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A side street  作者: 青木 航
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6 ふたたび

 最初のデートの日。楽しかったと言う思いはあったが、やはり物足りなかった。

 玲奈と別れて部屋に戻ってからは、配信動画を観て過ごしていた。「アバター」の初回作品を観た。それなりに面白いとは思ったが、特に感動はなかった。肌がグリーンなのがなんとなく気持ち悪い。 

 二時過ぎに”ブーッ、ブッ”とだけ、スマホが振動した。マナーモードを解除していなかった。見ると玲奈からだった。

”寝てるっかなー?”

と待ち受け画面には表示されている。開けると、

“送ってくれてありがとう。楽しかった。まったねー。お休みなさい”

と入っていた。

 なぜか僕は、それに返信をしなかった。それ以来、今日までまったく連絡がつかない。『あの時連絡していれば』、と自分のアホさ加減に腹が立っている。


 翌日の夜七時過ぎ、スマホが鳴ったので、玲奈ではないかとの想いが先に立ち、相手を確かめもせず慌てて「はい」と出ると、すぐ切れた。着信記録を見ると、”非通知”だった。非通知拒否設定にはしていなかったのだ。"玲奈ではない”それだけは分かった。非通知と気付かず返事をしてしまった僕は、相手の思惑にしっかりと()まったことになる。切れたタイミングは、この番号に掛けると誰がでるのか? それを確かめた。いかにもそんな感じの切れ方だった。”プリウスの男か? ……それとも、単なる間違いか?” 妙に(いら)ついた。


 それが、昨日までに起こったことのすべてだった。しかし、玲奈のことで、何故僕は、こんなになってしまっているのだろうかと思った。これじゃあ、まるで中学生の初恋じゃないか。そう自分を笑った。

 特に女の子に縁が薄いと言う分けでもない。それなりに、色んな子と付き合っても来た。なのに玲奈に対してだけは、僕の対応は明らかに違う。『何故か? そんなに玲奈はいい女なんだろうか?』とも思ってみた。確かに、顔は整っているし、スタイルも悪くない。服装や持ち物も派手過ぎず、センスがある。連れて歩くには、充分どころか、僕にはもったいないくらいだ。でも、そういう風にしか思えないと言うことは、やっぱり、僕の方が一方的に好きになってるってことか。 

 ただ、どれも外見のことばかりで、玲奈の内面のどこが好きか? と聞かれたら”良く分からない”と答えるしかないのだ。要は、まだ、それくらいの付き合いでしかない。


 玲奈から連絡があったのは、それから三日後、最後に会ってから六日後のことだった。大学に顔を出すつもりで向かった大塚駅の改札口の近くに、玲奈は立っていた。もちろん、僕の乗車駅を知ってはいた。だが、そこに来たのは、初めてだったろう。

 玲奈は、まったく普通に、ちょっと手を挙げて、少し笑いながら、僕に近づいて来た。

「おはよう」

 僕は、どう受けて良いのか分からず、不機嫌そうに、

「おはよう。……どうしたの?」

とだけ言った。

「急ぐ?」と玲奈。

「いや、大丈夫」

と、僕は答える。その時の僕に取っては、大学に顔を出すことよりも、玲奈を今捕まえることの方がはるかに大事だった。

 何時から、そこに居たのだろうか、と思った。いつ来るか、いや、来るか来ないかさえも分からない僕を、そこで、ずっと待っていてくれたのか? 来なかったら、どうするつもりだったのだろうか? そう思うと、追求する気持ちは失せた。

「少し、その辺歩かない?」

と玲奈が言って来た。僕は、

「うん」

と答えて、向き直って一緒に歩き出す。


 並んで駅を出た。大塚駅北口のイメージはずっと、ホープ軒本舗と都電荒川線だった。そのホープ軒も二月には閉店し、今は別のラーメン屋になっている。店のビジュアルも黄色から黒に替わっている。

