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しばらくすると、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。
「天帝、現世行き希望者をお連れいたしました。」
「よろしい。入りなさい。」
扉がゆっくりと開き、侍女に連れられて入ってきたのは、澄んだ瞳の少年だった。
侍女はぺこりと頭を下げると退出していった。少年は何を思っているのだろうか、真っ直ぐな瞳で天帝を見つめていた。
少年は口を開いた。
「天帝!おれはまた生まれられるの?」
「君がそう望むならね。」
天帝は少年の期待に応えるように穏やかに笑った。それを聞いて少年の顔も明るいものになる。
そして彼は不意に部屋の隅に座っていた私たちに気づくと、きょとんとして首を傾げた。
「あの人たちは?」
「彼らは天使だよ。君もお世話になったろう。すこし気になるかもしれないが、立ち会ってもらってもいいかい?」
少年はよく分かっていなさそうだったが頷いた。天使は天界の魂たちにとってとても大切な存在なのだ。
「ありがとう。では確認事項から始めよう。君は2003121061号、酒井悠くんで間違いないかい?」
天帝は確認の為にちらりと視線をあげ、少年が肯定するのを確認してから再び資料を見やる
「西暦2003年12月10日、庭の木に登って降りられなくなった飼い猫のミケを助けようとして誤って転落し死亡。享年12歳。寿命を全う。」
少年はまるで後悔がないように微笑んだ。彼は多くの現世へ向かった魂と同じように、もうすでに新たな一歩を踏み出そうとしているのだ。
「おれはミケを助けたこと、これっぽっちも後悔してません。お母さんに会いたくて泣いた時もあったけど、もう大丈夫。でも…もし、もし叶うなら、現世でもう一回ミケに会いたいんです。」
「うん、そうだね。私も君たちはもう一度出会ってほしいと思っているよ。」
「ほんと?!やった!!」
天帝の答に少年は文字通りその場で跳ねて喜んだ。天帝もその様子を嬉しそうに見つめた。
「君にあげられる時間は…75年だ。今度は孫の顔も見られるよ。全うしておいで。」
「ありがとう!天帝!おれがんばる!」
タイミングよくコンコンというノック音が聞こえ、侍女が少年を連れて行った。
部屋を出る瞬間、私と目が合った彼は「ありがとう天使さん」と口の形だけで呟くと手を振って去って行った。