろうか 「花雪堂はなゆきどう

と書かれた小さな木の板がかかっている。



「ただいまー」



 家に入るとすぐに土間になっており、すり鉢で薬草を調合している白い立派なヒゲを蓄えた老人が一人。



「おぉ、リッカ。おかえり。いつもすまんのぅ。魔獣には会わなかったか?」


「うん。大丈夫。森でビッグイーターに会ったんだけど、こちらのリンツさんが助けてくれたの」


「始めまして。リンツ・バルヴェニーといいます」



 深く頭をさげ、挨拶をするリンツ。



「これはこれはご丁寧にどうも。リッカの祖父のドウゲンと申します。孫が世話になったようで」


「世話だなんてとんでもない。こちらこそお孫さんのお陰で森を抜けられました」


「ほう、あの森を抜けてきたと。随分とお強い勁士様なんですな……ああ、すいません。立ち話もなんですから上がっていって下され」


「お邪魔します」


「お茶をお出ししたいのですが、何分、年のせいで体が言うことを利かなくなってきましてな……リッカ、すまんがリンツ殿にお茶を」


「うん、わかった。リンツさん、奥の居間へどうぞ。着替えてすぐにお茶を淹れますね」


「ああ、悪いな」


「どれ、ワシも一休みしようかの……よっ……と」



 杖を手に重そうに体を上げるドウゲン。リンツはおせっかいかと思ったが「どうぞ」と肩を貸した。



「いやはや、すいません、お客様に手を煩わせてしまって」


「いえ、構いませんよ」



 ドウゲンの体を支えながら居間に移動するリンツ。ドウゲンを座らせた後で自分も荷物を降ろし腰を下ろす。



「森を抜けてきたと仰っていましたが、終の地からこちらへ?」


「ええ、旅の途中です」


「そうでしたか、どちらまで?」


「とりあえずはオルクスに向かおうかと」


「ほう、王管都市おうかんとしですか」


「王管都市?」


「ご存知ないのですかな?」


「実は記憶を無くしてまして……」



 ドウゲンに王管都市について説明を受けるリンツ。ケイオースは単一国家で形成された世界で王政が敷かれており、中央大陸に王都アマテがある。他に6大陸があり、リンツが現在いるのは南西大陸。


 それぞれの大陸には王管都市(政令指定都市のようなもの)と呼ばれる王都直轄の都市がそれぞれ一つずつあり、各大陸それぞれの市町村を管理しているのだ。



「この村は若者がほとんどおらんでしょう、見回りの自警団の方も実はオルクスから派遣されている者なんですよ」


「そうだったんですか」



 トゥリアーナの勉強会とはなんだったのか。この世界の肝心なところを教えてもらっていないことを痛感したリンツは心の中で舌打ちする。それもそうだろう、彼女の勉強会は勁の基礎知識と魔獣について、後は料理の仕方と終の地の暮らし程度しか教えてくれていないのだ。



 「お待たせしました」



 そこへ着替えてお茶をお盆に乗せたリッカロッカが戻ってきた。彼女は純白の生地に所々に青い花の刺繍が入ったアオザイのような服を着ていた。清純なイメージの彼女にぴったりだが、違う意味でもぴったりしており、森で出会ったときは万が一の時の為にと着けていた胸当てのせいでわからなかったが、意外に立派なものをお持ちのようだ。



「へぇ」


「な、なんですか?リンツさん」


「似合ってるよ」


「なっ……! か、からかわないで下さい!」



 白い肌を真っ赤にし座るリッカロッカ。照れているのか怒っているのかわからない様子で「どうぞ!」と少し乱暴にリンツにお茶を差し出す。中身はリンツが大好きセルバ茶だった。