 都電荒川線の線路を渡って、広い通り二つを横切り、左折して少し行くと住宅街となる。少し坂を登って右に折れ、百メートルほど行くと、先に小さな公園がある。そこに向かって歩きながら、僕らは無言だった。本当は矢継ぎ早に質問をしたかったが、逆に無口になった。

 玲奈も、途中から、イヤフォンを両耳に入れて、音楽を聴き始めた。だから、話しかけては来ない。

 何も話さないまま、小さな公園に入った。奥のぶらんこの脇の砂場では、若いふたりの母親が、三才くらいの子供を遊ばせながら、話している。子供は、男の子と女の子ひとりずつ。

 僕らはベンチに腰を降ろした。僕は玲奈の左側に座った。玲奈が僕を見た。

「一緒に聞く?」

と、自分の右耳からイヤフォンを外し、僕に差し出した。受け取って、僕はそれを右耳に入れた。

 何故か笑顔がすっと引いたように見えた。玲奈はバッグからスマホを取り出してそちらに視線を移した。やっぱり、スマホ壊れてはいなかった。

 僕は、話し掛けるタイミングを計るのはやめにした。いずれ、玲奈の方から話し始めるだろうと思った。それよりも今、玲奈が側に居る。それを、まず感じていよう。そう思った。何気(なにげ)無い雰囲気を作りたかった。僕もスマホを取り出して、ゲームを呼び出した。十分ほど()つと、大分気持ちが安らいで来て、周りを感じる余裕が出て来た。


 くそ暑い夏がやっと終わって、やっとこさ、公園のベンチに座っていてもうっとうしさを感じない季節になった。晴れているし、ほんの少し風もあるから、ま、ご機嫌と言っていい感じで居られる。気持ちいいのは、季節のせいばかりではなく、隣に玲奈が座っているせいかも知れない。


 僕はゲームやってて、玲奈はスマホをいじってる。玲奈は、スマホいじりながら、足でリズム取って、音楽聞いてる。白いスカートの裾がリズムに合わせて揺れる。

 僕は、懇親会の席での酔っ払った玲奈の姿を思い出していて、(いと)おしさと苛立(いらだ)ちの入り交じった感情を胸の奥に押し込もうとしていた。

 何をしているのか分からないけど、玲奈はずっと指を動かしている。宛先が男か女か気になったけど、まさか(のぞ)く分けにも行かないしね。

 気にはなってたけど、僕は僕でゲームに夢中って感じを作ってる。ほんとは、とっくにクリアしたステージで、機械的に指動かしてるだけなんだけど。

 風に乗って、玲奈のいい香りが漂ってくる。肩と肩は十センチくらい離れていて、流れている歌だけが、今ふたりを繋いでいる。曲は、米津玄師の「月を見ていた」。ボリューム大き目。


 さらに五分くらい経ち、我に帰った時、「みんなには、連絡した?」

と、僕はさりげなく言うことが出来た。玲奈の指が止まり、こちらを見た。一旦視線を落として、玲奈はスマホをバッグにしまい、自分の左耳に入っているイヤフォンを外し、もう一度僕を見た。僕もイヤフォンを外し、玲奈に渡した。玲奈は、無言でじっと僕を見ていた。

 三秒ほど、玲奈の瞳は動かなかった。そして、

「そうよね。……みんなに、心配かけちゃった」

 僕から視線を外し、玲奈はそう言った。

「おばあちゃん。……やっぱり悪いの?」

と聞いた。差し障りの無い質問のはずだった。

「後で話す。……みんなへの連絡も、もう少し待って。今、こうして居たいから……」

 玲奈が僕の右腕の肘の辺りを掴んで来た。少し驚き、僕は。妄想が現実となって行くのを感じた。

 見ると、玲奈も僕を見詰めている。連絡が取れずにいた苛立(いらだ)ち、その間の事情を確かめたいと言う考えは、既に霧消してしまった。僕も玲奈を見詰めた。その時、玲奈の心のなかでどんな葛藤が渦巻いていたのか。僕にはそんな事を思う余裕など無かった。ただ、抱きたいと思った。“手が届くところに玲奈が居る”そう言う感覚だけが、僕を支配していた。

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