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天宮は天界の中央にある。豪勢なその佇まいは、私の教育担当ゼンさんから言わせると「わよーせっちゅう」という言葉で言い表せるような、そんな言葉で表せないような、不思議な雰囲気を持っているらしい。
天帝の住まうこの場所に普段立ち入ることができるのはごく限られた者だけである。たとえ天使であっても全員が立ち入りを許されるわけではなく、上級天使になった者のみに許される特権なのだ。
実は私は以前ここに来たことがある。というのも、私が生前の記憶をなくした異端の魂だったからだ。私のような「非記憶保持者」はいないことはないが、やはり珍しいらしい。私のような例外が発生した時は、一ヶ月を天界で過ごし、その間に記憶が戻れば通常の魂と同じように扱われ、記憶が戻らなければ天使として天帝に仕える気があるかどうか、天帝から直接意思確認が行われるのだ。
私は記憶を取り戻すことはなかった。
このまま天界でのほほんとしていても仕方がないと思ったので天帝に仕えることに決め、結果、現在はなりたてほやほやの天使見習いだ。
そのさいに頂いた名前が、ミナだ。
謁見室は鮮やかな緋色に彩られ、様々な調度品はまるで宝石のように散りばめられて配置されていた。一週間前にも訪れたが、息を飲む美しさだ。駆け出し天使には豪勢すぎて落ち着かない。
この部屋の主は、私たちの入室に気づくと、作業をしていたであろう執務机から顔を上げた。
「やぁ、リヒト。いらっしゃい。」
穏やかながらも威厳のある笑みを浮かべたのは天の帝、天帝であった。銀に光るシルクのような髪と、まるで夜を零したような瞳は目を合わせたら飲み込まれそうだ。歳を重ねたことがうかがえる皺ですら、彼の高貴さを構成するひとつの要素であるようだった。
「もうすぐ現世行き希望者が来るよ。座っているといい。」
「ありがとうございます、天帝。」
天帝はリヒトさんから目を離すと、後ろにいた私たちに視線を移した
「君たちは…ミナとケータだったね。二人とも私が名付けたんだ。感慨深いよ。天使の仕事はどうだい?」
そう聞かれると、私はケータの方を向いてしまった。何の気なしだったのだけれどケータもこっちを見ていて、二人ともなんとも言えない顔で笑ってしまった。
後でリヒトさんにはたかれたのは言うまでもない。
一方天帝は、正直なのは良い事だ、とクスクスと笑っていた。
「はじめのうちは何でもそういうのもだ。諦めずに続けると良いさ。そのうちデスクワークはやらなくて済むようになる。」
現在の天帝は寛容なことでよく知られている。私たちは早速その恩恵にあずかったのだった。