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A side street  作者: 青木 航
15/18

15 キャッチ

「行ってどうしようと思っている?」

と河原崎が言った。

「どうって、玲奈がいるかどうか確認しに行くんでしょ」

「『はい、居ます』なんて言うと思う? まともに聞いて……」

「いや、言わないだろうね」

と答えたが、『自分で誘って置いて、今更、どう言うつもりでそんな事を聞くんだ』と思った。

「だったら、無駄なことしても仕方がない。教団相手に、いくら言い合いしてみてもしょうがない分けだ」

「じゃ、どうするの?」

 河原崎の意図が分からなかった。何が言いたいのかと思っていると、

「勧誘されよう」

 そう言って来た。不意を突かれた感じだった。

「マジーっ?」

とつい言ってしまった。

「他にもっといい方法でも有るか?」

 そう聞かれても、僕に答は無い。

 

 色々話しながらだと時間はあっという間に過ぎて行く。出発して一時間ほど経った頃、

「もう、そろそろ着くよ」

と河原崎が言った。教団は西京市の住宅街の外れに有ると言うが、西京駅前の公園で布教活動が盛んに行われていると言う。下調べをしていたのか、河原崎は、駅から少し離れたところに有るパチンコ屋の駐車場にうまく車を止め、僕らは駅前の公園に向かった。

「男ふたりってのも、勧誘する方にしてみればちょっとやり(にく)いだろうから、離れていた方がいいな。丁度昼前だから、コンビニ寄って弁当買って行こう。……それから、あんまり素直すぎるのも怪しくなるから、普通するだろうくらいの切り替えしや断りはした方が自然だ」

 河原崎は歩きながら、そんなことを言った。

「ご心配なく、その辺はうまくやるから」

 河原崎に指図がましく言われるのは、余り(うれ)しくはなかった。


 ロータリーの真ん中が公園になっていると言う感じだったが、郊外の駅なので、そこそこの広さはあった。多少の緑があり、外周にはところどころ四人掛けのベンチが配されている。ホームレスが寝るのを()けるためか、それは、一人分ずつ枠で仕切られている。

 中ほどには、色々と高さを変えた石の一人掛けの腰掛(よう)のものが、数個ずつ配されている。灰皿はないので、ベンチや腰掛の周りには、たばこの吸い殻が散乱している。公園はどこもそうだが、やたらに鳩が居る。

 群れの真ん中に向かって歩いて行っても、容易に飛び立とうとはせず、最小のエネルギーを使って、とことこと歩き、少し避けるだけだ。

 河原崎が入ってすぐの木製ベンチに掛けたので、僕は中ほどまで入って行って、石の腰掛のひとつに腰を掛けた。まだ昼前だったので、労働者風の中年男がひとり、奥のベンチに居ただけで、通行する人の他には、ひと気は無かった


 他にすることも無いので、コンビニで買って来た唐揚げ弁当を膝の上で広げた。

 食べ始めて五分もしないうちに魚は寄って来た。外の道路に五、六人固まって歩いて来るのが見えたと思ったら、そのうちの一人が僕の方に、もう一人が河原崎の方に近寄って来た。僕は気が付かない振りをして弁当を食べ続ける。

「すいません。お食事中失礼します」

 若い声だ。見ると、二十二、三歳の地味な感じの女だった。身長は百五十五センチほどか。ナチュラルなセミロングの髪に、ベージュのハーフコート。コートの下からは、黒のタイトスカートが見える。左手にはキルトの布製バッグを提げて、もう片方の手にはバインダーを抱えている。

『そうだよ。新興宗教の信者って、こう言う感じでなきゃしっくり来ないんだよな』

 僕は、内心、妙な感心の仕方をしていた。

「なんですか?」

 わざと(いぶか)しげに答えてみる。

「皆さんの幸せを祈らせて頂いてます。あなたの幸せを祈らせて頂いて宜しいですか?」

 普段なら、こんなのは無視する。でも、釣られに来たのだ。

「どうぞ」

 相手を見ないで、そうぶっきらぼうに答えて下を向いて弁当を食べ続けていると、

「あのぉ、申し訳ありませんが、お祈りする間、ちょっとだけ、食べるのをやめて頂いて宜しいですか?」

『じゃ、いいです』

と答えたら、さぞかし慌てたことだろう。

「食べてちゃいけませんか?」

と意地悪く聞き返す。

「申し訳有りません。感謝の気持ちと幸せになりたいと言う気持ちを持って祈って頂きたいんですね。ご本人がそう言う気持ちで無いと、私がいくら祈っても届きません。貴方に幸せが来るようにお祈りしたいので……」

