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A side street  作者: 青木 航
12/18

12 河原崎

 店のあるビルを出て、通りを歩き始めた時、スマホの着信音が鳴った。見ると河原崎だった。繋いで無言で耳に当てた。

「河原崎です」

と奴は言った。

「分かってます。なんか用ですか」

 僕は不機嫌そうに答える。

「やっぱり、あの店に行ってみたんですね」

 僕は、思わず辺りを見回していた。『見張られている!』そう気付いた。

「隣りのビルの玄関です」

 見ると、四十代と思えるサラリーマン風の男が、スマホを耳に当てながら、こちらに向かって歩いて来る。背は百七十センチ前後。中肉中背で眼鏡を掛けている。

 僕はカッとなった。足早に河原崎に近づくと、(にら)んだままぐっと顔を近づけた。

「俺を見張ってたのかよ! それとも店を見張ってたのか?」

 そう語気強く言ったが、街なかなので流石に大声は出さない。

「店です」

 少し顔を引いて、河原崎が答えた。

「何で!」

と、僕は河原崎との間合いを更に詰めた。何か起こりそうと察してか、通行人の多くは、僕達を避けるようにして通り過ぎて行く。

「君は誤解している。少し話したい」

 河原崎は困ったような表情になって、(てのひら)で僕がそれ以上近付くのを止めようとする。

「ああ、説明しろよ。ここで」

 僕は既に切れていた。

「君は俺をストーカーと思っているようだけど、違う。綾香に付き(まと)ってた訳じゃない」

「ああそうですか。でも残念ながら、あの店の女の子も、玲奈にストーカーが付き(まと)ってたってことは認めてるんだよ。流石に商売だから、あんたの名前までは言わなかったけど、俺が『河原崎って人か?』って聞いた時、『いえ、河原崎さんじゃありません』とまでは言わなかったよ。違うならそう否定したはずだ。積極的に否定しなかったってことは、認めたも同然ってことだ。一応客だから、モロ言うことは出来ないだろうからな」

 河原崎は渋い表情となったが、

「”由佳”って子か”すみれ”って子じゃないのか、そう言ったのは」

と逆に聞いて来た。

「誰だっていいだろう。彼女らに迷惑掛ける訳には行かない」 

 河原崎はふーっと一つ息を吐いた。そして、何故か落ち着きを取り戻したように見えた。

「ある団体が絡んでる。綾香の失踪には」

 突然、そう言った。

「はあっ? 頭大丈夫か? 何適当なこと言ってんだよ! そんなんなら、家族がほっとく分けないだろう。兄貴だって東京に居るんだし……。失踪なんて、大げさなことでも無いわ!」

 そう言いながら、僕はふと思った。

『そうか、兄さんのところへ、行ってるのかも知れない。そう言う可能性が有るじゃないか』と自分に言い聞かせた。

「お兄さんがどこに住んでるか、知ってるのか?」

と河原崎が聞いて来た。

「知らないけど。もし、知ってても、あんたには言わないよ」 

 そう言い返す。

「話しておきたいことがある。少し時間(もら)えないかな?」

と言って来た。『ふざけるな』とは思ったが、河原崎が何を知っているのか知りたいという気持ちが湧いた。

「俺は、俺の知ってることについて何も言わない。それで良ければ、聞こう」 

 そう言った。

「それでいいよ」

 河原崎も承知したので、井の頭通りに回りプロントに入った。

「確かに、俺は綾香が気に入り、通い詰めていた。あくまで客としてだ。ストーカーなんかしていない。同伴は何度もした。知っているかどうか分からないが、”同伴”というのは、開店前に外で待ち合わせて、食事をしたりお茶を飲んだりしてから、一緒に入店するシステムだ。女の子に取っては、ポイントにもなるし、アピールにもなる。俺は、不動産の営業やってるんで、時間つくることは出来るんだ。早い時間でも。月単位で結果を出せばいいから、毎日の売上で勝負してる分けじゃないんでね」

 でも、そんなことしていれば、成績はどんどん下がって行ったろうなと思った。

「同伴した或る日、綾香が、これ読んでみて下さいって、薄っぺらなパンフレットみたいなもの出したんだ。前にも見たことあったんで、すぐ、それが或るカルト教団のものだって分かった。普通なら、この女やばいなと思って、あの店に足を向けなくなると思う。でも、俺、助けてやらなければと思ってしまったんだ」

