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A side street  作者: 青木 航
8/18

8 五本木にて

 届けを出していた十日目を過ぎても、玲奈からの連絡はなかった。

 十一日目に、派遣会社から明日香に、玲奈と連絡が取れないかと問い合わせて来たという。明日香が僕に玲奈の住所を聞いて来たので、誰も玲奈の住まいを知らないことが分かった。リーダーの細井も、あの日玲奈を送ったのは学芸大の駅までだったと言う。

「派遣会社に聞いても、住所は教えてくれないだろうな」

と僕は明日香に言った。

「そっか」

と、明日香が、何かに思い当たったように言った。

「心配なので行ってみて結果報告するって言ったら、私なら教えてくれるかも」

「聞いて貰える?」

 僕は明日香に期待した。

「うん。分かったら、すぐ連絡する」


 五分ほどで、明日香はまた架けて来た。

「まともに聞いても無理だろうってことで、マンション名度忘れしたってことにしたの。そしたら教えてくれた。"フィレール五本木” 六本木じゃ無いよ。ついでに部屋番号も“うろ覚えなんで、部屋番号三〇二で良かったんでした?”って鎌掛けたら、二〇三だって教えてくれたのよ。凄いでしょ。偶然逆だったのよね、言った番号の。ぜーんぶ翔太の悪知恵よ。そう言う頭は回るからね」

 明日香は思惑が図星だった事を得意気に話している。

「へえー、五本木なんて地名有るんだ。ありがとう。『フィレール五本木』二〇三だね。『フィレール』は台東建設系の賃貸ワンルーム・マンションだから、台東建設のホームページ見ればすぐ分かるよ」

 僕は礼を言ってからそう伝えた。

「あ、もしもし、俺」

と、いきなり代わって翔太が出た。

「俺らも一緒に行く。今からでいいか?」

と言う。一人より心強い。

「ありがとう。悪いな。じゃ、三十分後に渋谷駅の改札で」

 電話を切った後調べた。台東建設のホームページには番地の表示は無かったが、場所はGoogle mapですぐ分かった。

『フィレール五本木』は、学芸大学駅から四百メートルほど北東の五本木二丁目、バス通り沿いにあった。

 

 渋谷の東急改札口の前で、二人は待っていた。学芸大学駅に着くと、西口を出て、線路沿いに祐天寺方向に戻り、五本木の交差点から北へ。一方通行を左折し、下馬(しもうま)との境の道路を右折した右側にそのマンションはあった。

 薄いパープル系の一部五階建ての建物で、道路側が通路になっており、丸い小さな穴が一面にあいた同色の鉄板が目隠し状にフェンスに取り付けられている。フェンスの高さは人の肩くらいだろうか。建物の左側に入口があり、奥にエレベーターホールという構造のようだ。


 その時僕は、道路の反対側のすこし先に止まっている白い車に気付いた。プリウスのようだ。

「翔太。この前、玲奈を迎えに来た車、覚えてるか?」

「ちらっとは見たけど」

「あれ、違うか?」

と僕はプリウスの方を指差した。

「うん。そう言えば……」と翔太。

「明日香ちゃん。頼みがある」

と僕は言った。

「何?」

「あの車、誰か乗ってるか、乗ってたらどんな奴か、見て来て貰えないかな」

「俺が見て来るよ」

と翔太が割り込んで来た。

「いや、多分バックミラーで見てるから、お前や俺が近づいて行ったら逃げるかも知れない。それじゃ、何も分からなくなる」

と、僕は翔太の申し出を断った。

「いい? 明日香ちゃん。まっすぐ行って次の信号を渡る。道の反対側を戻ってくれば運転手の顔を正面から見られる。……いいかな」

と指で示しながら明日香に説明する。

「で、どうする気だ?」

と翔太が聞いて来た。

「実は、非通知で無言電話が一回有った。何か気になる」

 僕の疑いの理由を、ふたりは理解したようだ。

「分かった。私、行って見て来る」

と明日香。

「頼むよ」

と、僕が言った時には、明日香は、もう速足で歩き始めていた。僕と翔太は、プリウスのバックミラーに映らない位置に入るため、隣の建物の陰に移動した。

 明日香は、頼んだ通り次の信号を渡り、通りの反対側を戻って来た。僕と翔太は、明日香を待つため、後ろの信号に向かって通りを戻る。


「あれ、やっぱ、違うよ」

 戻って来た明日香は、まずそう言った。

「誰も乗ってなかった?」

と僕が聞くと、

「乗ってたけど、三十か四十くらいのリーマンの叔父さんだよ。まさか、あれが玲奈の彼氏ってこと無いでしょ。確かにマンションの方見てたけど、仕事か、誰か他の人待ってんじゃないの?」

と説明してくれた。

「あ、そう。ありがとう。余分な手間掛けちゃってごめんね」

 明日香にはそう言ったが、僕はまだ何か引っ掛かる気がしていた。”玲奈の彼氏が中年おやじ…… そんなことあるのか? それじゃ、彼氏じゃなくて、まるで援交じゃないか!”そんな事を思っていた。

 二分ほどして突然、”試してみよう!” と思い立った。僕は、自分で言ったことも忘れて、いきなり走って道路を横断した。そして、プリウスに向かって駆け寄ろうとした。そのプリウスは急発進をして走り去った。リアウィンドウの右下に貼ってあったステッカーは、あの時のものに似ている気がした。

”あいつも玲奈を探している。多分何日も……。何故か、そう確信した。そして、玲奈は部屋に戻っていないと思った。

 翔太があわてて追って来た。

「おい、なんだ。どうなってんだ?」

 翔太は、僕の行動を理解できないで苛立(いらだ)っている。

「多分、……あれはこの間の車だ。間違い無い」

 僕はそう断言した。

「……兄貴じゃないのか? この間迎えに来たのも」

 遅番の帰りに、玲奈が車に乗り込んだ一件を、翔太も気にしていたのだ。

「あの車のナンバーは、大宮ナンバーだった。兄貴が住んでいるのは東京だって言ってたろ」

「う~ん。()に角マンションへ行ってみよう」


 明日香のところへ、二人で戻った。

「びっくりしたぁ。いきなり飛び出して行くんだもん」

と明日香が僕に言った。

「あんなに、ダーッと行かなければ、捕まえて話聞けたかも知れないじゃないか。自分で言った通り、あんな勢いで行ったら逃げるに決まってるじゃないか」

と翔太は僕を責めた。

「いや、静かに行っても、結局逃げたよ。向こうは運転席に座ってバックミラー見てたんだからな。もっとも、本当の彼氏なら、堂々と降りて来るかも知れないけど」

 僕は、そんな風に、後出しジャンケンみたいな言い訳をした。瞬間的に思って体が動いたのだから、合理的な説明など付くはずも無い。

「何それ、どう言う意味?」と明日香。


 マンションのオート・ロックで、”二〇三”を何度呼び出しても、やはり、反応はなかった。明日香が派遣会社に電話し、玲奈は留守だったことを伝えた。

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