不安定
26.
通学路の途中で、俺とちとせは、立ち止まっていた。
さすがに、ここは今生徒が多い。俺はこの場で話すには、いささかモラルに外れると感じた。
なので、俺はちとせを連れて、近くの公園に行くことにした。
穴場スポットの公園なので、ここなら、誰かに見られる心配はなさそうだ。
10分くらいすると、目的の公園につく。
「ごめんね、ところ構わず、話始めようとしちゃって」
と、ちとせはちょっとだけ笑顔で言った。
「いやいや、なんかちとせが、悩んでるような顔してたからさ。もしかしたら、こういう所がいいんだろうなって、思ったんだ」
するとちとせは、感謝してれたようで、『ありがとう』と言われた。良かった、とりあえず喜んでくれて。
ひとまず、俺とちとせは、ベンチに座ることにした。
ちとせと二人でいるのに、不思議と緊張はしなかった。
それよりもちとせが、何で悩んでいるかが、先行していたせいか。
俺は通常のテンションで、ちとせと向き合うことができた。
しばらくすると、ちとせが口を開いてくれた。
「たける、あのね」
俺は真剣な顔で聞く。
「私のサイフ届けてくれた時のこと、覚えてる?」
ちとせも少し真剣な顔になる。
「あぁ、覚えてるけど、それがどうしたんだ?」
質問を続けるちとせ。
「あの時に、私が内緒にしてくれって、言ったことあるでしょ」
内緒? あぁ、普段お嬢様っぽい落ち着いた雰囲気で通してるから、元気っ娘の方は内緒にしてくれっていう、あのことか?
多分そうだろうな、と思った俺は、
「あぁ、そのことなら、覚えてるよ」
と返した。
するとちとせは、安心した顔になる。
「ホッ。良かった」
ちとせは話を続ける。
「そう、それね。普段の私は、落ち着いた雰囲気を保つように、心がけてるのよ」
ちとせは、少しうつむきながら、
「でもね、本当の私は、落ち着いた雰囲気ではないの。今たけると話してる私が、本当の私」
と言った。
ん? つまり、今話してる元気っ娘が、ちとせの在るべき姿、ということなのか?
じゃあ、あのお嬢様の雰囲気は、一体なんだっていうんだ。
疑問に思った俺は、質問した。
「あの落ち着いた雰囲気で、クラスの連中と話してる姿は、ちとせにとっては、一体、何になるんだ?」
ちとせは、またうつむきながら言った。
「あれはね、私が作り出した性格なの。中学生になった頃からかしら」
ちとせは、話を続ける。
「私は、昔から、誰かに必要とされる人間になりたかったの。だから、それに向けて、色々試行錯誤したわ」
ちとせは、何かを思い出すような顔をする。
「それでね、いろんな雑誌見たりしてたら、やっぱり、落ち着いた雰囲気の人は、人気があるって、書かれてたのよ。月並みだけどね」
続けて、ちとせは話す。
「最初は半信半疑だったけれど。その時の私には何もなかったの。趣味もないし、友達も少ない。やることと言えば、家でインターネットサーフィンをしてるくらいよ」
ふーん、今のちとせからは、イメージもできないな。
「だから、私はその本の通りに、自分を演じてみることにしたの」
なるほど。ちとせも結構苦労してたんだな。
「うまくいくなんて、微塵も思ってなかったわ。だけどその時の私には、それをやるしか方法が思い浮かばなかった。いや、そうとしか、思えなかったのよ」
なるほど。たしかに、この流れなら、そういう風に思うしかないな。
「実践を始めてからは、最初こそうまくいかなかったけど、1か月もしたら、友達はできたし、趣味だって、友達の紹介で、オシャレに興味持ったりもしたわ」
ふむふむ。
「すごく楽しかった。あの時が一番」
