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A side street  作者: 青木 航
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4 赤い花

 芝居を本気でやろうなんて思っていない。そんな甘い世界じゃないということくらいは分かっていた。芝居の勉強というのは、恰好付けて答えただけで、まずは行ってみようと思っていただけだ。でも、段取りの方は本気でやった。行きたいと言う気持ちだけは、どんどん強くなったので、(かね)を作るため鬱陶(うっとお)しい仕事もやり遂げた。ただ、今のセンターに移り、玲奈と知り合ってから、行くのが億劫になって来ていた。手続きは進めているので、年明けには行くことになるだろう。だが、手続きが進むのと反比例して、どんどん気が重くなって来ていた。思い切って

「明日、(ひま)?」

と聞くと、玲奈は黙って頷いた。

「どっか、出ようか」

と言ってみる。

「うん、いいよ」

と嬉しい返事が返って来た。

「渋谷、それとも、六本木がいい?」

 玲奈が首を振る。

「……う~ん。どっちもパス」

 知り合いと顔を合わせる確率が高いからかなと思った。

「じゃ、新宿か?」

「そうね。うん、いいわね」

と玲奈のOKが出た。


 十一時半に、新宿駅西口で待ち合わせた。僕は、五分前に着いたが、玲奈は、ほぼ時間通りに現れた。これは、僕にとって或る意味驚きだった。何故なら、その前に付き合っていた子が、何故か、絶対に十五分遅れる事を信念にしているとしか思えないような女だったからだ。それ以外の女性も含めて、デートの時に限って言えば、女と言うものは、時間に極端にルーズなものだと言う思い込みが、僕の中に出来上がっていた。

 白地に薄紫の小さな花の付いた草をストライプのようにあしらったノースリーブのワンピ。鳩尾(みぞおち)の辺りに花のと同色の細いリボンが付いている。編みカゴ状のバッグの持ち手の付け根には赤い大きめなリボンがあしらわれている。単純に僕は『いいな』と思う。

「早かったね」と言うと、「Just on timeよ」と親指を立てた。

「Good。 ……フレンチでいいかな?」

「Why not. Here we go.」

「オー・ケ~イ」

 ビルのテナントで入っている店で、フレンチとは言っても別に高級店ではない、老夫婦がやっている個人経営のレストラン。雰囲気はまあまあ。食事しながら話した。


 食後映画を見に行った。僕は、本当は『インディー・ジョーンズ』見たかったけど、『交換嘘日記』になった。映画が目的じゃなく、玲奈とのデートを楽しみたかっただけだから、それで良かった。

「交換日記ってなんか昭和っぽくない?」

 僕は、玲奈にそう言った。

「ラインやメールより、逆に新鮮だった。原作は十年前の投稿携帯小説?」

「うん。立派に平成だったはずだけど、なんでかな?」

 僕が、そんな事を言っている時、突然玲奈が言った。

「ねえ、あの花知ってる?」

 指差している先は、蕎麦屋の窓の外側に沿って作られた細長い植え込み。植え込まれた笹の間に、たまたま紛れ込んだとしか思えないような、赤い頼りなげな花が一輪。本当に頼りなげで、大きくも、鮮やかでもない。

「彼岸花ってやつ?」

と僕が答えると、

「そう、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)、マンジュシャカとも読むの。お彼岸の頃咲くから、彼岸花とも言う」

と何か得意気に説明してくれた。

「本当は、もっと大きくて、鮮やかだよね。前、多摩川で見た」

 僕はそう言った。以前に付き合っていた子の記憶と重なる。綺麗な花だと思って摘んでやると、『やだ、彼岸花じゃない。縁起悪い!』と言ってその女は遮った。『馬鹿か、こいつは』と思ったのを意味もなく思い出した。

「毒があるの」と玲奈。

毒饅頭(どくまんじゅう)のマンジュウなの?」

と僕は聞いた。

「“まんじゅう"じゃなくて“マンジュ”」

「まさか、食べるとあの世に行ってしまうから、お釈迦様のシャカって訳じゃないよね」

などと、下らない冗談を僕はヘラヘラと喋っていた。我ながら軽い。

「君はデーブ・スペクターか?」

 玲奈が僕を指差した人差し指を上下に揺らし、笑いながら言った。そして、真顔になって、

「サンスクリット語。”赤い花・天上の花”の意味で、おめでたい(きざ)しとされていますーっ。お(きょう)にそう書いてあるわ。韓国ではサンチョ、相思華、とも呼ぶらしいの。相思相愛の”相思”に華道の”華”。ただ花言葉の中には”あきらめ”とか、”悲しい思い出”というのもあるのよね」

と玲奈は得意気に説明している。しかし、僕は別の事に驚いていた。 

「えっ!お(きょう)なんて読むの?」

と本当にびっくりして、玲奈に聞いた。

「お婆ちゃんから聞いたの!」 

 玲奈はムッとしたように僕を睨んで答えた。僕は、(まず)いことを言ったと気付き、

「あ? そう。そんな、(にら)むなよ」

(なだ)めに掛かる。


 その後、小洒落たラウンジを見付けて入った。酒が入ったせいもあって、それなりに盛り上がってはいたが、そのうち、玲奈が”帰る”と言い出した。玲奈の肩に掛けていた手に少し力が入った。

「今日は楽しかった。ありがとう」

と玲奈は交わして、僕の手から肩を外した。

「まだ、大丈夫だろう?」

 不機嫌そうに僕が言うと、 

「ごめん。また……。ねっ」

と玲奈は笑顔を作る。

 諦めた。

「OK。……送るよ」

と仕方無く、僕は言った。

 終電にはまだ、随分時間があった。東急東横線の学芸大学駅まで一緒に行き、ホームに降りて、改札口を出てゆく玲奈を見送った。

 満足感と(わび)しさが微妙に同居した気持ちを抱いて、僕は帰りの電車に乗った。

 独り相撲をしているような(むな)しさが、僕の心の何処かに潜んでいる。『楽しかった』僕は、そう思おうとしていた。

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