困惑
6.
夜が明けて、またいつもの通学路へと足を運ぶ俺の前で、突然後ろのほうからネコの声が聞こえた。
「ニャー☆」
「・・・」
「ニャーー☆」
「・・・」
そう、案の定ちかげであった。
「私はかわいいネコなんだにゃん☆今日こそたけるにゃんを、メロメロにしちゃうにゃん★」
そそくさと早歩きを始めた俺は、ちかげをものの見事にスルーした。
「な、なんで逃げるのよ!」
「自分の胸に手を当てて聞いてみろ」
ちかげは頬を少し赤くしながら、
「け、結構恥ずかしいんだからねコレ」
じゃあやるなよ・・・。
「だって、だってぇ、たける最近冷たいんだもん。また昔みたいに一緒にお風呂入ったr・・・」
「うわーうわー!」
俺はおそらく、顔が真っ赤だったのは、認めざるを得ない。あわてて、ちかげの口を右手で塞いだ。
「おまえ、ほかの学生もいるんだから、そういう話はやめろよな。まったく・・・」
ちかげの様子を見ると、なぜかさっきとは違う顔で、頬を赤く染めていたように見えた。
「たける・・・、ずるい・・・」
と上目使いに俺を見上げてきたその顔は、なんの比喩もなくかわいかった。
しかし、何がずるいんだまったく。
と少し動揺していると、ちかげはまたハキハキとしたいつものキレイな声で、しゃべり始めた。
「そういえば、私が熱出してるのに学校行こうとしたとき、たける、おでこ当てて熱あるか確かめてくれたよね」
あぁ確かに、そんなこともあったな。まぁ、祖母から教えてもらった伝統のようなものだし、別に特別なことをしてるつもりはない。
「あれ、すごくうれしかった」
と、急にしおらしくなったちかげに、思わず俺は胸の奥から、熱風が込み上げてくるような感覚に見舞われた。
「私を心配してくれるのも、もちろんうれしかったけど、何より、たけるのおでこに触れただけで、すごくドキドキしたの。こんなにドキドキしたのは、あの時が初めてなんだなー」
ちかげちゃんは☆ と後から付けたして、いつものちかげのテンションに戻ったようだ。
全く、ドギマギさせやがって。
ホント、俺をからかうのが好きなんだな、この幼馴染は―。
7.
二人で他愛のない会話を繰り広げながらも、いつも通り学校へと向かい、いつもの教室に向かう俺とちかげ。
その途中、廊下を通りかかったちかげの友人と思われるクラスメイトの女の子に、
「お、お二人さん今日も一緒に登校かい、まったく仲がいいんだから♪ んで結婚式いつ?」
と突拍子な事を、問いかけやがった友人に対し、ちかげは頬に両手を当てて、恥ずかしそうな演技をしながら、
「やだぁ、さとみったら☆ もう中学生卒業の時に、式は終わってるって言ったでしょ☆」
とちかげは、最後に人差し指を立ててウインクをした。
さぁて、どこからツッコめば良いのだろうかねぇ。
と話にめんどくさくなってきたので、俺は盛り上がっているちかげと、その友人をスルーし、いつもの見慣れた教室へと、足を運んだのだった。
8.
淡々と授業を終え、昼休みになったので、俺は昨日拾ったサイフとハンカチを「青空 千歳」に届けに行くことにした。
家に帰って生徒手帳をマジマジと見たら、どうやら俺たちBクラスの2個となりの、Dクラスらしい。
時間もあるし届けにいくか、と思った俺はDクラスへと向かって歩き出した。
正直ほかのクラスに友人なんて、一人もいないからちょっと緊張するな。若干、人見知りだし。
と不安になりつつも、Dクラスのドアを開き、近くにいる女子生徒に「青空 千歳」がどこにいるか教えてもらうことにした。
「ちとせ? ちとせなら、いつも昼休み中庭のベンチでお昼食べてるわよきっと。」
そう、教室には残念ながらいなかった。まぁ、こんなに人がゴロゴロしたところで落し物を、ましてや初対面の人に渡すのは、人見知りの俺にとっては抵抗があったので、少しホッとした。
「そっか、ありがとう。」
と俺は女子生徒にお礼を言った後、Dクラスの教室から近い階段を下りて、100mくらい先にある中庭へと、足早に向かうのであった。
9.