『勝手な思い込みばかりしやがって』と思った。

「俺は、そんなパンフレット見せられたことは無いよ。第一、話が変だ。そんな話して、客がひと言でも店の人に(しやべ)ったら、即クビでしょう。店で宗教の勧誘やってるなんて噂が立ったら、それで店は終わってしまうからね」

 河原崎がいい加減なことを言っていると、僕は思った。

「あの教団の信者たちは、そう、滅多やたらに声を掛けたりはしない。親近感を作って、或る意味、自分を裏切らないと目算立ててから話を持ち出すんだよ。つまり、俺は店に言い付けたりしないと判断されたって分けだ」 

 ムカつく奴だと思った。

「じゃ、俺はまだ、会社に言い付けると玲奈に思われてるから勧誘されないって言いたいのか? それで、あんたは、可哀相な玲奈、いや綾香を助けてやる為に探し回ってるだけで、ストーカーなんかじゃないって、そう言いたい分けだ。ふざけてんのか!」

 皮肉たっぷりに、そう言った。

「信用できないかな?」

「当たり前じゃないか。信用なんて出来る訳無い。……じゃ聞くが、あんたは、なんで、玲奈の住所知ってるんだ。キャストっていうのか? 要は、ホステスが客に住所教える分け無いだろうが」

「……う~ん。調べた」

「どうやって?」

「興信所」

 もし、路上での立ち話のままだったら、僕は、河原崎を殴っていたろう。さすがに、店内だからこらえた。

「やっぱりな。それは立派なストーカー行為だろう。違うか?」

 そう、低い声で言って、左手で河原崎の胸倉を掴み、(にら)み付けていた。河原崎の目に、少し恐怖の色が浮かんでいた。

「俺の携帯番号を何故知ってた。それも調べたのか?」

 胸倉から手を放してから、声の調子を落として聞いた。

「いや、違うよ。君の番号を知ったのは偶然だ。食事してる時、スマホが鳴ったんだ。きっと、マナーモードにするの忘れていたんだな。彼女は、相手を確かめるように画面を見たけど、すぐ切った。その時、もうひとつのスマホが振動したんだ。それは、マナーモードになっていた。そっちには出た。電話を取るとドアの外へ出て行った。最初に鳴ったスマホは、テーブルの上に置いたままだった。急いだんで置き忘れたんだろう。悪いと思ったが、気になってつい着信履歴を見てしまった。速読法やってるんで、電話番号くらいは一瞬で記憶出来るんだ」

『玲奈はスマホを二つ持っているのか?』

 僕は(いら)付いた。

「速読法だかなんだか知らないが、下らない自慢するんじゃないよ。品性下劣だって言ってるようなもんじゃないか。それに、偶然じゃ無くて、それは盗み見た分けだろう。盗み見たんだよ、それは」

 その時、初めて思い出した。玲奈が河原崎の車に乗って行った夜、ビール大ジョッキ二杯を一気飲み同然に飲み干したあと、ラーメン屋から出て繁華街をふらふらと歩いている時、僕は確かに玲奈に電話した。そして、二コールで切られた。

「あの日だよね。夜、玲奈を迎えに来た」

「店を辞めてしばらくして、偶然あの通りで見かけたんだ。話をしたいと言ったけど、その時は、バイトに行くところだからって言うんで、帰りでいいから少し話したいって頼んだ」

「偶然じゃないだろう。玲奈の住所知ってた分けだから、後をつけたんだろ」

 僕は、そう突っ込む。

「誓って、後を付けたりはしていない。五本木のマンションに何度か行ってみたことは確かだが、そこでも、帰りを待ち伏せしたりはしていない」

 河原崎は盛んに言い訳をした。

「何、分かんねえこと言ってんだよ。それで玲奈は、夜に会って話すことをOKしたんだ。そうなのか?」

「ああそうだ」

 もし、本当にホステス、いやキャストをやっていたのなら、夜、男の車に乗ることに、或いは、玲奈はそんなに神経質にはならないのかも知れないと思った。それとも、やはり河原崎が付け回していたので、付き(まと)わないよう、はっきり言おうとしただけなのか? 


 あの翌日には玲奈は、自分から僕と話す時間を作って来た。何を話そうとしていたのか? それなのに、何で結果として何も話さなかったのか? と思った。そして、何で気付いてやれなかったのかと言う深い後悔の念が湧き出して来た。河原崎と言うより、自分を殴りたくなった。

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