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5 ピンク

入院三日目。

昨日はあまり眠れなかった。また頭の中に嫌な事ばかりが浮かんで眠ったり起きたりの繰り返しであった。


笠原さんは相変わらずよく私に話しかけてくる。喫煙所でよく会うからかもしれないが今朝は自分が読んだ本の話や、いかに自分が若い時女性にモテていたかなどの話だった。

気がまぎれるので私は別に彼の話を苦痛だとは感じなかった。

ただ同じ事を何度も言うのでそれが気になるといえば気になるくらいか。



でも、楽しそうに話すし、本人も自分は今ここに居て幸せなんだと言っていた。そうかもしれない、社会に出て、そこに適応出来ず苦痛を味わうのなら、ここで一生を終えるのが彼にとっての幸せなのかも…

幸せの価値観なんて人それぞれだ。


『ねえ進藤さん、その煙草を消す前に僕に下さいよ。』


『え、これですか?』私は今自分が吸っている煙草を見た。


『そう、あなたいつもまだ長いまま消すじゃない、だから消す前に僕に…』


この人は昨日私に言った事をまるで忘れているのだろう。

私は新しい煙草を一本差し出した。

『いいですよ、あげます』



『そ、そうかい悪いね』

いろんな人間がいるものだ。だが私はここにいる患者のほとんどをいい人だなと感じる。『こんにちは』『ありがとう』自然な挨拶、当たり前のことなんだが、何かここの人達には自分がしばらく忘れかけていた純粋さを感じていた。



昼食後、私はまたいつものベンチで一時間ほどターキーとお喋り。少し疲れたので自分の部屋に戻る事にした。

私の部屋は食堂を越え廊下の一番奥の三号室である。一号室、二号室と何気なく中の住人達を眺めながら歩いた。その時、私は二号室の内窓の前で思わず足を止めた。


一番奥のベッドで若い男がテレビゲームをしている。問題なのはその14インチのテレビの上に居た小さな物体だ!

人形じゃないのはすぐに分かった。

小人!

そいつはピンク色でターキーよりも随分細く瞳は青くつりあがっていた。

私は呆然と立ち尽くしてそのピンクを見ていた。

するとそいつは私に気が付き、びっくりしたように私を見た。

『高文、あいつが見えるのか?』


『ああ、ターキー見えるよ』

その部屋には若者一人だけだった。

『やめとけ高文、そっとしとくんだ。』


ターキーの言葉を無視して私は若者の所まで言った。

『ね、ねえ君、ちょっといいかな』

若者は私の方には見向きもせずゲームに熱中している。


『ちょっと話がしたいんだ、いいかな』



『うるさい!!』

若者は私とは目を合わさずそう言った。

ピンクは相変わらずテレビの上で私を睨んでいる。

(あんた、オレが見えるんだな)

ピンクが言った、いや言ってはいない。口は閉じたままだ。

(あんたの心に直接話かけたんだ、あんたも心の中でオレに話しかけるといい)


心の中?

私は(分かった、これでいいのか)と頭の中で念じた。


(そう、そんな感じ。他者に見られたのは初めてだよ、そこにいるのがあんたの相棒かい?)

ターキーは私の肩の上に居た。

ターキーは何も答えようとしなかったので私はさらに念じた。

(君もこの人を救おうと現れたんだろう?)


(救う?ははっ、こいつはもう救えねえよ、元々そんな気はないしな。オレがこいつを支配してるのさ、生かさず、殺さずオレはこいつを侵略する)


(何だって?侵略ってどういう事だ)


『もういい高文、こんな奴と話すな』

ターキーが割り込んできた。


『おっさん!邪魔だよ、突っ立ってないで出てけ!気が散るんだよ』

若者の叫び声が響く。ピンクは消えていた。

『ねえ君、君にはピンク色の小人が見えるのかい?』



若者はドキっとしたように私を見た。

ベッドの上に貼り付けてある名前の札には[山口 慎二]と書かれてある。

『山口君、見えるんだね』


『おっさん、誰?』


『私は進藤っていうんだ、つい最近ここに入院した。』


『私にも君と同じ小人が居る、見えるかい?』

私は真後ろのベッドに座っているターキーを指さした。


『見えないよ、何も居ない。』



『見えないのか、でもピンクの奴は見えるんだな?』


『うん、もう3ヶ月くらい見えるし、あいつと話す事も出来る。』


『3ヶ月もか、奴とはどんな話をするんだね?』


(帰れ!オレの邪魔をするな、殺すぞ!)


再びピンクが現れた。凄い形相だ。


『あいつは僕の不満や愚痴を聞いてくれる。僕の事を一番よく分かっている、ほらここにいるよ。』


『ああ、私にも見えてる。山口君、そいつは多分、君の味方じゃない。』


(八つ裂きにするぞ!今すぐ消えろ!)


『おっさん、こいつ怒ってるみたいだ。また話そう。』



『分かった。また出直すよ。』


私はターキーと共にベンチへ戻った。ベンチには先客が居た。40代くらいの細身の女性で本を読んでいる。

『こんにちは』

私が声をかけると彼女も『こんにちは』と言って再び本を読みはじめた。


私とターキーは少し離れて座った。

彼女が居るからターキーには話しかけるのは止めたほうがいい。

私はさっきの事を試す事にした。


(ターキー、聞こえるか?)

私は念じた。


(聞こえるよ高文)

ターキーの返事だ。私は隣のターキーを見た。


(頭の中で会話出来るのなら最初に言ってくれよ。結構恥ずかしい思いもしたじゃないか、ブツブツ独り言を言う変人だと思ってる奴もいるかもしれない。)



(ははは、誰も高文の事なんざ気にしちゃいないよ。ここでは独り言全開の奴なんて珍しくもなんともない。それに口に出して喋ったほうが楽しいだろ。)



(全く、意地悪な奴だな。それよりあのピンクだが、どう思う?)



(あいつは…危険だ。というか、山口って奴自体の精神がもうかなり弱ってるんだと思う。ピンクの方はどんどん暴走していくだけだ。)



(暴走するとどうなる?)



(知らないよ。)


私はターキーを持ち上げ自分の手の平の上に乗せた。


(なあターキー、お前は私の味方か?)


(高文次第さ。)

ターキーはにっこりと笑っていた。



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