春風などまだ遠い寒空の下で一人ベンチでたたずんでいる美少女がいた。その美少女は、まるで大学生みたいで・・・、って前も言ったか。
彼女まであと20m、ってところまで来たところで、やっと外見的特徴が見え始めた。
彼女は、明るみのかかったキレイな茶色髪で、サラサラとしていそうなロングストレートは、世の男性を皆、虜にしてしまいそうなくらい眩しかった。
それくらい、ベンチに座っている後姿だけでも、卒倒しそうなくらいの美人である。
俺は声をかけるのを躊躇したのだが、さすがにサイフは渡さねば、一般的に困るであろうと思ったので、思い切って、肩に手をポンポンと2回たたいた。
振り向いたそのあどけない表情は、街で出会った時にはわからなかったものを、鮮明にしてくれた。
「なんでしょうか?」
お弁当を口にしながら、振り向きざまに第一声を発した彼女に対し、人見知りスキルが発動しそうになりつつも、こちらも第一声を挙げた。
「こ、これ。昨日駅の近くの信号であなたを見かけたんです。その時にサイフとハンカチが落ちるところを見たので」
と俺はサイフとハンカチを、彼女に見せつつ事情を説明した。
すると彼女は、とても穏やかな笑顔で、
「ありがとうございます。実は家に帰るまで気づいてなかったんですよ。あなたが拾ってくれたのですか」
と穏やかなな中にも、嬉しさが混じったような笑顔でお礼を言われた。
それはまるで、気品のある、お嬢様のテンプレートみたいだった。
「それにしてもどうして私のサイフって、わかったんですか?」
たしかに、
普通なら、サイフに名前を書く人など、あまり見かけない。だから彼女は、疑問に思ったのだろう。
当然と言っちゃ当然か。
まぁ、ハンカチに名前が書いてあったのが、ホント幸いだったな。
こうして持ち主に渡すことができたし、喜んでもらってるみたいだし。
まぁ、とにもかくにも理由は説明しないとな。
「あ、それハンカチに名前書いてあったんですよ。ほら」
そう言って、まだ渡す途中のハンカチのネームの場所を指さすと、彼女は急に、顔を真っ赤にしてうつむき始めた。
「ん? どうしたんですか?」
と急に様子が変わった彼女に気を使ったのだが、しばらく様子がおかしかった。
ともかく、渡すもん渡して、この件は終わりにしよう。
と思って、手を差し出そうとしたその時、
「わわわわわわわ~! 」
とトナカイみたいに鼻だけでなく、顔全体が真っ赤になりながら、彼女はちかげ同様、手をバタバタさせて、猛スピードでベンチから30mくらい後退していった。これちかげより早いんじゃね?
そして、すぐにベンチへと戻ってきた彼女は、息を少し荒げながら、こう言った。
「み、見たわね・・・。」
「ん? 何を?」
「だから見たのよね? (迫真)」
「だから何をですか!?」
「・・ンカチ・・・のnmえ・・・。」
「え?」
「だーかーらー、ハンカチの名前見たのよね!?」
なんだ、さっきと全然雰囲気が違うぞ。俺は、驚くより先に言葉が出ていた。
「はい、見ました」
「ぎぃやぁあああああ。」
!!!!!!!!!
なんか今度は叫び始めたぞ。なんなんだ一体。
「一体ハンカチの名前がなんだって言うんですか?」
と俺は後ろから炎が出てるかのようなイメージで、叫び続けている彼女に、恐る恐る質問を投げかけた。
「ハンカチに名前あるのって」
「え?」
「高校生にもなってハンカチに名前が書いてあるのって・・・」
「だからなんですか?」
「は・・・、」
「ん?」
「恥ずかしいでしょぉぉ!!」
一〇.
