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A side street  作者: 青木 航
16/18

16 衝撃

 住宅街を抜けて、駅から十分ほども歩くと、高さ二メートルほどの白い塀に囲まれた建物が見えて来た。僕の気が変わって、行くのをやめると言いださないか心配なのだろう。田中とそして吉川もさかんに話し掛けて来る。

 宗教の話ではなく、時候の話や世間話なのだが、何処かピントが外れていて、取って付けたような話題ばかりだ。こちらも適当に相槌を打っているが、うざくなってきて、『逃げないから、黙っててくれ』と言いたくなる。

 白い塀に沿って角を曲がると、そこが、教団の正門のある通りらしかった。門の辺りで、青いブレザーを着た三人の男たちとサラリーマン風の男が、何やら()めているように見えた。

 河原崎だ。遠目でも分かった。『勧誘されに行く』と言ったくせに何を()めているんだろうと思った。田中と吉川も気になっているようだ。

「あ、あの、私ちょっと先に行って、話しておきます」

 そう言い残して吉川が、速足で門の方に向かった。見ていると、吉川が三人のうちのひとりに話し掛けようとした時、 

「だから、さっきから言ってるだろう!」

 河原崎が、そう大声を出した。

「名簿見せてくれって言ってんだよ!」

 河原崎は、(つか)み掛からんばかりの勢いだ。

「ですから、それは出来ません。個人情報ですから」

とブレザーのひとりが答える。こちらも、声が大きくなっている。

「何言ってるんだ、拉致(らち)でもしてんじゃないのか?」

「そう言う、根も葉もない言い掛かりはやめてください」

とブレザーの男は河原崎を追い返そうとしている。

「根も葉もあるから言ってんだよ!」

 つい手を出してしまうことを恐れてか、河原崎は手を後ろに組んで、顔だけ相手に近付けて行く。

「貴方、何なんですか? ご家族でも何でもないんでしょ」

 こちらも、手が相手に触れてしまうことを恐れて後ろに引いている。


 河原崎らが()めているところへ近付くのはまずいと判断したのだろう。

「ちょっと通用口の方へ回りましょうか」

と田中が僕に言った。

「何か揉めてるみたいですね」

と僕が言うと、

「勘違いか何かだと思います」

と田中は必死で誤魔化そうとする。その時、吉川に気付いた河原崎が振り向いた。そして、その視線の先に居る僕にも気付き、なんのつもりか、

「お~っ! 斉藤君。こっちだ」

と叫んだ。

 僕にしてみれば、『馬鹿野郎!』と言う感じ。『こっちは、無視して中に入ろうと思っていたのに、ぶち壊しやがった。おまけに、僕の本名まで大声で言う奴が有るか!』と頭に血が上った。

『ただ聞いたって答える分けが無い。入り込むしかないんだ。勧誘されに行こう』と提案したのは一体誰なんだ! と腹が立った。仮に自分が失敗したとしても、知らん顔をして、僕が入れる可能性を残すのが当たり前だろう。何を考えてるんだ。そう思った。

 車でこの街に向かう途中、見下していた河原崎が、意外にモノを考えていると感心したことを後悔した。『言う事とやることがまるで違う人間なんだ、こいつは』と思った。

 僕と河原崎の関係に気付いた田中は逃げてしまった。せっかく中に入ろうと努力していたのに、河原崎はそれを一瞬でパアにしてくれたのだ。中に入って幹部に詰め寄ろうと思っていた僕の思惑は水の泡となってしまった。

 河原崎に対する怒りが湧き上がって来た。僕は走り出し、気が付くと、河原崎に殴り掛かっていた。河原崎の眼鏡が跳んだ。


 河原崎とは殴り合いになり、警察でも来たらやっかいと思ったのか、教団の連中は一人残らず中に入って、通用口のドアも閉めてしまった。

 確かに、何時までやっていると警察を呼ばれかねないという自覚が僕らにも有った。僕は、走ってその場を離れ、結局ひとり、電車で帰路に着く事になった。

 腹に二発、顔面に一発入れてやったのだが、こちらも、鳩尾に蹴りを一発受けていた。土台、河原崎とつるんで行動している方が居心地悪かったのだ。記憶は無いが、何か顎の辺りも少し痛いのは、河原崎の肘か何かが入ったのかも知れない。何れにしろ、教団に入り込んで玲奈の行方を探すことは、不可能となってしまった。その日半日やった事が、すべて無駄となったという事だった。


