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A side street  作者: 青木 航
3/18

3 なんとなく

 翌日は一時限目から講義に出る予定だったが、目が覚めたのは昼前だった。

「くそっ! やっちまったよ!」

と独り言を言っただけで、直ぐに切り替えた。出席日数が足りない訳でも無いし、中身はなんとかなるので、別に後悔はしない。コールセンターのバイトは入っていない日だったので、大学も休んで、午後、カラーリングとカットのために、美容院に行った。


 翌々日は、五時からバイトが入っていたので、コールセンターに。玲奈も来ていて、それまでと何も変わらない時間を過ごした。

 玲奈も僕も、今は週四で入っている。最初玲奈は、三日だけのシフトで、そのうち二日は同じ曜日だったのだが、いつか四日とも同じ日に入るようになっていた。就職はやめ、専門学校に行くことにしたらしい。


 気持ちはともかく、表面上は、いつもとまったく変わらない日だったが、ひとつだけ、状況が変わった。皆、休憩時間には、すぐ、ロッカーを開けてスマホのチェックをする。ブース内はスマホ持ち込み禁止になっているからだ。玲奈からラインが入っていた。それ以外の時間でのラインのやりとりは結構していたが、一緒にシフト入っている時にラインを入れて来るのは初めてだった。しかも、玲奈は僕の隣に立っている。ロッカーも隣同士だったのだ。


“今日、ちょっと話さない?”

と入っていた。(放置少女スタンプ第一号)が付いている。

           “なんか話あるの?”

と僕は返した。

”帰り、マック寄る?”

と、玲奈は聞いて来た。

            “OK”と返す。

“じゃ、ア・ト・デ”

その後に(仕事猫のスタンプ)が付いている。

            “うん、アトデ”

と返して、僕も(とらろうのスタンプ)を付けた。

 僕と玲奈は隣のロッカー同士で、ロッカーの中を覗くようにして、スマホをいじっている。玲奈がこっちを向いて、にこっと笑った。時間も無いし、簡単な遣り取りだった。


 その日の帰り、駅近くまで皆と一緒に歩き、マクドナルドの近くでふたりで皆に「お疲れ」を言って別れた。


 玲奈の髪は、ブルベ系のラベンダーピンクで、サーモンピンクのブラウスを合わせている。そしてボトムスはグレーのデニム。自然で飾らないコーデだった。

「持って行く。場所取っといて。……何にする?」

と僕は玲奈に言った。

「有難う。じゃ、オーレがいい」

 そんな時の玲奈の笑顔が、僕はとても好きだ。玲奈を先に二階に行かせて、オーダー・カウンターに向かった。

 順番を二人待って、アイスコーヒーとカフェオレ。それにフライドポテトの(L)ひとつを買ってから、二階に上がった。

 玲奈は、四人掛けのテーブル席に座り、スマホをいじっている。こっちを見てはいなかったのに、トレーを持った僕が近づくと、スマホに目をやったまま、向かい側の席に置いてあったバッグを、自分の脇に移した。

「お待ちどう」

と僕が席に着くと、

「ワリカンPayPayでいい?」

と聞いて来た。別に奢る謂れもないのだが、

「いいよ、今日は」

と僕は言った。

「じゃ、今回ご馳走になるね」

 玲奈は、こんな時堅苦しく払うと言い張るタイプでは無い。少し経って、

「今日、三十分くらい捕まった!」

と玲奈がスマホをいじりながら言った。

 玲奈がクレームに捕まっているのを、僕は気が付いていたし気にもなっていた。

「そう。相手、オバサン?」

 でも、対して気にもしていないような素振りで、わざとスマホをいじりながら聞いた。

「ううん? そこまで行かない。三十前後かな?」

と玲奈が答える。

「何言われたの?」

 それが知りたかった。

「要は、忙しいところに架けて来て、非常識だって、さんざん言われた」

「そっか。可哀想」

「何それ、いじってんの?」

 玲奈はスマホの手を止めて、僕を睨む。何故かその目を僕は可愛いと思ってしまう。

「そんな事無いよ。ホントは気付いてた。心配してました。大丈夫かな? って」

「ほんと? じゃぁ聞いてくれる?」

「もちろん」

 玲奈は、ちょっと僕の方に顔を近づけて、声を落としてた。周りに聞かれないためだ。例え会社の有るビル内であっても、ブース以外で仕事のことを喋ってはいけないことになっている。

 もちろん、外では、社名や商品名は一切口にしない。大勢働いているセンターだ。知らない人もいる。こんな店では、誰が聞いていないとも限らないのだ。情報管理に厳しい時代になっているから、誰かに聞かれて、それが伝わったら、派遣など即クビ。例え、そこまで行かなくても、思いっきり絞られる。

「忙しいと言いながら、三十分も同じ文句繰り返してるのよ。“どういう事? 忙しいって言いながら、あんた、じゅうぶん暇じゃん”と思いながら聞いてた」

「まあ、相手にしてみれば、迷惑には違いないよな。テレコールなんて」

「でもさ、迷惑なら、そう言ってくれれば ”また、改めます”ってあっさり引こうと思ってたのよ、こっちは。それを、最初からいきなり怒鳴り始めるんだもの、機関銃みたいに。 ……あとは、”申し訳ございません” 繰り返してるだけよ。しょうがないから」