俺は夢を見ていたんだ。そう、茶色のキレイなロングストレートっ娘に落し物をしっかりと渡して、お嬢様みたいな、可憐で魅力的な笑顔をされながら、丁寧にお礼を言われたんだ・・・。 ・・ハッ!?
だが現実だった。
目の前で発狂している美少女こそ、俺の一瞬の憧れである「青空 千歳」なのだ。
まさかハンカチ一つでこんなにも叫ばれるとは思わなかった。
幸いベンチの周りには誰もいなかったため、彼女の奇行を見たものは俺一人だった。
「誰にも言わない・・?」
瞳に涙を浮かべながら、上目使いでこちらを見てきた。正直かわいい。
「あとここで見たことも内緒。私が叫んでいたことよ。クラスの人は誰もこんな姿知らないんだから。」
と真面目な顔も織り交ぜて、俺に説得を要求してきた。
うーむ、どうしたものか。別に黙ることくらいなら簡単だが、なんか彼女にとっては、だいぶ深刻なトラウマか、ジンクスでもあるのだろうか。
そういった気遣いに疎い俺でも、その辺はなんとなく察することができた。
「わかりました。誰にも言いません。あなたが今叫んでいたこともハンカチに名前が書いてあったことも全部言いません」
と彼女に向けて安心させる言葉を放った。
「ほんとに? ホント・・・?」
まだ疑うのかよ。
「ほんとに、ホントです。誰にも言いませんし、それに誰かに言ったところで、俺が得するわけでもありませんからね」
と正直な意見を言った。
「ま、まぁそれもそうね。私も少し熱くなりすぎたみたい」
とようやく落ち着いた様子で服をパンパンと払い、顔もついでにパンパンとたたいた後、
「あんた名前なんていうの?」
ん?
「名前よ名前。まだ完全に信じたわけじゃないんだから。言いふらしたら真っ先に警察と家とPTAに連絡するから!」
マジかよ・・・。
とりあえず、気を取りなおして、敬語を使わずに自己紹介をすることにした。
「俺はたける。みんなそう呼んでる」
「たける君か・・・。ふぅん・・」
キレイなロングストレートの毛先をいじりながら、何か納得したような顔で空を見上げていた。
「あたしの名前はもう知ってるわよね。言わなくてもわかるでしょ!」
と、一瞬しか見えなかったが、人差し指を立てながら可愛らしくウインクをした。
すぐさまクルっと後ろに振り向いた彼女は、「じゃあね、たける!」と言って、小さく手を振りながら、中庭のベンチを後にした。俺も用事も済んだことだし、教室にでも戻るかな。
昼休みが終了する合図が高らかに鳴り響き、スタスタと教室の方向に向かって俺は歩き出すのであった。
あっ、そういえば、まだサイフとハンカチ(名前入り)返してねぇや。
11.
昼休みも終わりに近づき、教室へと戻ってきた俺は、自分の席に着き、再び頭を悩ませていた。
こんなに衝撃的なことは、生まれてから一度もないと言っても、過言ではない。
美人にもいろいろ種類があるもんだなと、しばらく感慨深くなっていた。
すると不意を突かれるように、目の前には千歳と似たような元気印の女の子がいた。
「たける、あんたなんて顔してるのよぉ。せっかくのイケメンが台無しだぞ☆」
ちかげだった。
「いあ、別にイケメンじゃねーし」
「確かに世間一般的にはたけるはイケメンじゃないわ。だけどねちかげちゃんにとっては、世界でただ一人のイケメンなのよ☆」
とちかげは、顔を赤らめる演技をして、頬に手を当てていた。
「だから違うっつーの」
俺はちかげの言葉を聞いて、正直いやな気分はしなかった。むしろ若干照れ臭かった。
「でもさあ、たけるがこんな顔するのって初めてじゃない?」
ん? 俺なんか変な顔してたか?
