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A side street  作者: 青木 航
11/18

11 キャバクラ バージン・ロード

 翌日五時過ぎに、コンビニのATMで念の為五万円引き出した。”バージン・ロード”はキャバクラとしては高級店の部類でVIPルームは一万円以上掛かる。流石にそれは出来ないので一般席にした。予算はワンセット六十分で七千円~八千円。それは、Netで調べた。早い時間の方が安いので、七時前に入ることにした。


 道玄坂近くのビルの五階にその店は有った。入口はクラブと違ってオープンで、周りはクリスタル調に装飾されている。床は大理石風のタイル。

「いらっしゃいませ。ご案内致します」

 黒服は、ガラが悪くはない。照明は明るい方で、内装はと言うと、壁はアイボリーが基調で、腰板にオークをあしらってある。フロアーは結構広く、入って左側の奥がステージになっている。ステージとは言ってもフラットで段差は無い。グランドピアノが一台置かれている。

 席は壁際とフロアーに配置されているが、区切りやブラインドのようなものは一切ないので、すべての席が見渡せるようになっている。

「本日は、ご指名はございますでしょうか?」

 ボーイが聞いて来た。

「いや、はじめてなんで、特に……」

と、僕は落ち着かない対応をする。

「では、こちらへどうぞ」

 壁沿いの席に案内された。前金制なので一万円渡すと、

「ありがとうございます。一万円からお預かり致します。少々お待ち下さい」

とボーイが下がり、すぐに、二人の女の子が現れた。金髪盛り上げヘアーやびっくりメイクではない。ふたりとも清楚で、むしろ、大人しい感じの子だ。そして、とびっきりではないが、まあまあ綺麗と言える。玲奈がここに加わっていても違和感は無いなと感じた。ドレスは制服で、赤のワンピース。タイトなミニだ。

「いらっしゃいませ。失礼しまーす」

 ひとりが、向かい側、もう一人が隣の席に座り、隣に座った方が、おしぼりを開いて僕の(てのひら)に載せ、向かい側に座った子が、

「水割りでいいですかぁ?」

とギャル口調で聞いて来た。

「はい。お願いします」

と、僕はギゴチナク答える。女の子は二人とも、きちんと膝を揃えてミニから出た太腿の合わせ目にハンカチを置いている。

「由佳でーす。宜しくお願いしまーす」

「瀬里菜でーす。宜しくお願いしまーす」

 二人が名刺を出して挨拶を済ませたころ、さっきのボーイがお釣りの入った封筒を持って来て、由佳に渡した。

「ありがとうございます。こちら、お釣りです。落とさないようにしまって下さいね」

 店名やロゴが入った封筒の裏には、明細や税、お釣りの金額が記載されている。僕は、封を切らずに、それをポケットにねじ込んだ。

「はじめてですかぁ? お客さんみたいな若い人が、おひとりで見えるのは珍しいんですよ」

 瀬里菜がそう言った。

「あんま、来ない? 若い人」

と僕は聞いてみた。

「上司のひととかぁ、先輩に連れられて来られる方多いですけど、たまに、お若い方だけ四~五人で見えられることも有りますね」

とギャル口調と敬語が入り混じる由佳。

「でも、今日は、最初のお客様がイケメン。うれしいわね」

と由佳は瀬里菜に言った。

「ありがとうございます。イケメンなんて言われたことないんで」

 当然お世辞なのだが、僕は素直に本音を述べる。

「そんなことないでしょ。背高いし。……何センチですかぁ?」

 瀬里菜がそう聞いて来た。

「百八十三かな。今時普通でしょ。そんな高いってほどじゃ……」

 お世辞とは分かっていても、悪い気はしなかった。彼女らと話すうち、この店の”キャスト” と呼ばれるホステスは、バイトの大学生が多いこと。中でも音大生が多く、クラッシックやポップスの演奏を、ショーとしてやっていることが分かった。

「どのくらい? ここに勤めて」

と聞いてみた。

「私はもう一年くらい。瀬里菜さんはまだひと月くらいよね」と由佳。

「綾香って子知らないかな」

 そう思い切って聞いてみた。

「綾香さんなら、あそこ」

と瀬里菜が指差した先には、知らない女が居た。

「いや、本当の事を言うと、三~四か月前に人に連れられて一回だけ来たことが有るんだ。大勢で来たんで、覚えてはいないだろうけどね。その時居た綾香って子は、あの子じゃなかったような気がするんだけど」

