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A side street  作者: 青木 航
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5 玲奈が消えた

 それから一週間ほどして、玲奈とは連絡不能になった。バイトには来ないし、ラインを打ってもずっと既読が付かない。電話は留守電。連絡が欲しいと二、三度録音し、別にメールもしたが、何のリターンも無かった。インスタのメッセージ設定もオフになっているのか? どう言うことなのか、その状況をどう理解したら良いのか分からなかった。心配な反面、僕はひどく嫌な気分になった。あれこれと憶測するばかりで、何の進展も無い事に苛立(いらだ)っていた。


 玲奈と連絡が取れなくなってから三日目に、出来るだけ何気なさを装って、リーダーの細井に玲奈の事を聞いてみた。

「橋本さん。ここんとこ休んでますね」

と探りを入れてみた。

「お婆ちゃんが入院したんで、実家に行くって届け、出てるよ。……あれ、斉藤君知らなかった?」

 安心した一方、気まずかった。

「ええ。まあ。……連絡取れてないんで」

“突っ込むなよ”と思う。どうも、この人は苦手だ。

「そうなの。そう言えば、あたしも連絡取ってない」

 休憩時間だったので、細井はすぐ電話を架けた。

「あ、留守電。病院に居るのかな?……あ、もしもし、細井です。お婆ちゃんの具合どうですか? 一度、電話かメールください。お疲れ様、じゃ、ね」

「留守電?」

「そう」

 三度、留守電に吹き込んだが、未だに折電も何も無いことまでは、細井に言わなかった。言ったら何言われるかと思ってね。


 その日、ロッカールームで帰り支度をしている時、細井が通りかかり、

「斉藤君。玲奈連絡来ないね」

と言って来た。

「メールも?」と僕。

「うん。まだ、メールも来てないし、留守電も入ってない。きみたちラインしてるでしょ、そっちは?」

と細井は逆に聞いて来た。

「既読なし。無視されてんのかなって思っちゃって、それで細井さんに聞いてみたんです」

 僕は、そう白状した。

「私も……全然連絡取れて無くって」

 僕らの会話を聞いて、玲奈と仲の良い明日香がそう言葉を挟んで来た。明日香も連絡が取れていないと言う事は、少なくとも、僕が玲奈に拒絶されている訳では無い。正直、それに付いてはほっと出来た。

「うーん。どうしたんだろうね。お母さんが病気って分けじゃなく、具合が悪いのはお婆ちゃんだって言うから、電話も出来ないような状況は想像出来ないしね。……どうしたんだろう?」

 独り言のように言いながら、細井はブースに戻って行った。

「斉藤君にも連絡ないんだ……」と明日香。

「スマホ壊したとか……」

 何故か意味も無く、僕はそんな事を言ってしまった。

「壊した?……そしたら、留守電入れられる?」

 明日香は納得していない。

「伝言メモじゃなくて、センターのサービスだから、大丈夫じゃないの? 分かんないけど」

 僕は何故か適当な事を言っている。

「失くしたのなら、心配だから、まずスマホ止めるものね。やっぱ、壊したのかなぁ、水没?」

と明日香は考え込む。僕が”壊したとか……”と言ったのは、思い付きで言葉が口を突いて出ただけで、本当はそう思っていなかった。

『実家に居るなら、電話はイエデンからでも掛けられるし、家族のスマホだってあるだろう。こっちから、連絡入れようと入れまいと、向こうから掛けて来るのが普通じゃないか。休んでるんだから。誰も連絡取れていないのは、連絡する気がない、連絡したくないと言うことだ』

 そう思った。好意的に考えれば、メモリーもパアになっていて、データが分からなくなってしまったということも考えられるのだが……。

 でも、派遣会社からの連絡は、絶対に取れるようにしておかなければならないはずだ。そんな状況なら、自分からすぐ派遣会社に連絡して事情を説明しているはず。もし、それをしていないとすれば、このまま辞めてしまうつもりということになる。


