現状確認 (お仕事編)
ようやく続きです、本人と後宮内での認識の齟齬を確認中です。
目がシパシパする、手が痛い、腕が引きつる、腰が痛い、頭が痛い、何より…眠い。
王宮の一室に着くなり侍従長により、大量に持ち込まれた書類は結局徹夜したにも拘らず仕上がることはなく、翌日の夕方近く…、その日の就業時間間際になり、ようやく全ての書類に決済の署名をし、侍従長の部下に最後の書類を託すと、アルフディアはその場に崩れ落ちるように机に突っ伏した。
これを昨日中に上げろとは何の冗談だったのか、もしかして只の嫌がらせか、
だとしたら真剣に抗議してやろう。
というか、5年以上前の書類まであるとはどういうことだ!
口に出さなかった愚痴を、心の中で叫んだ、それがアルフディアの最後の意識だった。
あとはもう、泥のような眠りにあっさりと引きずり込まれていったのだった。
そうして、次に意識が戻ったのは、柔らかなベッドの中だった、ご丁寧に服まできちんと夜着に変えられている、意識のない人間をよくぞ着替えさせて、ベッドにまで運んだものだと思うが、それが侍女や召使たちのプロ意識の賜物なのかもしれない。
とにかくようやく目が覚め、意識が途切れる寸前までの、最悪の体調は脱したようなので、立ち上がり隣の部屋に入れば、侍従長とマリヤが、完璧な笑顔で待ち構えていた。
「………すまない、寝過ごした。」
あまりに完璧な二人の笑顔に完全に引きつつ、ようやくそれだけ言えば。
「いえいえ、昨日は随分と無理をしていただきまして、それにまだ昼前でございます、寝過ごしたというほどの時間ではございません。」
とにこやかに侍従長に言われ、隣に立つマリヤも。
「おはようございます、アルフディア様、すぐに軽い食事を用意させますわ、ずっとまともなお食事をされておられなかったので心配でしたの、今回はゆっくり召し上がってくださいませ。」
と言いながら、他の召使と連携し、てきぱきと彼の体から夜着を脱がせ、室内着と思わしき服を着せていく、まったくもって見事な連係プレーだ。
基本少し裕福な平民とほぼ変わらない生活をし、自分のことは自分でやっていたアルフディアには、戸惑うほどの待遇である。
止めの妃として、王宮に呼び出された当初、実はもっと放って置かれると思っていたのでまさか本当の妃と同等に後宮に住み、侍女や召使たちをこれほど多く割り当てられるなど、思ってもいなかったので、出来ればもっと放っておいてくれと言いたいくらいなのだが、これが彼女たちの職務であり、これにより、彼女たちは給与をもらっているのだからと思うと無下にもできず、ただただ沈黙し、されるがままになっているよりなかった。
「それに置きましてもアルフディア様の有能さには感服いたしました、まさかあの書類の山を、たった一日半で片づけてしまわれるとは、思ってもおりませんでしたので、侍従一同よい妃様がおいでになったと喜んでおります。」
微妙な表情で侍女たちのせれるがままになり、アルフディアの感覚では豪華すぎる食事の前に座らされると、ようやく口を開いた侍従長の言葉に、彼の眉は本気で吊り上った。
「どういうことかな?」
かなりの怒りを感じて、侍従長も逃げ腰になりつつ、基本にこやかなポーカーフェイスのまま。
「はい、実を申しますと、尊き方々というのは何と言いましょうか、一週間でとお願いすると一か月後に、いつでも構わないといいますと平気で十年後に書類をお持ちになることもしばしばで、ですので今日中でというのは急いでいただきたいという遠回しのお願いでして、そうすれば一週間後には書類を
頂けるので。」
苦肉の策でございます。
苦笑とも、あきらめとも取れぬ表情の侍従長に、ため息交じりに、ならば本当に急ぎの書類はどうするのかと尋ねれば。
「その時は、私どもが張り付いて、お手伝いさせていただきます。」
今回も実は半年はかかると思っていたので、取りあえず少しは急いで頂こうと部下を置いてみたと言われた時は、それならそうと言ってくれと思わず深い縦じわを眉間に刻みながら、うめくしかなかった。
「今日からは、それほど多くはございませんので大丈夫でございます。何せ今の後宮は、アルフディア様も含め三人の正妃様と妾妃様がお一人だけですので、事務処理自体は少ないものです、あとは警備担当の近衛隊長の報告が朝晩にある程度でございます。」
あとは、出入りの商人が時折謁見を求めてくる程度でございます。
と言われ、アルフディアは目を丸くした。
「ちょっと待ってくれ、そこまで私の仕事なのか?なぜそこまで後宮内での権力が止めの王妃に集中している?」
正妃ならば女性の正妃もいるはずだ、それも止めの王妃は末の王妃だ、第一王妃や第二王妃がいるというのに何故止めの王妃なのか。
当然の疑問に、侍従長は昔話になりますが、と前置きをし。
「止めの王妃の初代は影の物でした、主に諜報と後宮への侵入者を警戒する、そして同時に当時の王の愛人でございました、妾妃ですらありません、ただの愛人です、王はそのことを随分気に病んでおられて、影の物が引退をする頃きちんとした地位を与えたいと正妃の座にお付けになって、結局そのおかげで彼の妃は寿命尽きるまで穏やかに王の子孫に囲まれ暮らしておりました、その妃の影響で当初は止めの王妃が警護の指揮を出すことが慣例になっていましたが、その四代後の止めの王妃は、体の弱いお方で戦いのことなどまったく解らぬ方でした、それでも何かやれることはないかと仰られて結局書類仕事をお願いするようになりまして、それと当時の王妃方はなんと申しましょうか、地味な書類仕事になど一切興味を持たない方々ばかりだったうえ、浪費も激しく、王妃気に入りの商人たちや役者が後宮内自由に歩き回るなど少々風紀も乱れておりまして、それを止められるのは止めの王妃でありながら第四王位継承権をお持ちになる王の従弟である妃様だけでした、以来止めの妃が後宮にお住いの際には、全てのお役目が止めの妃様に集中するよう、歴代の王たちが取り決めていったのでございます、それゆえ今回の止めの妃選びを慎重に王がお選びになられた結果が、アルフディア様の止めの妃選出だったのでございます。」
本当に良き妃様を娶られて。
と涙ぐむ侍従長にそれ以上何かを言う気力も無くなったアルフディアは、静かに目の前のスープに口に含み、出かかった言葉を飲み干した。
だからまだ式を挙げてない。
つまりまだ妃じゃないのだが、こんなに思いきり仕事をして良いのかと言う台詞は愚問らしい。