「あの、僕、今でも結構幸せなんですけど」

 どう切り替えして来るのかと思って、そう言ってみた。

「そうですか。結構なことです。感謝の気持ちを持つと、その幸せが続きます。でも、感謝を忘れると、いつ不幸になっても不思議じゃありません」

下手(したて)に出ながら脅しも混じってるじゃないか』と僕は思った。

「誰に感謝するんですか?」

と聞いてみる。

「すべてにです。生きとし生けるものすべてにです。私たちは、生きとし生けるもののなかで生かされているちっぽけな命ですから」

『いきなり、神様は持ち出して来ないんだな』と思った。

「あの、宗教なんですか?」

と鎌を掛けてみる。

「もし、神様と言う言葉がお嫌いなら、先祖にでも、お父様お母様にでも、運命にでもいいんです。感謝の気持ちって大切ですよね」

『なるほど、ここは、宗教かどうかをまともに答えずはぐらかす。ロープレ研修で散々やらされてるんだろうな』

 コールセンターの研修に重ねて、そんな想像をした。

「ま、感謝するってことは悪いことじゃ無いけど」

 女はホッとしたように、小さく息を吐いた。

「じゃ、こう指を組んで下さい」

 女は、布制バッグとバインダーを石の上に置いてから、クリスチャンがするように指を組んだ。

「やっぱり、やらないとまずいですかね?」

 わざとちゃちゃを入れてみた。

「お願いします」

 女は真剣な目をして、そう言った。

「分かりました」

と言って、僕は、弁当を隣の石の上に置き、女を真似(まね)て指を組んで見せた。

「ありがとうございます。では、私が感謝の言葉を述べますので、続いて同じように仰ってください」

『いや、やっぱりいいですよ。やめましょう』と言ってみたくなった。恐らく、土壇場でそんな風に逃げられる事はしょっちゅうなのだと思った。そんな時は、少し離れてこちらを見ているベテランの誰かが飛んで来て助け舟を出すのだろうか。

「分かりました」

 僕は、少し笑いを浮かべてそう言った。相手はここで『やった』と思ったはずだ。


 少しの間、言う通りにしてやってから、僕の方から、彼女に質問を始めた。向こうも答えない訳には行かない。

「何処かに地区の会員が集まって、曜日を決めて勉強会をやってるんですか?」

と水を向けると、これ幸いと思ったのだろう。

「ええ、実は今日も勉強会が有るんです。宜しかったら、ちょっと覗いてみませんか?」

と食い付いて来た。

「へえ、何処で?」

「この先に本部が有ります。そこで勉強会もやりますので、これから、一緒に行きませんか?」

 テレマーケッティングでも、話していて『売れた!』と感じる瞬間が有るが、この女、今、それに近い感覚を味わっているんだろうなと思った。

「その勉強会はどのくらいの人が出てるんですか?」

と聞いた。

「……ええ、決まっていませんが、他の方も見えてますよ」

 数を答えられないと言う事は、集会なんかやっていないと言う事だ。一本釣りなのだろう。その場に連れて逝きさえすれば、集会なんかやってない事の矛盾を誤魔化してくれる人間はいくらでも居る。

「定例会ではないんですか?」

と意地悪く突っ込んでみる。

「定例というのではありませんが、その都度勉強会はやってますので、お出でになってみてください」

 質問に対する答は曖昧(あいまい)になり、連れて行きたいと言う気持ちが先に立って来たようだ。

「今日来ているのはどこの支部の人たち、あるいは、何期の人とか、そう言うことでは無いんですか?」

と更に詰める。

「ええ、そう言うことではありませんけど、今日は幸い、会長秘書の本庄先生がいらっしゃるので、貴方の疑問については、何でも答えて下さいますから」

『よし、その本庄とやらは幹部なのだろうから、そいつを詰めてやる』と僕は決意した。

「ちょっと、違和感ありますね。まだ、会員でもない、つまり部外者の僕に向かって、あなた方の身内である本庄先生? ですか。その人に敬語を使うのはおかしくないですか?」

 自分でも可笑(おか)しく思ったが、僕は、河原崎を真似て、揚げ足取りを始めた。

「失礼しました。何分(なにぶん)、普段私たちが尊敬している師ですから、そう言う言い方になってしまいました」

 相手は必死に言い(つくろ)おうとしている。

「あの、多分僕の知り合いも会員になってると思うんですけど、今日来てるかどうか、調べてもらえますか?」

 それだけが僕の目的だ。 実際の話、後の事はどうでもいいのだ。

「はいっ。……では、これから参りましょう」

 女は、上機嫌になって立ち上がった。すると、どこかで様子を見ていた女がもうひとり近寄って来た。最初の女は田中、後から来た女は吉川と名乗った。

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