二人の想い
38.
授業を淡々と終え、気づけば放課後になっていた。
いつも通りの日常、代わり映えない景色。
しかし、俺の心はいつもと違っていた。
放課後、人けのない穴場スポットで、俺はちとせから呼び出しをくらっていた。
言い方が少し変だったか、決して嫌な内容ではない。
「たける・・・」
切ない顔するちとせ。いつもの陽気な姿など微塵も感じない。
「わたしね」
緊張が限界を超える。
「たけるのことが、大好き」
ちとせはいつになくまじめな表情だった。
ウソ偽りない、本心だった。
きっとそうなのだろう。
『俺はちとせに、告白された』
話は放課後が始まってすぐに戻る。
俺は、休日のちとせとのイベントを思い返しながらも、いつも通りの日常に逆らうことなく、家路に着こうとした。
教室には珍しく誰もいない。残ってるのは俺だけだ。
そんな中、教室のドアが静かな音を立てて開き始める。
「ちとせ?」
なにやら恥ずかしげな表情をしながら、ちとせは教室へと入ってくる。
そして俺を見つけると、静かにこちらへと歩み寄ってくる。
「話があるの」
いつになく真剣な表情のちとせ。
俺はこの時点で気づいていた。気づいていたのだが、あえて気づかないフリをした。
「校舎の中庭あるでしょ? 少ししたらでいいから、そこに来てほしいの」
外はすっかり夕焼けの光が差し込んでいた。
俺の内に秘めた気持ちを冗長させる。
今この気持ちを言葉にしてはいけない。言葉にしたら何もかも崩れそうだ。
不安そうな笑顔を浮かべながら、ちとせはこの場を去る。
俺は、一体どうしたら良いのだろうか。
この一週間の思い出。たった一週間の思い出。でも俺には途方もないくらい長い時間に感じた。
それは紛れもなく、ちとせがいてくれたおかげだ。
ちとせが俺に無いものを与えてくれた。
ちとせが俺が気づかないことを気づかせてくれた。
頭の中に不安がよぎる。
まるで電流が脳内を駆け巡ってるかのようだ。
俺は今にも倒れそうな体で、フラフラとちとせの言われた場所へと向かう。
そこにちとせがいた。
ん? 少しおめかししてるのか? 俺がプレゼントしたヘアピンを付けている。
さらに髪型も変わっている。
ミスコンイベントの時のおさげ姿だ。
頬を朱色に染め、両手を前に組みながら、ちとせは何か言いたそうにしている。
「き、来てくれてありがと」
第一声がそれだった。
「なんとなく不安だったから・・・」
今にも枯れてしまいそうな声で、ちとせは言葉を紡いでいく。
ちとせの髪が揺れる。
ちとせは瞼をギュッとつむる。
俺はなんとなく気づいていた。
俺はなんとなく言われると思っていた。
先延ばししようと思えば思うほど、この気持ちは儚く、脆く、崩れ去っていく。
ちとせはそう感じたのだろう。
深く深く心に刻む一言。
言えば崩れてしまうかもしれない一言。
その一言を、ちとせは今から紡ぐのである。
俺は心構えなんてしていない。それは心構えをすればするほど、自分に嘘をついてしまうからだ。
こんな時に理論も理屈もない。
俺はちとせの言葉をありのままに受け止める。そう、決めたんだ。
「たける」
ちとせが声色を変えて、俺を呼ぶ。
「わたしね」
次で全力を振り絞るかのように、抑揚をつける。
「たけるのことが・・・」
小さな拳に力を込める。
「たけるのことが大好き!!」
39.
放課後とはなんてことのない、ただのおしゃべりタイムだ。残ってるやつは残って楽しい学園生活を謳歌し、残ってないやつは、さっさと家路についてゲームでもしているのだろう。
俺はというとだ。
ちかげから放課後に体育館裏に来てくれ、と言われたのである。
「たける、絶対来るのよ! 大事な話があるんだから!」
いつも通りなのだが、若干真面目な雰囲気を漂わせながら、ちかげは力強く言葉を発する。
一体なんなんだろう? 大事な話って。
俺はとりあえず、体育館裏に行くことにした。
ちかげと一緒に行こうと思ったのだが、ちかげからは『NO!』のサインを頂いたので、一人で来ることに。もうわけわからんな。
俺は頭を使っていたせいか、体のほうがうまく動いてなかったようだ。
体育館裏までは、通常と比べると、かなりの時間をかけてしまった。
先に到着していたちかげと顔を合わせる。
「もう、遅い! 一体なにやってたのよ」
しょっぱなから怒られる俺。んまぁ待たせたのは悪いが、俺なんかしたか?
