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「え?自殺と寿命死ですか?」
「そう。どう違うのかと思って。」
やっと取れた休憩時間、二人で遅めのお昼ごはんを食べているときだった。
見習いといっても天使の端くれであればまず知らない者はいないだろうという質問に思わず変な顔になってしまった。スプーンを口から引き出して答える。
「それ、はじめの研修で教えられませんでしたか?」
「思い出してくれよ…俺の教育担当を…。」
「あぁ。」
天使見習いには一人一人に教育担当と呼ばれる先輩天使がつく。
言われて思い浮かべた彼の教育担当は、確かに優秀な天使ではあるのだが、もの静かというか極度の面倒くさがりで、自分が説明しなくても後で誰かが教えるだろうと思っていても不思議ではなさそうだ。責任放棄も甚だしい。
「リヒトさんなら…仕方ないですね…。」
そんな先輩を教育担当にされてしまった彼にも同情の余地はあるだろう。私は持っていたスープをテーブルに置くと同期と目を合わせた。
「いいですか、そもそも寿命というのは天帝から魂へ貸し与えられた"時間"のことを指します。だから寿命が終わると魂は天界へ帰ってくるのです。ここまではわかりますか?」
ケータは頷くかわりに、箸を伸ばしていたおかずを掴むのをやめてこちらを向いた
「寿命は人によってまちまちですが、どれも天帝と話し合って決めたものです。つまりは契約です。自殺というのは本来の寿命を全うしないわけですから、契約違反になってしまうんですよ。だから寿命死と区別しなくてはいけないんです。」
「なるほどな。たまに現世行きをごねてるのは、思い通りの条件を付けてもらえなかった自殺者か。」
彼は納得した様子で再びおかずをつつき出した。私も冷めないうちにとスープを口に運ぶ。
「そのくらいのペナルティ軽いもんですよ。先代天帝のときは自殺者全員、天使として50年間の無給奉仕をさせられたらしいですから。いまの天帝はお優しいとゼンさんが言っていました。」
ゼンさんとは私につけられた教育担当のことだ。上級天使である彼は現世に行くことも多く忙しいはずなのだが、時間を見つけては私に色々な知識を与えてくれていた。同期のケータと比べるとかなりまともな、というかしっかりと教育してもらっていると思う。
昼食をほぼ食べ終わったころ、私は思い出したように呟いた。
「そういえば午後の仕事、もらってませんね。」
いつもであればお昼前に午後の仕事がどんどんと運び込まれ、夜までかけて書類の山を崩していくのだが、今日は書類は朝に分配された分だけで増えることは無かった。
「もう俺デスクワークは腹いっぱいだからいいよ。もしかしてあれかな。半休貰えるとか?」
「そんなわけ…「そんなわけないでしょ。」ですよね…。」
自分の後ろから聞こえた声に振り返ると、そこにいたのは同期の教育担当リヒト。サラサラの長いブロンドの髪を無造作に一つに結んでいる。深緑色の瞳は、吸い込まれそうな色合いといってもいいのかもしれないが、とても気だるげに見えて彼の性格をよく表しているように思えた。
「今日はね、天帝のところに行って、どんな風に寿命が決められるのか見てもらうから。しつれーのないようにすること。いい?」
「えっ、立ち会っていいんですか?!」
寿命の契約は通常、天帝と魂の一体一で行われるため、その様子を垣間見ることはできないのだ。私の声には期待の色が滲んでいたと思う。もの珍しさと興味には勝てない。
その様子を見てリヒトさんはふわりと笑った。
「もちろん。天使としては必要な体験だ。」