さすが、ちとせと言ったとこだろうか、今のスペックはこうして作り上げられたのか。
「中学2年生になる頃には、私は、私の居場所というのを確立できた」
なんだ、そんなに悪い話じゃないじゃないか。
「でもね」
ちとせは、また真剣な顔に戻る。
「叶いすぎちゃったのよ、願いが」
ちとせは空虚な表情を見せる。
「勉強も頑張って平均90点以上取るようになって成績も以前より、格段に向上したわ。そのせいもあってか、友達以外の人にも信頼を置かれるようになった」
ちとせは同じ表情で語る。
「それでね、生徒会長に抜擢もされたの」
スペック高いなオイ。と心の中で突っ込む俺。
「もう、最高に楽しいと思えたわ。願いが叶った上に、予想以上に人望もらっちゃうんだだから」
ちとせは少し空しそうな笑顔を見せた。
「でもね、それと同時に、私は怖くなったの」
「何が怖くなったんだ?」
と俺は返す。
するとちとせは、ひざに手を掴みながら、言った。
「人に気に入られたのは、私が作り出した、この性格。人格と言っても、いいかもしれないわ」
続けてちとせは話す。
「これを継続すれば、私は望んだ学校生活は送れる。でもね」
ひざに置いてる手の力が強くなる。
「もし、これを止めてしまったら、どうなるのだろう。これが無くなった時に、私はどうなってしまうんだろう、って思ったの」
さらに手の力が強くなる。
「そういう風に想像しただけでね。震えが止まらなくなるの。みんなに嫌われちゃうんじゃないかって、誰からも信頼されなくなっちゃうんじゃないか、って」
ちとせは俺の方を見る。
「だからね、今日この髪型にしてみたの」
どういう意味なんだ? また顔を下に向けるちとせ。
「この髪型にすると、本当の私に戻れる。本当の自分を表面化できる。そう思ったの」
そうか、もしかしたら、ちとせにとっては、この髪型にするのと、本当の自分を出すことは、同義なんだな。
ちとせは、それほど繊細な心の持ち主で、一つ衝撃でも加えたら、崩れてしまうガラス細工の心なのかもしれない。
「今だって、怖いよ。せっかく知り合えたたけるに、嫌われちゃうんじゃないかって思うもん」
ちとせは少し涙ぐむ。
「こんな弱々な私見て、ガッカリしたでしょ? だからね、たけるも、嫌だったら、私のこと嫌ってもいいんだよ?」
ちとせの瞳からは涙が溢れている。
「もしかしたら、元気な感じの私だって、偽りの自分かもしれない」
ちとせは悲しい顔をする。
「私の存在は、何もない所から産み出されたただの・・・」
「そんなことはない!」
「え?」
俺はちとせの言葉を止めにかかった。
ちとせは驚いた表情だ。
「あ、済まない。急に大きな声を出してしまって」
ちとせの心は、ガラス細工だとわかっていながら、大声を出してしまった。だけど、これだけは、これだけは、ちとせに伝えたい。
「ちとせ!」
俺は力強く言う。
「俺はお前に、伝えなきゃならないことがある」
ちとせは驚いた表情なまま、ゆっくりと頷く。
「俺とちとせは、まだ知り合って2日間しか、経っていない。そうだな?」
ちとせは、何を言ってるんだろう? という顔をしているが、俺は突っ切る。
「でもな、俺は1日でお前に一目惚れした。こんなに可憐で、卒倒しそうなくらいの美少女なんて、今まで見たことなかったからな」
俺はさらに力強く言う。
「そのあと、すぐお前の性格が変わって、俺も正直驚いた。なんなんだろうコイツって思った」
ちとせは、『やっぱり』という顔をしている。今にもまた涙が溢れそうだ。
「だけどな」
俺は一呼吸置く。
「俺はお前を、ちとせを嫌ってるだなんて、一度も思ったことはない!」
ちとせはまた驚いた表情になる。
