イングリッシュ・コンポジション
31.
昼休みの喧騒が終わり、冷たい風吹く校庭では、午後の授業で体育をやっているクラスが目に入る。
ジャージを着てても、防寒具の一種に入るかどうかさえ怪しいくらい、季節の特性を肌で感じる。
俺はというと、午後の英語の授業を、全う中である。
英語教師の威勢のいい声が聞こえる。
「はい、今日は誰か一人代表で、英作文をしてもらいます」
どうやら課題を出しているようだ。
教卓に両手をドンと乗せて、みんなの注目を集める。
「では、出席番号で代表者を決めます」
でたよ、出席番号。というかそんな適当でいいのか? 代表者って今聞いたんだが。
「いいんです」
地獄耳か、この教師は。俺の席後ろの方だぞ。ちなみに英語教師はうちの担任である。
さぁて一体誰になるのだろうか。俺に当たらないように、願うだけだ。英作文は苦手だしな。
出席簿をまじまじと見つめる英語教師。
「よし、じゃあちかげさん、代表者でお願いします」
お、ちかげか。
「はい!」
元気よく返事をするちかげ。やる気満々のようだ。
教師もちかげを褒め称える。
「お、いい返事だぞちかげ。これは期待するしかないな」
ちかげは、テーマが何か決まっていないので、困惑はしているが、それとなく自信のある顔はしている。
「んでテーマなんだが」
流暢に事を運ぶ教師。さてはて、テーマはどんなのになるんだか。
「テーマは、『最近起こった嬉しかったこと』で決まりだな!」
なんだその小学生で出されそうなテーマは。
まぁ英作文だから、レベル的にはちょうどいいし、いきなり『量子力学について自分の意見を述べよ(英文で)』みたいな鬼畜論文コースよりは、大幅にマシかもしれんな。
ちかげの反応は、変わらず自信ありげである。あいつなら、なんの苦もなく課題クリアだな。
お、どうやら、英作文が完成したようだ。
英語教師も発表の場を整え、ちかげを教卓の前に出す。
さあて、発表だ。
「《最近嬉しかったこと》」
高らかに第一声をあげる。
「《私が最近嬉しかったことは、仲の良かった友達と、より一層仲良くなれたことです。》」
チラッ。
「《その友人は昔から、優しくて、よく一緒に遊んでいました。》」
チラッ、チラッ。
「《私が悩んでいる時も、その友人は、親身になって、私に接してくれました。》」
なんかさっきから、ちかげの視線が泳いでるな。英文は問題なく読めてる素振りで、ほとんど原文を見ていない印象だ。
「《私は、とても感動しました。》」
お、さすがにやるな。俺もちょっと感心しちゃうぜ。
ちかげの、英語力を賛美しつつ、俺は、まだスピーチ中のちかげに、耳を傾ける。
周りからも「オー」という賞賛の声が聞こえてくる。
そんな雰囲気の中、ちかげの英作文は超展開を迎える。
「《その友人は、今は友人ではなくなりました。》
ファッ!?
クラス中がどよめいた。
そりゃあ、そうだろう。昔から遊んでた友達が、友達じゃなくなるって、急展開すぎるだろう。ケンカでもしたのだろうか。
そんなの、英作文にしなくたって、いいじゃないか。悲しすぎるぜ。
ちかげの英作文は、また超展開を迎える。
「《そう、彼はもはや友人ではないのです。》」
ん? 彼?
「《彼は、友人を超越した存在なのです。》」
なんか使いたい単語を、辞書から引っ張ってきた感がある文章になってきているが、話は通っている。
その『彼』は宇宙人だったとか? 実はドッペルゲンガーで、本物は別にいるとか? そんなファンタジックな話なのか?
ちかげ、テーマに全然沿ってないじゃないか。それじゃあ、先生に落第点もらっちゃうぞ。
ちかげは続ける。
「《彼は友人を超越した・・・。》」
ちょ、超越した?
「《彼は友人を超越した、『恋人』という存在になったのです。》」
ちかげは俺の顔をしきりに見ながら、ニヤニヤとしている。
「《彼は、落ち込んでいた私を、壊れそうなくらい強く、熱い抱擁で、身も心も彼に奪われt・・・。》」
と言いかけたところで、俺は叫んだ。
「ストーップ!!」
クラス中が静まり返った。
何がストップなんだ? っていう顔してるよみんな。
中には、興味ありそうな顔してる生徒もいた。いやいや、こっちにとっては死活問題(言い過ぎ)だから!
当然周りは、俺とちかげが実際経験した出来事だなんて、知るわけがない。知るわけがないんだが、俺にとっては公開処刑だ。
やってくれたぜ、ちかげ。
俺を辱める上に、『最近嬉しかったこと』のテーマをしっかりクリアした上で、あの英作文を書き上げるとは。恐れ入ったというか、なんというか。
でもな、あれは(発表しちゃ)あかん。
俺がちかげのスピーチを止めたせいで、結局最後まで英作文が、語られることはなかった。
先生はというと、内容を察したのか、スピーチ強制終了してくれた。
まったく、ちかげのやつめ、暴走しすぎだ。
ちかげの暴走モードに振り回されつつも、無事にスピーチは終了。俺も特に目立つことはなく、授業が終了する。
ちなみに、内容こそアレだったが、ちかげの英作文は、90点をもらっていた。
当然マイナス要素は、先の内容である。当たり前だ。
何はともあれ、午後の授業もこれで終わり。
「はぁ~疲れた」
ふと校庭を見下ろすと、グラウンドを何週も走らされて、ぐったりしている生徒が見えた。
お前らも大変だったな。




