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A side street  作者: 青木 航
9/18

9 綾香

 ふたりと居酒屋で飲んで十二時過ぎに部屋に戻った。

 少しして、スマホが鳴った。非通知なのを確認して、繋がると同時に、僕は一方的に言った。

「逃げることはないじゃないですか。怖かったんですか」

 わざと挑発したのだ。“逃げた” とか“怖かったのか?” とか言われて、反論したくならない男はほとんどいない。

 少し間があって、

「逃げてなんかいないよ。君と二人の時話した方がいいと思っただけだ」

と、やはり言い訳して来た。

「この間、無言電話しましたよね」

と僕は畳み掛ける。

「済まない。彼女の居所を君が知っているかと思って架けたんだが、いきなり、どう説明すれば良いか分からなくて……切った」

 気の弱い男だと思った。

「“彼女”って、誰の事ですか? それと、なんで僕の番号知ってるんですか? そして、まず名乗ってください」

僕は、そう突っ込む。

「尋問されているようで、あんまりいい気分じゃないが、確かに、先に名乗るべきだね。河原崎といいます」

 意外と素直に答えた。大した男では無いと思った。

「じゃ河原崎さん、申し訳ないんですが、一旦切って、番号を通知して、架け直して頂けますか。あなたが、逃げるような人ではないと言うことは分かりましたので、お願いします」

 そう。“あなたが、逃げるような人ではないと言うことは分かりました” という一言が効果を発揮するはずだ。

「分かりました」

と河原崎は応じた。やはり、こういう手法の通じる相手に間違い無いと思った。

 架け直して来れば、完全に主導権が握れると思った。もし僕が荒っぽい言葉で怒鳴ったら、河原崎は切って、二度と掛けて来ないだろう。僕が敬語で話したので、彼は僕に恐怖心を持たなかったはずだ。そう判断した。こういうタイプの人間は、プライドを(くすぐ)られると、そう無茶なことが出来なくなる。どう言う事かと言うと、切ってしまって二度と架けて来ないとか、一方的に自分の言いたいことを言い募る事が難しくなると言う事だ。多分、プライドを(くすぐ)ってやれば、物分りの良い、良識的な人間を演じたくなる。そう考えた。そう言うことは、テレマーケッティングなどをやっていると、客の人間観察から自然に分かって来る。クレームに捕まり難くなるコツは、人間観察と状況判断だから。


 読み通り、河原崎は番号通知で架け直して来た。単純な奴だと思った。僕は、

「あ、斉藤です。さっきは失礼しました。お話伺います」

と至って低姿勢で対応してみる。

「河原崎です。こちらこそ、失礼しました。他でも無い。綾香……いや、橋本玲奈さんのことです」

「”アヤカ” って何ですか?」

「彼女、三ヵ月ほど前まで、綾織の”綾” に”香り”。綾香と言う名前で渋谷の『バージン・ロードロード』と言うキャバクラに勤めていたんですよ」

『そんな馬鹿な』と思ったが、その気持ちをぐっと飲み込んで、僕は、河原崎の言葉の続きを聞いた。

「僕は客として(かよ)っていました。いや、いい子なので、すっかり気に入ってしまって、正直通い詰めました」

『なんだ。この親父!』と不快感が湧き上がった。

「単なる客と言うより、何か妹のような気がして、色々相談にも乗ってやるようになりました。ところが、ある日、体調が悪くて休んでいると言われ、その後何度行っても、まだ休んでいるというのが続いて……ひと月くらい経ってから、実は辞めていたと分かったと言う分けです。居ないと言われてそのまま帰るのも気が引けたので、二回に一回はちょっと飲んでから帰りましたから、そんな風にして繋ぎ止められていたんでしょうね、店の思惑で……」

『アホかこいつは!』と僕は腹の中で思った。それにしても、僕にしてみれば有り得ない話だ。

「その綾香の本名が橋本玲奈だって、何で分かったんですか?」

「それは、以前本人が教えてくれました」

『なんで?』と僕は思う。

「この前、玲奈と会ってますよね」

と話題を変えた。

「ええ。偶然見掛けて一度話そうと言うことになって、あの日……。その時、君の事は聞いた。”気の合う、すごくいい人がいる”ってね」

『うるせえ、大きなお世話だ』と思ったが、実際には、

「……で、僕にどんな用が?」

としらばっくれて聞いた。

 話しているうちにだんだん不愉快になって来ていた。玲奈に付いての有り得ないような話。しかし、『嘘をつけ!』と切り捨ててしまえないような話だ。

 このまま話し続けていては、気持ちの落着き場所がなくなってしまうように思えた。河原崎の言うことは鵜呑みには出来ない。相当自分に都合良く言っているはずだと思った。

 少し馴れ馴れしい口調になって、河原崎は続けた。

「その後、綾香とはまた連絡が取れなくなってしまったんだ。それは、君も同じだろう。お互い心配だよね。情報交換したら、彼女を少しでも早く見付ける役に立つんじゃないかと思って……。協力してくれないかな」

『何を虫の良い事をいってやがるんだ!』と思った。

「もし、玲奈だとして、姿を消したのは、あんたのストーカー行為が原因ということも考えられますよね。”綾香”なんてキャバ嬢のことは俺には何の関係もない。但し、玲奈に付き纏ったら、俺が承知しないからな!」

 突然ブチ切れた僕は、それだけ言って電話を切った。早まったと思った。もっと色々と聞き出すべきだった。 

「協力してくれないか」

 なんて言われて腹が立ったのだ。

『やめたキャバ嬢追い掛け回しているような奴と、何で協力しなくちゃいけないんだ。しかも、そのキャバ嬢が玲奈だなんて、ふざけるな』

 そう思って切ってしまった。僕の知っている玲奈の情報に付いて、たったひとつの事でも、あんな奴に教えてたまるかと思った。

 だけど、河原崎の方が情報は持っているのではないか? と、ふと思った。考えてみれば、僕は玲奈についてほとんど何も知らないのだ。それと、もうひとつ。河原崎は何故、僕のスマホ番号を知っていたのか? それを聞き出せていなかったのだ。玲奈のスマホを盗み見たと言うこと以外には考えられない。それなら、どんな状況で、盗み見ることが可能だったのだろうか? スマホやバッグを置いたままで、玲奈が席を離れることなんか有るだろうか? 考えたくはなかったが、”ホテルの部屋” と言う可能性が僕の頭を(かす)めた。そして、そんなはずは無いと直ぐに否定した。

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