「たしかに、落ち着いた雰囲気のお前は、可憐で魅力的だった。ちとせが色々、試行錯誤したのがわかるほどにな」
俺は話を続ける。
「そのあと見せたお前の姿はな、むしろ羨ましいと思ったくらいだ」
「うらやましい・・・?」
ちとせは困惑している。
「あぁ、そうだ羨ましいよ」
俺は段々と力を込めてセリフを続ける。
「お嬢様みたいな雰囲気で、元気っ娘で、成績良くて、人望厚くて、それでいて、か弱くて」
俺は一呼吸置いた。
そして力をすべて解き放つかのような声を出す。
「こんなに素敵な女の子を、好きになれるなんて、俺は最高だー!」
タイミング良く、突風が吹き、まるで俺の言葉が具現化したみたいに、ちとせの髪を持ち上げる。
ちとせは茫然としたままだ。
当の俺は、すべての力を出し切って、頭がクラクラしているがな。
しばらくすると、ちとせが口を開いた。
「い、今なんて?」
俺は夢中だったので、どれを指しているかの判断が、すぐにはつかなかった。
「今、私のこと好きって・・・?」
俺はちとせに笑いかける。
「あぁ、好きだぜ」
ちとせの顔が赤くなる。
「す、好きって、こ、恋人の意味の好きってことなの?」
ちとせは、チラチラこっちを見ている。
「う~ん、まぁそうだな。俺はお前に一目惚れしちゃってるしな」
プシュー、という音が聞こてきそうに、オーバーヒートしてるちとせ。
「だってさ、こんな美少女に相談してもらっちゃってるんだぜ。その時点で、世の男子学生は、みんな羨ましがるってもんだ」
俺は笑顔をちとせに向ける。
「俺だって、一男子学生なんだぜ。ちとせと、こうして喋ってるだけでも幸運なのに、相談までされちゃったらなぁ、もう卒倒しちゃうぜ」
ちとせは、
「フフッ、バカみたい」
と心の底から、嬉しそうな顔で笑った。
「だから、自信持てよちとせ! 今在るべきお前の姿で、偽りないお前の姿で、学校生活を送るんだ!」
ちとせはさっきとは違う涙を流しながら、
「うん」
と可愛く頷いた。
そして、ちとせは俺の方を見つめながら、優しい笑顔で、
「たける、大好き」
と言った。
ちとせのセリフを聞いてから、数秒しか経ってないとは思うが、俺の心の中は、何時間にも感じられた。
ちょ、ちとせが、俺の事好きって本当だったのかー! ・・・じゃなくて、今好きって言われたぞ、絶世の美少女(格上げ)から、好きって言われたぞ!? しかも『大』付きで。
絶賛混乱中である。
「ウフフ・・・」
お嬢様のような笑い方をするちとせ。
「でも、たけるには、ちかげさんっていう、可愛い彼女がいるものね」
ちょっと切なそうな顔をするちとせ。
「え? ちかげとは、別に恋人ではないぞ(あんなことはあったが)」
ちとせは驚く。
「え? そうなの?」
俺は答える。
「あぁ、そうだよ。別に付き合ってないよ」
するとちとせは、突然、元気っ娘を彷彿とさせるように、背景に炎をメラメラと燃やした。
「よーし、まだ私にも、チャンスが。たけると恋人になるチャンスが!」
え? 誰と恋人になるチャンスだって?
「そこまで聞き取るなー!」
こうして、俺はちとせとの相談を終えた。
既に、学校に間に合わないことは、わかっていたが、まさかお昼休み直前まで、かかっていたとは、思わなかった。
ちとせはというと、嬉しそうな顔をしながら、バイバイと、小さく手を振って、この場を後にした。
さすがに二人で登校したら、マズイからな。
なんか色々面倒になりそうだし。
さてと、俺もそろそろ登校するかな。
そう思った俺は、先生や友人に、なんて言い訳をしようか考えながら、通学路を歩き始めるのであった。