疑問に思いながら、ちかげをジッと見る。
「まったく、これから大事な話があるんだから、しっかり聞きなさいよね! しっかり心構えしときなさいよぉ」
なんか大事な話するような雰囲気じゃないんですが、気のせいでしょうか?
「うっさいわねぇ、ずべこべ言わず、ここに立つ!」
ちかげは俺に「ここに来い!」と、自分の目の前に立たせた。
下手をしたら顔と顔が触れられる距離である。
「じ、じゃあ始めるわよ」
いつになくぎこちないちかげ。
なんだってこんな距離で話さんでもよかろうに・・・。
「た、たける?」
はいはい、なんですか。
「大事な話っていうのは、決着をつけることなの」
なんの決着なんだ一体?
「たけるは私のこと好き?」
!? いきなり唐突すぎるだろ!
間髪入れずちかげは続ける。
「私はね、たけるのことが好き」
だから訳わからないつうの。
「大好き」
俺の思考が止まる。
ちかげが、いつになく真剣な表情なのだ。
「フフフ、言っちゃった☆」
言っちゃったじゃねえよ。驚くじゃねえか。
「でもぉ、こんな雰囲気じゃムード台無しだよね」
後ろで手を組みながら、周りをウロウロし始める。
まったくだ、以前も『好き』と言われたことがあるが、この雰囲気はないだろ。
「アハハ、やっぱりそうだよね」
ちかげは二カッとする。
「でもね、私が私らしく在られるのって、たけるの前だけなんだ。今日も本当は、かしこまって、しっかり雰囲気作ってから告白しようと思ってたの」
遠くにある夕暮れを見る。
「でもね、そんなの私じゃないって。私じゃないなぁって思ったの」
夕日に映るちかげが、やけにキレイに見える。
「だからね、告白の法則を覆してみましたー☆」
ちきしょう、ちかげのやつめ、ムードもへったくれもないじゃないか。
「だから、もう一回言い直すね」
力いっぱい大きく息を吸い込むちかげ。
これでもかってくらい大きく吸い込むちかげ。
「私は・・・」
「私はたけるのことが大好きぃー! 世界で一番愛してるー!!」
ちかげは叫んだ。
「ちょっと前まで冷たかったたけるも大好き! いつものようにダラダラしてるたけるも大好き! 私が困ってる時に助けてくれたたけるも大好き!」
もう一度大きく息を吸い込んだ。
「全部ひっくるめて、たけるが大好きぃぃぃーー!!」
かつて感じたことない衝撃が、俺の胸を貫いた。
しばらく時間が止まったかのようだった。
「ハァハァ」
ちかげは息を荒げている。
「ふぅー」
息を整える。
「あぁ、スッキリした! スッキリしたわ! たける! これが私の全身全霊を込めた気持ち、そう、全身全霊を込めた気持ちよ!」
テンパっているのだろうか、二度言わなくても聞こえてるって。
うぅ、こんな勢いのある告白なんて、ドラマでも漫画でも俺は見たことがないぞ。
かつてない緊張感と緩さのコラボレーションで、頭がパンクしている俺。
無理もないだろ。ここは俺を擁護してくれ。
「返事は明日でいいから!」
え?
「返事は明日でいいからね! そ、その・・・正直言うとまだ怖いから・・・」
最後の方が小声でうまく聞き取れなかった。
なんだ? 返事は明日でいいってことか?
ちかげを引き留める余裕もなく、ちかげは目の前から去って行ってしまった。
なんだったんだ一体。俺を悩ませに来たのかあいつは。
迷惑がっているように聞こえるが、正直俺は嬉しさで心の中は満ち溢れている。
恥ずかしくて言葉にできないから、つい悪くなっちゃうけどな。
ちとせから告白を受けたのはこの後だ。
そう、俺は決断をしなければならない。
二人の期待に応えるためにも、二人の期待に応えないためにも。
俺はこの日、夜遅くまで家に帰らなかった。




