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A side street  作者: 青木 航
7/18

7 かすかな悔い

『女の子』ではなく、玲奈が『女』に見えた。肘を(つか)んで来た玲奈の手を取って、僕は無言で立ち上がった。腰に手を回すと、玲奈も自然に歩き始める。玲奈も了承している。そう感じた。

 向かったのは僕のアパートだ。公園から数分の距離に有る。歩きながら、自分の心臓の鼓動を感じた。そして、玲奈の息遣いも聞こえて来るような気がした。

 アパートまで行く間に、僕たちは何を話したのかと思う。天候の話だったり、知り合いの他愛のない噂話だったりなのだが、自分で何をどう話したのか、殆ど記憶が無い。要するにどうでも良いような話ばかりを口から出るままに話していた。

 僕の部屋に向かっていることは玲奈も十分分かっているらしく『何処へいくの?』などとは聞いて来ない。

 アパートに近づくと、何の躊躇(ためら)いも無く玲奈が僕の部屋に入ってくれるだろうか? と不安になった。また、部屋に入ってから何をどう話そうかとか考えたり、こんな事になるんならもう少し念入りに、部屋を掃除しておけば良かったなどと()いてみたり、僕は、明らかに舞い上がっていた。(しゃべ)っている事とは無関係の思惑が、頭の中をぐるぐると回っていた。

 

 鍵を開けドアを開き、先に入るよう玲奈を(うなが)してみる。玲奈は(こだわ)りもなく入ってくれた。

 ワンルームの部屋を見渡して、

『意外と綺麗にしてるのね』

と言った。

『もっと汚いと思ってた?』

『うん。正直、そう思ってた』

『なんにも無いから散らかしようがないんだよ。流石に、ラーメンのカップや飲みかけのドリンクのボトルを放置するってのは、俺、性格的に出来ないんだ』

「女の子でも、結構居るのよ。外に出る時は綺麗にしてるけど、部屋の中はゴミ屋敷みたいな子」

「それ、早い段階で見抜かないと、男、悲惨だな。……えっ? まさか玲奈……」

「違います。でも、なんか知らないけど、そう言う子に限って、マメな男の子つかまえるのよねぇ」

 僕は吹き出すような素振りを演じて、

「そうなんだ!」

と話を合わせる。そして、

「適当に座って……って言っても、ベッドに腰掛けるか、その辺に座るしか無いけど……」

と言った。

「ここの方が楽ね」

 玲奈はそう言って、躊躇(ためら)いも無くベッドに腰掛けた。

「臭く無い?」

 臭いが気になって、僕はそう聞いた。

「男臭く無いかって?」

「うん」

「女臭かったら、逆にモンダイでしょ」

 玲奈はそう言って屈託無さそうに笑うが、何処か、下手な女優が演じているようなぎごち無さが有った。

「ここに入った女性は、君が初めてだよ」

 そう言って、僕は玲奈の隣に腰掛け、左手を肩に回した。そして、

「なんか飲む?」

と何故か余計なことを聞いでしまった。

『何が有るの?』とでも聞かれたり、希望を言われれば、一旦、玲奈の側を離れなければならない。

「後でいい」

と玲奈は答えた。意地悪く『なんの後?』と聞きたい衝動に駆られたが、僕は、そのまま玲奈を押し倒してキスを求めた。

 僕の右手は玲奈の乳房を包んで、それを()んでいた。意識は、その柔らかい感触と互いの口の中で絡まる舌の動きに引き込まれて行く。

 一旦唇を離し、目を閉じて玲奈が大きく息を吐いた時、コスメに彩られた香りではなく、初めて玲奈自身の匂いを僕は感じた。


 時間が経って、裸で毛布に(くる)まりながら、何があったかを何度か聞こうとしたが、玲奈は、その度に僕の口を(ふさ)ぐように、指で唇に触れて来た。そして、動かない瞳で僕を見た。

 その日、結局玲奈は、この六日間のことに付いて何も話さなかったし、明日香や細井にも連絡を取りもしなかった。


 翌朝早く、

「送らないでいい」

と言って、玲奈は僕の部屋を出た。別れ際に

「必ず連絡取れるようにしておいてよ」

と僕が言うと、

「ごめんね。必ず話すから、少しだけ待って」

 不自然に笑ってそれだけ言った。そしてまた、玲奈は僕の前から姿を消した。


 翌日、コールセンターで翔太と明日香に、玲奈から連絡があったかどうか聞かれた。昨日直接会ったが、何も聞いていないとだけ簡単に告げた。

「これだけで、返しても、もう既読も付かない。どういう事?」

と、翔太が自分のスマホを僕に見せた。玲奈からのラインメッセージだ。

”ご無沙汰してすいません。なんやかや、ばたばたしてたもんで連絡できず、ご心配かけたかも? また、会ったら話します。じゃあね”

 発信時間は、僕のアパートを出て間もなくの頃だった。僕もそれは確認している。

「それ一度だけ。どうなってるの?」

 翔太は(いきどお)っていた。

「雄介君が会ったんなら、それでいいんじゃない」

と明日香は玲奈を弁護した。

「でも、雄介、お前、ほんと、何も聞いてないの?」

と翔太が僕に迫る。まさか『やっただけで、何も聞けなかった』なんて言えるはずもない。

「うん。直接話はしたけど、そのラインと同じレベルの話しかしていない」

と誤魔化した。

「信じられねぇ、こいつ。何で聞かないの」

 (あき)れたと言う風に、翔太が言った。

「あのね。雄介君は、君みたいにデリカシーの無い人とは違うの」

と明日香が僕を(かば)う。

「明日香。お前、ひょっとして、俺より雄介の方がいいの?」

()かさず翔太が突っ込んで来た。

「ばーか」

と、明日香が返す。言葉とは裏腹に、僕には、仲の良い二人が(じや)れている風にしか見えなかった。このふたりは本当に仲が良いと思い、翔太が少し羨ましかった。

 翔太が僕に静かに言った。

「何か有ってお前に相談したいけど、言い出せないってことだってあるだろう。お前、そういうの少し鈍いからな」

 そう言われて、少し心が痛かった。返す言葉が出ない。時計を見ると始業八分前だった。五分前には全体周知が始まる。

「時間だ。行こうか」

 言葉を探せなかった僕は、翔太と明日香に告げて、これ幸いと休憩室を出てブースに向かった。


 終業後、玲奈のスマホを呼んだが、圏外もしくはスイッチoffで、留守電にさえ繋がらなかった。翔太も明日香も架けてみたが、同じだった。メッセージだけを送る。

 やはり、無理やりにでも、話を聞くべきだったと後悔した。

 まったく、翔太の言う通りだった。何で聞かなかったんだろうと()いた。確かに理由を聞こうとはしたのだ。しかし、玲奈に(さえぎ)られると、あっさり引き下がった。或る意味、玲奈を抱いたことによって、僕の心は満たされてしまっていたのだ。だから、根掘り葉掘り聞き出そうと言う欲求は消失していた。

 もし、あの時公園で少し話した後、玲奈が僕を拒んだり、すぐ帰ろうとしていたらどうなっていただろうか。僕は、必ず聞き出そうとしていたに違いない。……例え玲奈が多少嫌がったとしても。

 玲奈が、少し強く僕の肘を掴んで来た瞬間から、何故連絡を寄越さなかったのかと言う苛立(いらだ)ちは消えてしまい、その後の展開への期待だけが、僕の心を()めてしまっていたのだ。その様子から、玲奈が何か大きな問題を抱えているのではないかと憶測することすら、僕はしなかった。

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