「ああ、前居た綾香ちゃん? 辞めたんですよ。何ヵ月か前に」

と由佳が答える。

「ああ、そう」

『そうか、こういう店では源氏名と言うか、店で使う名前は使い回しするのだ』と理解した。

「あれ、お客さん、あの綾香ちゃん目当てだったんですかぁ?」

と聞かれ、慌てた。

「いや、そう言う分けじゃない。そう思ってたら、指名するでしょ」

と、言い訳する。その時、

「由佳さん。三番テーブルお願いします」

とアナウンスが入り、由佳は席を立った。

「ごめんなさーい。また戻って来ますから、待っててね」

 そう言って、いつかの玲奈のように手を振って由佳は席を立ち、代わって瀬里菜が隣に来た。

 少しして、瀬里菜も指名が入り、また別の子が付いたが、その子はもっと新しく、先週入ったばかりの子だったので、何も聞くことは出来なかった。

 しばらくしてショーが始まったが、由佳もその中に加わってフルートを吹いていた。タイムアウト五分前に、由佳は僕の席に戻って来た。

「お待たせーっ。戻って来ちゃいましたぁ」

と打ち解けた感じで言ったあと、

「今日、お時間大丈夫ですか? 延長してくれたらうれしいんだけど」

と可愛さを強調して首を傾ける。

「いやごめん、今日は帰る。またっ……」

 玲奈の事を知っているだろう由佳と話したかった。心地よい雰囲気だったが、何かペースに乗せられてしまいそうな気がして、帰ることにした。”河原崎は、こんな風にしてずるずる(かよ)うようになったのだろうか?” ふと、そんなことを思った。


 三日後に、もう一度”バージン・ロード”に行った。今度は由佳を指名したので、指名料三千円がプラスされた。

「ご指名ありがとうございます。うわーっ。超うれしいっ、こんなに早く来てくれるなんて。ありがとうございますぅ」 

 席に付き、少しの間何気ない話題で話した後、

「実は、前に居た綾香って子のことを聞きたいんだ」

と、僕は率直に打ち明けた。

「やっぱりね。この前そうじゃないかなって思ったのよね。うーん。綾香さん、特に親しい子は居なかったんだけど、いっしょうけんめい稼いでたって感じだったわね。ほんとに一所懸命。指名は多かったし、お客さんの評判も良かった。だからって、ひとのお客さん取ったり、仲間に嫌がられるようなことしてた分けじゃないんですよ。ただ、学校や何かで忙し過ぎて、お店終わった後みんなで食事行ったりとか、そう言う時来られなかったみたいで、それで、そんなに親しい子も居なかったみたいなんですよね。大学も真面目に行ってたんじゃないかな。凄い子よね。……ひょっとして、あなた彼氏?」

と聞かれて、また慌てた。

「いや、違う違う」

とムキになって否定する。

「そうよね。彼氏って多分、あなたみたいないい人じゃない気がする」

と由佳は気になることを言った。

「何で?」

と僕は聞いた。今度は、由佳が慌てた。

「あっ、すいません。……貴方が、なんかすごくいい人みたいだったから。へへ」

と取り繕う。

『綾香は、本当に玲奈だったのだろうか? 由佳の言う綾香は、玲奈とはちょっとイメージが違う』僕はそう思った。


 河原崎と由佳の話を整理すると、玲奈は、夏休みの前くらいまでは講義には出ていたことになる。渋谷キャンパスでは会わなかったと友達が言っていたそうだけど、英米文学科は学生が一番多いというから、会わないことだってあるかも知れない。 

「特に入れ込んで(かよ)って来る客は、居なかったの?」

と僕は由佳に聞いてみた。

「入れ込んでって言うか、熱心なお客さん、もちろん、何人か居ましたよ。……ただ、いつも来る時一人で来て、熱心なお客さんの中には、勘違いしている人が、たまに居るから、そのお客さんのためにも気を付けないといけない場合ありますけどね」

 一般論めかして言っているが、何かあったのだなと、僕は思った。

「そう、そう言うお客さん居たんだね」

「ええ、……まあ」

と、由佳は曖昧(あいまい)に答えた。

「河原崎って人じゃない?」

 思い切って、僕はカマを掛けてみた。

「ごめんなさい。お客さんのことは、色々言えないんです」

 由佳がうろたえているのが分かった。そりゃ、客のことを色々言うのはまずいだろうと思った。つい、余計なことを話してしまったと気付いたのだろう。それから間も無く、掛け持ち指名が入って、由佳は席を離れた。

 タイムアップ五分前には戻って来たが、延長して下さいとは言わず、「お時間ですが、どうされますか?」と敬語で聞いた。

「帰ります。色々ありがとう」

 僕は、そう答えた。

「ありがとうございました。また、気が向いたらお寄り下さい」

 就職のことは別として、何の苦労もなく学生生活をエンジョイしていると思っていた玲奈の、まったく別の姿が見えて来ていた。

 本当だろうか? と言う気持ちは相変わらず有ったが、河原崎、明日香、由佳の話を総合すると、やはり僕は、本当の玲奈を知らなかったのだと悟った。

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