「多分、相当しつこい勧誘が何度も掛かって来て頭に来ていて、タイミング悪くそこへ掛けてしまったとか。そんなとこじゃないかな。災難だったね」

 玲奈は作り笑顔で、

「ま、それも仕事のうちだから……ね」 

と言った。

「そう考えてれば、気が楽。いちいち落ち込んでてもつまんないからさ。テレマーケッティングなんてそんなもん。でもあそこなんて、かなり上品な方だよ」

 僕は玲奈を励まそうとして、そう言った。

「そう?」

と玲奈は怪訝な表情を浮かべる。。

「俺、前居たとこなんてさ、悪徳とは言えないまでも、迷惑商法もいいとこだったよ。スパルタでさ。いくら、しつこいと言われても、オーダーになるか、着拒になるか、クレームになるまで掛け続けるからね。クレームになったって、それを逆手に取って、SVが謝りの電話を掛けながらオーダーにしてしまうなんてことも結構ある。成績上がれば天国、上がらなければ地獄の世界さ」

 そう言いながら僕はアイスコーヒーのグラスを持ってまわし、クラッシュアイスの音を聞いた。

「それ、もろブラック企業じゃン」

「やっぱ、そうかな。アポ電やオレオレとは違うから、そこまでとは思ってなかったけど」

「大企業だって、オリンピック利用してデタラメやってたんだから、世の中、みんなそんなものなのかな? でも、雄介、それ一年くらいやってたんだよね」

とマジ顔で僕を見て、玲奈が言った。

「うん、言われて見れば十分ブラックなのかな? 中に居るとそう思わなくなっちゃうんだよね。オレオレでもアポ電でもないからいいかなって思っちゃって。グレーくらいかと思ってたけど、やっぱ、ブラックだったのかなぁ?」

「世の中、グレーだらけなんだから、気にするほどのことでも無いでしょ」

「要は、法律にひっかかるかどうかなんだよな。でも、長くやってるのはさすがに精神的にしんどくなって来たんで辞めた。目的も達成したしね」

「留学資金、溜まったから?」

「うん。いい時は四十万くらいにはなったから、資金は貯まった。使わなかったし」

「バイトで四十万か? それって凄くない? 時給千三百円では、どうやっても無理よね。仕方無かったんじゃない」

「歩合だったからね。でも、売れなかったら悲惨だよ。固定給の保障はほとんど無いし、朝から晩まで詰められる。三十代四十代のおっさんでも、俺みたいなガキの前に正座させられて、反省と翌日の目標達成の誓約をさせられるんだよ。辞めちゃうよね、普通。だから、会社は一年中求人出してる。応募者はいくらでも来るよ。求人には、凄い金稼げるみたいに書いてるから……。実際は稼いでるのはほんの一部の人だけ」

「でも雄介、そこで、成績優秀で一年も頑張ったんでしょ。SVにも成って」

「うん、わりと直ぐSVになった」

「想像出来ないね。雄介が他の人に怒鳴ってるなんて」

「いや、俺は、そんなには怒鳴らなかった。でもたまには……。しょうがなくね。そんな仕事嫌だったけど、お金貯めるにはこれしかないって思ったんだよね。正直、少しでも早く貯めて、すこしでも早く辞めたかった。お金が入ると派手に使う奴多かったけど、俺は極力使わなかった。だから、あまり好かれてはいなかった。付き合い悪いしね。でも、いい恰好してたら、あの世界から抜けられなくなってしまう。その点、女の子の水商売と似てるよ。自分の性格が変わって行くようで、なんて言うか……。だから、今はこの仕事で、すごく気持ちが楽だ。……」

”玲奈にも会えたし”と心の中で付け加えた。

「ふ~ん、そうなんだ」

と玲奈は一瞬暗い表情をして、意味不明の反応をした。そして、何故か急に元気良く、

「そっかあ。アメリカ行くんだもんね。ロス…… いつ頃?」

と聞いて来た。

「年明けてからかな。卒業は出来るから。お金使っちゃわないうちに手続きしたよ。まずはホームステイしながら、語学学校行って、早めにバイト探す。実はバイトどの程度出来るか調べてはいないんだけど……」

「雄介、テキトー」

と玲奈が笑う。そして、

「でも、いつ頃帰って来るの?」

と真顔で聞いて来た。そう聞かれて、僕は返事に困った。

「分からない。行ってみて、どうなるか」

とは言ったが、じつは、アメリカ行きが億劫になって来ていた。真剣な目的意識を持って行く訳じゃない。なんとなく、日本でこのまま就職してしまうのが嫌だったから、周りには、アメリカ行く積りなので就活はしないと宣言した。何しに行くのと聞かれれば、芝居の勉強と答えた。

「芝居ならニューヨークじゃないの?」

と良く聞かれたが、ニューヨークは寒そうだから西海岸にした。要は敵前逃亡みたいなもん。

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