 通用口を出てすぐ、退勤報告のラインを打った後派遣会社に電話した。

 玲奈以外の、いつものメンバーと一緒だ。

 担当の、武者小路と言うだいそれた名前の社員が出た。

「S一一六四斉藤雄介です。お疲れ様です」

 こちらは、まるで囚人のように、登録番号から言わなければならない。これは、僕個人の感情としては、余り気分の良いものでは無い。

「あ、斉藤君。お疲れ様です。どうしました?」

「あ、いや、退勤ライン今打ちました」

「ちょっと待って、……あ、はい。入ってますよ。ありがとうございます。明日は早番ですよね。明日も宜しくお願いします」

「あのぅ、橋本玲奈さん。休んでますよね」

 思い切って、そう聞いてみた。

「ああ、はい。十日くらい休むって、連絡ありましたよ。個人情報だけど、斉藤君だから、そのくらいはいいかな。その後は特に何も聞いてないけど。どうかした?」 

「いえ、別に……。ありがとうございました。お疲れさまです」


「何か分かった?」

 一緒に歩いていた田中翔太が聞いて来た。翔太は、同じ大学で前のバイトも一緒、長い付き合いだ。前のバイト、『俺、そろそろやめるわ』と伝えたとき、『じゃ、俺もやめる、厭きたしな』と一緒に辞めた。今、明日香と付き合っている。

「十日くらい休むって、ことくらいかな」

と、武者小路に聞いた事を伝える。

「おまえさ。玲奈ちゃんのこと、どう思ってんの?」

と翔太が、また聞いて来た。

「……どうって、彼氏居るしな」

と口籠り気味に僕は答えた。その時、

「玲奈は雄介君のこと好きだよ、きっと」

と明日香が言った。

「だったら、こんなことしないだろう」

 照れ隠しなのか、ムッとしたのか、自分でも分からなかった。

「彼氏って、私も良く分かんないのよね。居ることは確かなんだけど、なんにも言わない。……うまく行ってないんじゃないの?」

と言って、明日香は、結んだ口を少し曲げる。

「そんな奴どうでもいいんだけどさ。問題は雄介、お前だよ。アメリカ行っていつ帰って来るんだか分かんなかったらさ、玲奈ちゃんだって、気持ちの持って行きようがないだろう。お前、まじで、ハリウッドスターにでもなろうと思ってんの?」

「まさか。そんな分けねえだろう」

「だったら、語学学校、一年か? それ終わったら帰って来る。それぐらい言ってやれよ」

と翔太は、何故か玲奈が俺を好きと言う前提でものを言ってくる。こっちの思考は、とてもそんな段階では無い。

「今、そういうシュチュエーションじゃないよ。このまま辞めちゃうんじゃないの? 俺らに何も言わないでさ」

「きっと何かあったのよ」と明日香。

「そうだよ。仮に、仮にだよ。おまえの事大っ嫌いになって、それでやめるとしても、明日香や細井さんにも挨拶しないでやめる分けないだろう。なあ」

と翔太は明日香に同意を求める。二人協力して、僕を慰めようとでもしているのか?

「そう。そうだよ」

 明日香が言った。

「あと一週間経てば、分かるよ。どう言うことか」

と僕は冷静さを装う。でも、本当は、今すぐにでも、玲奈の実家に行き、理由をはっきりさせたいと言う気持ちでいっぱいだった。


 玲奈の実家は福島だ。下の兄が東京に居て、最初はそこに居候していたと言う。三歳の姪が居て、とても可愛いと言っていた。一年でそこを出て、今のワンルーム・マンションに移ったそうだ。駅は知っているが、詳しい住所までは知らない。

 実家は資産家らしい。不自由無いくらいの金額は送ってもらっているようだ。しかし、兄が応援してくれて父親を説得し一人住まいが出来るようになったので、家賃ぐらいは自分で払いたいと、アルバイトをしていると言っていた。また、東京での就職が大変そうなら地元で就職するよう父親から再三言って来ていたので、専門学校に行くことにして、それを(かわ)したとも言っていた。

「大学出て、専門学校なんかに何で行かなきゃならないんだ」

と父親は言っているようだが、今のところ、強硬に”卒業したら帰ってこい!”とまでは言っていないと言う。専門学校は、アナウンス学院を考えているようだ。”人前できちんと話せるようになるので、無駄にはならない”と父親に対しては説明している。

「雄介。今日は二人で気晴らしに行こうか?」

 翔太が言った。

「待ってよ。”二人で”って何?」と明日香。 

「いや、こういう時は、やっぱ男同士でないとな」

「へえ~。雄介君出汁(だし)にして、ナンパにでも行こうと思ってんじゃないの?」

と明日香が翔太を(にら)んだ。

「ばれた?」

と翔太は(とぼ)ける。    。

「当然ばれるわ! 馬鹿め」

 明日香は、そう言って笑っている。

「いや、今日ちょっと調べものがあるんで、帰るわ」

と僕は言った。翔太達と話していても、気が落ち着かなかったので、そう言ったんだ。独りになりたかった。

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