1
ひゃっあ.
なんだ.
顔に突然冷たい感触を得て,飛び上がった.右手でほほをぬぐうと液体だった.薄暗い室内で見づらいが,透明で水みたいだ.頭上を見上げる.天井が一部分だけ黒ずんでいて,濡れているように見える.雨漏りか.
腰掛けていたはずのソファへすこしだけ位置をずらして座り直す.寝てしまっていたみたいだ.寝起きのけだるさを取り払うために,顔でも洗うかと洗面台へ.
窓をついでにのぞくと,当然のように世界は泣いていた.サーという音が窓の中まで伝わってくる.
これでは家へ帰りたくないなあ.
一階のこの部室からは,近くの地面に大きなみずたまりがいくつも出来ているのが見える.昔はよく水たまりで遊んだ物だ.
顔を洗って,部室へと戻ってくる.相変わらず雨は降り続いている.そのせいか旧校舎を利用した部室棟も静かだ.けっして誰もいないわけではないのに,節電と銘打たれて廊下の電気が全て消されたこの場所はまだ夏の17時というのに薄暗い.梅雨はもう過ぎ去ったはずなのに,逆戻りしてしまったみたい.憂鬱だ.
なんとなく消していた電気を付け,二つしかないいすへ座る.クッションもなくしつこいぐらいにニスが塗られてかてかと光るそれに座り,眠ってしまう前に読んでいたTOEICの単語帳に目を通し始めた.
いつも思うのだけれど,こういう勉強を継続的にできるやつってすごいと思う.よくできるよな,ほんとに.
がらー.
音がした方を見る.そこにはずぶ濡れの少女がいた.
髪も制服もぐっしょぐっしょに濡らして,水がしたたっている.
制服は当然ながら透けて,色が自分からも分かる.桃色だ.体にぴたりとくっついて,ラインが浮き上がっている.女の子特有の丸みをおびた体が,扇情的で体が熱くなる.
「タオルない?」
少女が尋ねてくる.
「ああ…… ちょっと待って探してくる」
私は,あわてて部室の奥へと向かう.あそこにあったはずだ,多分.
探しまくって,ようやく見つけたタオルを片手に自分が戻ってくると,そこには.
裸の少女がいた.
いや正確にはパンツとブラだけだった.
なんで脱いじゃうんだよー.
「それください」
それとは何.少女が指さす先を目で追うと,視線は自分の下の方ではなくて,手で持っているタオルへ向かっていた.
「ああ,はい」
僕は言われるがままに差し出した.
受け取ったタオルで体を拭いている.少女のたおやかな肌の上を布が滑る.特権である水滴すらはじく張りのある肌の上の水滴がはじかれる音が聞こえる.けっして普段は見ることがない姿を見ている.禁断の果実を得た最初の人のように,触れられない,いや触れてはいけないものに偶然出会ってしまった.
そのまま,少女に向かって手を伸ばした.
だめ!!
聞いたことがない誰かの声.何がダメなんだ,目の前の無防備な宝石,誰でも取っていいよと置かれているものをなぜ奪い取ってはいけないのだ.
だめ!!
頭へ直接響いて来るような声.死ぬ間際のどの奥から絞り出すようにして出す高い声は,我へと返らせた.