「ありがとう、お、セルバ茶」


「お好きですかな?」


「ええ、終の地でもよく飲んでいました。この大陸ではよく採れるんですか?」


「そうですな。この大陸でも西方、この村のあたりでよく採れます」


「そうなんですね」


「今日はこの村に泊まられるのですかな?」


「そのつもりです、この村に宿は?」


「観光客などは来るはずもない村ですからな、そういった施設はありません。リンツ殿がよければウチに泊まっていってはいかがですかな? のう? リッカ」


「え? あ、え? ウチに?」


「何じゃ、命の恩人を野宿させるつもりかの?」


「でも、お客さん用の部屋なんてないし、わ、私の部屋では流石に……」


「何もお前の部屋で寝てもらうとは言っておらんじゃろ。ワシの部屋で寝てもらうことになりますが、いいですかな?」


「ええ、もちろんです。むしろ居間を貸して頂くだけでも構いません」


「そういうわけにはいきませぬ。リッカ、後でワシの部屋に布団を敷いてくれんか」


「う、うん、わかった」


 なぜ、自分の部屋で寝ると思ったのか。一人アワアワしているリッカロッカをよそに話はまとまり、リンツは宿を確保した。



「そういえば、ドウゲンさん、これ、何かに使えますか?」



 荷物から牙を取り出すリンツ。



「これは……ビッグイーターの牙ですかな?」


「ええ」


「毒を抜いて粉末状にすれば薬になりますな……もしよければ売っていただけませんかの?」


「構いませんが……何に効くんですか?」


「ワシの関節痛の特効薬になるのです」


「そういうことでしたか、それでしたら泊めて頂くお礼です。差し上げますよ」


「おお、ありがたい。孫に加えてワシまで助けて頂けるとは。リンツ殿はまるでテュケー様の使いのような方ですな」


「いえ、そんな大層な者ではないですよ(テュケーってなんだ?)」


「私はそろそろ昼食の準備をしますね」


「おお、もうそんな時間か。ワシは食事ができるまでもう一仕事しようかの。リンツ殿はどうされますかの?」


「……もし、邪魔でなければ薬の調合を拝見させて頂いても?」


「構いませんよ。薬師に興味が?」


「ええ、まぁ」


「では、こちらへ。リッカ、食事ができたら呼んでくれ」


「うん、わかった」



 ドウゲンと共に土間の作業場へ戻るリンツ。作業場には引き出しがたくさん付いた小さなタンスのようなものと、石でできた薬研やげん、すり鉢とすりこ木がある。



「この引き出しに薬草や木の実が入っておりまして、薬研で細かくしたり、木の実なんかはすり鉢で砕くんですわ」


「へぇ」


「早速、先ほどのビッグイーターの牙を加工してみましょうか」



 ビッグイーターは管牙類で牙がストロー状になっている。獲物に噛み付いた後、その管から毒液を流し込む。中が空洞である為に大きさの割りに脆く、加工も比較的容易い。ドウゲンの話では一度牙を割り、万が一、毒腺の中に毒が残っていた場合を考慮し、よく洗いすり鉢で粉末状になるまでるのだそうだ。


 

 魔獣の牙である以上、牙も魔素に侵されているのではないかとリンツは聞いてみたが、魔素は生体反応のある動物にしか侵食はせず、魔獣自身も死んでしばらくすれば魔素は抜けるのだそう。



 牙を洗い、ある程度の大きさに割り、すり鉢に放り込むドウゲン。ゴリゴリとある程度擂ったところで



「よろしければリンツ殿もやってみますか?」


「いいんですか?」


「ただ擂るだけですからな。ほかの薬草なんかと調合するわけではないですから簡単ですぞ」


「では、せっかくなので」



 すり鉢の前で胡坐をかき、ドウゲンを真似て擂ってみる。



「そうそう、なるべく粒子が均一になるよう……なかなか筋がいいですな」


「そうですか?」


「記憶を無くされる前は薬師だったのかも知れませんぞ」


「ははっ……に、しても結構な力仕事ですね」


「そうですな。硬いものを擂るときは老体には堪えます」


「いつからこの仕事を?」


「ワシの父も薬師でしてな。10を迎える頃には材料の採取にくっ付いていって、13の時には調合を手伝っておりました」


「へぇ……もっと大きな町で商売しようとは思わないんですか?」


「この村にはワシしか薬師がおりませんからの。離れるわけにはいきませんのじゃ」



 そこへ、村の子供なのか涙をこらえた少年と手を繋いだ女性が入ってきた。



「ドウゲンさん、すいません、ウチの息子が遊んでいる時に転んでしまって……」


「おやおや、それは大変だ」


「おじいちゃーん……足怪我しちゃったぁー……」



 少年は膝の辺りから血を流していた。恐らく転んだ拍子に切ったのだろう。



「リンツ殿、ちょっとすいませんね」


「あ、はい」



 ドウゲンは席をはずし、すぐそばにある作りおいた薬の保管用であろうタンスの中を物色している。

手持ち無沙汰になったリンツは少年に話しかけてみた。



「大丈夫か?」


「痛い……お兄ちゃん、誰?」


「ん? ドウゲンおじいちゃんの弟子ってとこかな」


「お兄ちゃんも薬屋さんなの?」


「今はまだ違う。もしかしたらこれからなるかもな」


「じゃあ、お兄ちゃんも僕が怪我したら治してくれる?」


「そうだな。でもまずは怪我をしないようにすることが大切だ」


「どうやって?」


「たくさん食って、たくさん鍛えて強くなればいいんじゃないか?」


「お兄ちゃんは強いの?」


「全然。俺は怪我したら泣いちゃうから。君は偉いな。怪我しても泣いてない」


「うん……僕、大きくなったら自警団に入りたいんだ。そして村のみんなとかお母さんを守ってあげるんだ」


「そっか。じゃあ、なおさら怪我なんてできないな。君が怪我したらみんなを守れない」


「うん、気をつける」


「がんばれよ、未来の団長」


「うん!」



 リンツは少年の頭にそっと手を乗せる。少年は既に笑顔だった。



「待たせたの。傷をよく洗って、この軟膏を塗っておくといい」


「ありがとうございます、ほら、アンタもお礼言いなさい」


「ありがとうおじいちゃん! バイバイ!」



 母親は代金を支払いドウゲンとリンツに会釈を、少年は元気に手を振って出て行った。



「……先ほどのリンツさんの言葉は的を射ていますな」


「え?」


「怪我をしたから治すのではなく、怪我をしない為に気をつける、というやつです」


「そうですか?」


「ええ。怪我をすることが無ければ、病気をしないように普段から体調管理をしていれば、ワシらは本来必要ない」


「まあ、あくまでも理想ですけどね」


「そうですな……ワシら薬師の言葉で「未病を治す」という言葉があっての」


「未病?」


「ええ。病気が兆候をあらわさないうちから治す、もしくは兆しが見え始めたときに少量の薬ですぐに治す、という意味です」


「へぇ」


「重篤の患者を治してあげればそれだけ名声は上がりますが、本来、病気を未然に防いでやることが最高の医療だとワシら薬師や医師は考えます」


「まぁ、苦い薬をいつまでも飲み続けたくないですからね」


「その通り。ワシら薬師に名声は必要ない。感謝の言葉と笑顔があれば十分」


「素晴らしい考えですね」


「そんな大層なものではありませんよ」



 自慢のヒゲをさすりながらドウゲンは笑う。魔獣討伐以外にもこうして人の為になることがあるのかとリンツは感銘を受けた。



「おじいちゃーん、リンツさーん、食事の支度ができましたよ」


「さて、リンツさん。昼飯にしましょうか。孫の料理はなかなかのもんですぞ」


「そりゃ楽しみだ」



 仕事を一旦切り上げ、リンツとドウゲンは居間に向かった。



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