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天界で癒された魂は、現世へと下りると天界での記憶を自然と手放すのだという。そうして現世での生を全うし、再びここへと帰ってくるのだ。
私は少年の笑顔にとても厳かな、瑞々しい光を見たような気がした。人が生命を繋いでいくかぎり、この尊さも同じように繋がれていくのである。
「さて諸君、今日はこれからが本番だよ。」
天帝の思わぬ声に振り向く。勢いをつけすぎたため、首の筋がみちっと音をたてた。
見つめる先の天帝は、何とも言えない微妙な表情をしているのだが、そこから何を読み取ったらいいのか見習い天使である私とケータにはわからず、困惑した視線を向けることになってしまった。
「おおかた、現世行き決定の場を見学に行くとでも言われたのだろうが…。それでは半分不正解だ。」
私とケータはもちろんそれ以上のことを聞いていないので、責めるような視線でリヒトさんの方を向いた。リヒトさんは涼しい顔で、私たちのことなど気にも留めていないようだ。
「実際に見せた方が早いですから。」
「君は相変わらずだな、リヒト。これでは苦労するだろう。」
天帝は苦笑と共にケータの方を見やる。同期の彼は、遠くを見る目で無理やり笑ってリヒトさんからはたかれていた。なんとも理不尽である。
「いや、折角だ。私が説明しよう。」
「…いえ、申し訳ありませんでした。私が。」
リヒトさんとていくら面倒でも天帝の手を煩わせることは厭われたらしい。やっと重い口を開いてくれた。
「一言で言うと、このあとは見学じゃなくて仕事。警備。」
「いや、一言で言わないでくださいよ!」
ケータが噛り付いた。
分かれよ、と思っているのはリヒトさんの視線からも丸わかりだったが、そんなので分かるわけがないのだ。仕方なく彼は続けた。
「自殺とか、何かしらの問題がある魂にはペナルティが付くの。知ってるでしょ?それに納得しない奴がたまにいるから、非常時に備えて天使が立ち会うことがあるんだ。」
「なるほど…。」
やっと理解した私たち、というか主にケータにはリヒトさんの呆れたような視線が注がれていたのだが、あまりにも理不尽であるし、そもそも段々慣れっこになってきたのか同期の彼は意に返す様子がなかった。
「というわけで次の現世行きは自殺者なんだ。君たちも気をつけておくれ。」
「あの、質問してもよろしいですか。」
私はおずおずと手を挙げた。
天帝は優雅ににっこりと笑う。
「もちろん。」
「自殺者には、どのようなペナルティが課されるのでしょうか。」
「それはね、」
彼が答えかけた時、再びノック音が響いた。
「すまないね、ミナ。…どうぞ。入りなさい。」
天帝は入室の許可を与えると、私たちにも着席を促した。
と同時にリヒトさんは私とケータの頭上で手を振るい、口の中で何かを唱えると私たち二人をソファへと押し込めた。
「いい子にしててよ。このソファから立たないかぎり、君たちの姿は見えない。」
リヒトさんは私たちの耳元で囁いた。