「なんかぁ、こうさ・・・嬉しいことあったでしょ!」
「いや、特になんもねぇよ」
「うそだぁ、だっていつもより顔がにやけてるし。絶対なんかあるって!ちかげちゃんはわかっちゃうんだから☆」
「だから何にもないって!!」
と俺は、教室中に響き渡るほど大きな声で、ちかげを一括していた。
ちなみに周りにいる全てのクラスメイトが、一瞬こちらを見ていたようだが、すぐに元の場所で談笑に戻っていた。
「そんなに大きな声出さなくっても・・」
とちかげは少し怯えた様子で一歩後ろに下がっていた。
「す、すまん。そんなに怯えさせるつもりは なかったんだが」
と俺は申し訳ない気持ちになり、ちかげに謝った。
「ううん、別にいいよ。たけるにも秘密にしたいことくらいあるもんね。私たちもう高校生だし。こっちこそごめんね」
とちかげは左手を後ろに回して、ごめんねのポーズをしながらそう言った。
そんな時、教室の後ろのほうのドアから、入ってくる一人の女子生徒が視界に入った。
「たけるくんってこちらにいますか。本庄たけるくんっていう男の子なんですけど・・」
と明るみのかかったキレイな茶色髪で、サラサラとしていそうなロングトレートの女の子が、お嬢様張りの丁寧なトーンで、俺の名前を呼んでいた。
それに気づいた俺は机の下を凝視し、教科書で完全防御壁を作り、万全の態勢を整えた。
が、彼女には通用しなかった。
「あ、たけるー! そこにいたんだ!」
と手を振りながら、教室の一番奥にある俺の机へと向かってくるその美少女はゆっくりと近づいてきた。
「たける、なんで隠れるのよ。ちょっと用事があってきたのに」
と、すぐにお嬢様口調が消えたその美少女は俺に用事があってきたようだ。
用事?・・・あぁもしかして。
「そうそう、サイフとハンカチよ。まだ返してもらってなかったのよ」
「おう、すまんな。さっきはちょっと渡すの忘れちゃってさ(あまりの出来事に)」
千歳は指をクルクルしながら、
「もう、おっちょこちょいなんだから、たけるは、とりあえずハンカチの上にサイフを乗せて渡してちょーだい」
「あぁ、把握。」
おそらく千歳は名前入りハンカチをここにいるみんなに見せたくないのだろう。すぐに理解できた。
「ほらよ。もう落とすんじゃないぞ。大事なものも入ってるんだしな」
と言われた通りハンカチの上にサイフを乗せて、見事に名前入りの物体はだれの目を通すでもなく、普通に彼女の手にまで渡った。
「改めて、ありがとねたける! 今度ちょっとお礼しちゃうかも」
とドヤ顔に近い顔でヒソヒソ話のように、千歳は俺の耳の近くで囁いた。
まったく、むやみに顔を近づけるなよ。こんなやつでも一応美少女なんだからさ。
「んじゃあまたねー。たけるー」
と再び手を振り、今度は教室の出口へと向かっていった。 ふぅ、これですべて解決したし、一安心だな、と安心してたのもつかの間。
先ほどからなぜか隣で静かにしていたちかげが、ことのほか怒り口調で、背中に強火くらいの炎を出しながら(イメージ)、俺に向かって質問をした。
「たーけーるー。いつからあんな美少女と仲良しさんになったのかなー?? かなー?? 」
と腰に手を当てながら、俺に振り掛けた。
「あ、いや、サイフ拾って渡しただけだよ」
と俺はありのままを簡潔に答えた。
「へー。サイフ拾っただけであんなに仲良くなれるんだー。へー」
背中の炎がさらに火力を増したように思えた俺は、無意識に恐怖を感じていた。
それほど今のちかげには近づかない方がいいと脳が判断したのだろう。
しかし、ここは俺の机。ちかげはすぐ隣、もはや逃げることはできない。
これはヤバい、と直感的に感じた俺は、ちかげに理由もわからず謝罪の言葉を述べようとしたが、その時にタイミング良く昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。
するとちかげは、「チッ」と舌うちをしながら、自分の机へと戻り次の授業の教科書を開き始めるのであった。
「ちかげのやつなんなんだよ一体」
と今日2度目の苦悩に一喜一憂していたが、そんな暇もなく、午後の授業は辛くも、自分の意志に反して、開始されるのであった。