 電車の中では、イライラする気持ちを抑え付けているしかなかったが、顔の筋肉は硬直し、目だけをぎょろつかせていたはずだ。マナーモードにしていたスマホが震えた。

 見ると翔太からだった。電車の中なのでスマホを(てのひら)で覆い、

「もしもし」 

と小声で出た。

「おー。今大丈夫?」

「電車ん中」

と僕は小声で言う。

「あ、そ。ちょっと話したいことがある。降りたら架け直して」

「分かった。あと十五分後くらいになる」

「分かった。じゃ、後で」

と、翔太は電話を切った。


 新宿駅のホームから折り返し電話した。

「今、何処?」 

と翔太が、聞いて来た。

「新宿駅のホーム」

「じゃ、南口出て待ってて」

「OK.分かった」


 珍しく、翔太は一人だった。新宿駅の南口と東南口は渡線橋となっている甲州街道と同じ高さに有り、東南は極端に低くなっている。向かい側の新南口バスタ新宿方向に渡る為に信号を待つのが面倒だったので、東南口の急な階段を降り、甲州街道の下を潜って高島屋に向かった。丁度、ハンズで買うものが有ったから、タイムズ・スクエアーで話すことにした。


 ベンチに腰を降ろすと、

「言い(にく)いんだけどさ……」

と翔太が話し始めた。 

「彼氏って言うか、やっぱ男居るな、玲奈ちゃん」

 翔太は、そう言って僕を見た。

「中学の同級生のことか?」 

と山を掛けてみた。

 翔太が、少し驚いたように僕を見て、

「知ってんのか?」

と聞いた。

「ああ、実は話して無い事が有る」

 僕は、玲奈のマンションに行った後起こった事をすべて翔太に話した。キャバクラに勤めていたのではないかと言う事や、河原崎とのこと、宗教の事、中学の同級生の男のことも、河原崎に聞いた限りの事を全部話した。

「そうだったんか。……結論から言うと、その同棲してた男と、一旦は別れたが、完全に切れてはいなかったって噂が有るんだ。大体そう言う奴は天才的に謝るのがうまいんだな。普通考えたら、絶対に別れるだろうと思うようなケースでも、いつの間にか()りを戻してしまう。プライドなんてないから、機嫌取るためには何でも言うし、何でもやる。そのうち、女の方が根負けしてしまうんだ。女の方にも、そういうのにひっかかり易いタイプってのが有る」

 翔太の言葉に引っ掛かるものが有った。

「玲奈がそのタイプだって言いたいのか?」

とストレートに聞いた。

「悪いがそうかも知れない。明日香は絶対そんな事ないって言い張っている。それに、噂話の段階で何も確認出来てないのに、こんなことお前に言うべきじゃないって、ムキになって言い張るんで、実はその事で大喧嘩してしまったんだ」

 二人、それぞれの気持ちは分かった。

「そうか…… 悪いな。とんだとばっちりを食わしてしまったと言う事だな」

と僕はため息をつく。翔太はふっと息を吹いてから、苦笑いした。

「あいつも、複数の知り合いから聞いた結果だから、本当かも知れないとは思ってるはずなんだ。ただ、そう思いたくないし、お前にそんな事を知らせたくもなかったんだな。(かね)稼いでたのも、その何とかって宗教のせいじゃなくて、男の為だった可能性がある。何しろ、遊びまわる(かね)を女にせびったり、下らん連中との付き合いもある奴らしいからな」

「いや、キャバやったのは、別れた後だって俺は聞いてる」

「その後、()りを戻した可能性だって有るさ」

「翔太。お前何を知ってるんだ。俺はそんな事認めたく無いと言いたいところだが、単なる噂で、お前がそこまで言うとは思えない。相当確かな根拠でも有るのか?」

 翔太は、鼻から大きく息を吐き、思い切ったように話し始めた。 

「昨日、赤川に行ってる友達から明日香に電話が有った。……玲奈ちゃん、今、病院に居る」

 翔太は、そう言って、僕の反応を窺っている。僕は、事態が把握出来ないでいた。そこに、更に衝撃的な言葉が、翔大の口を突いて出た。

「睡眠薬飲んだそうだ。大量に」

 聞き返す事も出来ず、僕の頭の中は真っ白になった。

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