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3 入院


結局その日は病院で眠った。

薬のせいもあるのだが、あの先生に一気に自分の思いを伝えた事で気持がだいぶ落ち着いたようだ。私はすぐに眠りに落ちてそのまま朝まで泥のように眠り続けた。



翌朝、私は隣のベッドの老人の声で目を覚ました。

『あんちゃん、もう飯だから起きな』


『あ、どうも、おはようございます。』


『よく寝てたなぁ、わしは石田っていうんだ、ヨロシクな』


『進藤です、よろしく。』


食堂へ行くと朝食が乗せられた台車の前に長い行列が出来ている。『あんちゃんは一般かい?』


『え、何です?』


『先生に何も指示されてなければ一般食の方に並ぶといい、わしはいろいろ制限されてるんでこっちなんじゃよ』

石田さんは向こうが一般食の列だと教えてくれ私はそちらへ並んだ。どうやら人によってメニューが違うらしい。

席も決まっているらしく私は朝食を受け取ると病院スタッフに指示された席に着いた。


考えてみれば朝食をとるという事も久しぶりだ。

ご飯、みそ汁、焼魚、ヨーグルト、シンプルな朝食メニューである。正直あまり美味しいとは感じなかったが、まあ病院の食事というのはこんな感じなんだろう。


右隣の男は口からボタボタご飯をこぼしながら食べている。お盆の上は自分がこぼしたご飯やみそ汁でびちゃびちゃになっていた。


目の前の老人は食事をするのが苦痛だと言わんばかりに顔をしかめながら、一口食べる度に溜め息をつく。


私は自分の家に帰りたいと思った。帰ったところで何が待っているのかといったら、また酒に逃げ悶々とする日々、それだけだ。

だが、私はこの人達とは違うのだ、一緒にされたくはない。そういった差別じみた愚かな感情が沸き上がっていたのだ。


何ともいえない気持になり私は食事を終えた。

食事が済むと今度は薬を受け取るため皆また並ぶ。

薬は人それぞれ違うためカウンターの薬ケースは細かく分別されていた。


私は薬を飲み自分のベッドへと戻った。

ベッドの上にターキーが居る。

『おはようターキー』私はターキーの隣に腰をおろした。


『おはよう高文、たっぷり眠ったようだね』

『ああ、昨日は何も考えず眠れた、だが、どうやら大変なとこに来てしまったみたいだな。』


『今はこれでいいんだ高文。何も考えるな』

『食堂を見たか?おかしな奴ばかりいるぞ、食事中にいきなり歌いだしたり、まともに食事が出来なかったり、食事が終わったとたん同じ所をブツブツ言いながら行ったり来たりしてる奴もいる。こんなとこにいたら私自身おかしくなってしまう気がするよ』



『高文、誰もおかしくなりたくておかしくなったんじゃない、みんな厳しい障害と向き合い戦ってるんだ、あんたはその人達を笑うのか?』


『いや、そんなつもりはないんだがただ…』私は言葉が出てこなかった。他の人から見たら私の姿もおかしく映っているのかもしれない。



『あんちゃん、何一人でブツブツ言ってんだ?どうかしたのか』

食堂から石田さんが戻ってきた。他の患者もいつの間にか戻ってきていて私のほうを不思議そうに見つめていた。

『何でもないです、ちょっと気分が悪くて、すみません。』


『いいよ、何か分からんことがあったらわしでもみんなにでも聞くといい』

それから部屋のみんなが挨拶してくれた。


年齢層は様々で二十代と見える若者もいた。

ターキーの姿は他の人には見えないのだから、みんなには私が一人でブツブツと喋り続けていたように見えていたのだろう。

そう考えると自分も十分おかしな人間なのだ。

ターキーが存在していてターキーと会話している時点で結構な重症患者なのかもしれない。でも今の私にターキーは必要だ。それだけは分かる。


10時になると私は診察室に呼ばれ再び渡辺院長と話をする事になった。

『どうですか気分は』


『ええ、おかげでだいぶ落ち着きましたが、まだ不安というかイライラする感じもあります。』



『そうですね、鬱の傾向も見られますし、アルコールの依存が何よりあなたを駄目にしている。少しの間入院したほうがいいですよ。そしてしっかりと自分を見つめ直す事です。』


『はあ、お言葉はありがたいんですが…正直言いますと自宅に帰りたいんです。』



『あなた、昨日ターキーという小人が見えるとおっしゃいましたね、覚えていますか?』



『はい、今も私の膝の所に居ますよ、笑っている』

ターキーは私の膝の上で渡辺院長に手をふっている。



『ターキーは友達ですか?』


『ええ、友達です。この病院に来たのもターキーの提案なんです』



『…なるほど。話を聞く限りターキーは君の味方だ。まあ入院を無理にはすすめないが、今はターキーの指示に従ったほうがいいですよ、ターキーはあなたを救おうとしている』



『先生…私の話を信じるんですか?先生はターキーが本当に居ると思うんですか?』



『居ると思うよ。私にはターキーは見えないが確実に存在しているでしょう。』


『何故、そう言い切れるんです、私に合わせて言ってるだけでしょう?本当は頭のおかしな奴だと思っているでしょう?』



『いや、確かに確信はないのだがね、私はターキーの存在を信じます。長くこの仕事をしてますとね、実に様々な症状の人間と接します。あなたのような例をたくさん知っています。』

渡辺院長は私の目を見つめゆっくりと語りかけてくる。『ただ、これまでの症例からいうと小人が現れ、小人と会話までするというのは比較的重度の患者がほとんどです。

あなたのように、軽いと言ったら失礼かもしれませんが、きちんと治療をすれば回復が早いと思われる患者がここまで小人とコミュニケーションをとっているというのは極めて珍しい。1日で消えてしまうのならともかく、あなたはもう三日間、ターキーと過ごしている。

実際、この病院にも小人が見える患者は何人かおります。

どうでしょう進藤さん、ここで少しの間、治療を受けてみませんか?ターキーもそれを望んでいるはずです。あなたを救おうとしてるんですよ』



『先生…』

私は先生が真剣に言ってくれているのか、私に合わせて言っているのか分からなかった。

ただ、ここで本来の自分を取り戻せるならば治療を受けてみたいとも思った。



『高文、このじいさんなかなか凄えな。任せてみたらどうだ?』



『おいターキー、じいさんなんて呼んじゃ駄目だ。』



『ははは、ターキーは私の事をじいさんと言ったのかい?』


『すいません、ターキーは時々口が悪くて…』



『いいんだよ、ターキーも賛成してくれてるんだろう?』



『 ええ、まあ』


私はそのまま入院する事にした。

手続きを済ませ、健康診断を終えると一旦、自宅へ戻り着替えや洗面道具などをバックに詰め再び光が丘病院へと戻った。

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